高塚の本音
神様なんかじゃない俺には地道な努力しかなかった。
跳び方を勉強して実践して、走って跳んだ。
マットレスから見る青い空はどこまでも太陽を輝かせて、綺麗だった。
思わず見惚れていると、影が出来た。
高塚に見下ろされている。
じっと見詰められて、どこか居心地が悪い。
そこで、この間から気になっていたことを思わず聞いてしまった。
「榊と何かあったのか?」
「……飯田くんの無神経」
高塚はそう言うと、俺を見詰めていた顔を上げてマットレスに座った。
まだ側にいる気らしい。
「別に、そんな大した事ないのよ」
「そんなふうには思えなかったけどな」
高塚は少し顔を伏せて視線を彷徨わせた。
「あんまりしつこいから、つい言っちゃったのよ。飯田くんに勝ったら付き合うって」
「え?」
「言ってから後悔したけどね。私自身を賭けるみたいで、自己嫌悪。後悔はもうしたくないって思ったのに、あなたに振られ続けたからかしら?中学時代のあなたの気持ちわかったかも」
高塚がどこをみているか分からない。
いくら俺でも、そんなことしない」
「でしょうね。あなた、誠実だったもの」
高塚が少し寂し気に微笑む。
「だから、勝って欲しいの。私は榊くんに釣り合う女じゃない。だって、まだあなたのことを見て心が騒めく」
「……俺だって。でも、俺が今好きなのは里子だ」
「知ってる。いい子なんだから、幸せにしてあげてよね」
女の友情ってわかんない……。
こういう場合、ライバルになって取り合うもんじゃないのかよ。
いや、取り合われても困るんだけど。
それに俺は榊を応援するって決めたんだ。
でもそれは賭けの対象としてじゃなくてちゃんと恋愛対象に見てもらってからだ。
「勝つよ、心配しなくても。だから、榊のことは榊自身で見てやってくれ」
「やっぱり飯田くんって無神経」
そう言って寂しそうに笑う。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに、俺じゃあきっと高塚をうまく笑わせられない。
「……少しは、見ているよ。榊くんのことも。いい人だよね」
「ああ。あいつはいいやつだよ。俺が保証する」
「好きな人に保証されてもねぇ」
思わず空を見た。
太陽はまだ輝いているけれど、もうどんよりした雲に隠れかけている。
まだ陽が出る時間は短い。
「そろそろ部活も終わりかな?」
「そうかもね。……今日も新井さんを送っていくんでしょう?」
「ああ」
高塚が視線を合わせる。
「……。中学時代に気付いていたら、全部変わっていたのかな?」
「……さぁな」
「春までもう少しだね」
「ああ」
榊との最後の勝負。
榊と高塚を付き合わせないために、いや、付き合って欲しいんだけど、お互いに思い合って付き合って欲しいから。
「高塚、ごめんな」
「本当に無神経!」
高塚は少し怒ったかと思うと、笑って言った。
「約束のことなんかなくても、飯田くんならいい成績を出せるよ。私は、信じているから。今までの努力が無駄じゃないって」
「高塚」
思わず触れそうになると、高塚がマットレスから立ち上がった。
「さて、そろそろあなたを解放しないと、また新井さんに嫌味を言われちゃう」
肩を竦めて短距離走のストップウォッチを濁り締めてこちらを睨む里子を見て笑った。
これは帰り道に嫌味を言われるのは俺だな……。
「頑張ってね」
「楽しそうだな」
「楽しいわよ」
くすくす笑いながらみんなの元へ戻っていく。
その後ろ姿を見ながら、俺は本当に跳べるのか、跳ばなきゃいけないんじゃないか、いや、誰かのために跳ぶんじゃない。
俺は俺のために跳ぶんだ。
そう決めていたのに、すぐに躊躇う。
思い出は思い出のまま風化させなきゃ。
里子を見る。
また不安そうな顔をしていた。
……。
俺は、誰のことも幸せになんてしていないのかもしれない。
春の大会で、俺はどれだけ跳べるんだろうか?




