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1000回振られても君が好き  作者: 千子


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嵐の前の静けさ

「飯田くん、調子いいわね」

「高塚」

なんとか自己新記録を更新していると、高塚から話し掛けられた。

「そうなんだよ。最近調子いいんだ」

「よかったわね。格好いいわよ」

そう言うと、優しく微笑まれた。

俺が好きだった中学時代の笑顔。

でも、それは過去のものだ。

「ありがとな」

軽くそう流すと、ちょっとむくれられた。

「昔の飯田くんなら、ちょろかったのに」

「はははっ!」

俺が笑うと、高塚も笑った。

「ふふふ、今、幸せ?」

「ああ。まぁな」

「そっか」

高塚の笑みは慈愛に満ちていた。

なんとも言えない空気になっていると、里子が突撃してきた。

「ちょっとー!二人して何いい感じの雰囲気出しているの!?」

「いい感じの雰囲気なんてなってないよ。なぁ、高塚」

「さあね」

高塚は楽しそうだ。

珍しく心から笑っている高塚を見て、今度は里子がむくれた。

「何よ、二人して!」

「いやいや、濡れ衣だって」

「どうかしら?」

「揶揄うなよ、高塚!」

高塚は、そのまま楽しそうにマネージャー業務に戻っていった。

上機嫌な高塚に、他の部員は胸をときめかせていた。

中学時代の俺なら、俺だけに微笑んでくれたことに有頂天だったんだろうな、と思った。

そこで榊が思い出された。

榊も中学時代から高塚が好きだって言うなら、あの笑顔を見て何を思うんだろうか。

でも、高塚に振られたんだよな。

……高塚は、まだ俺のことを好きなんだろうか?

いや、そんなことを考えている場合じゃない。

榊との最後の試合までニ週間を切っている。

榊の最後の試合。

高校一位とか関係ない。

俺は俺の跳び方で榊に勝ちたい。

今日は段々と暖かくなってきて柔らかな光を太陽も発している。

見守られているような感覚になりながら、今日も走っては跳んでを繰り返した。

榊の記録には追いついている。

でも、榊はきっと記録を伸ばしている。

なぜだかそんな直感があった。

もっと高く跳ばないと。

穏やかな気持ちは次第に焦りになっていき、とうとうバーが落ちた。

「駄目かぁ」

「そんなことないわよ」

「高塚」

「はい、ドリンク」

マットレスから体を起こすと、高塚がドリンクを渡してきた。

「確かに、榊くんは以前の大会より成績を伸ばしているらしいわ」

「マジかよ……」

「でも、飯田くんなら勝てる。今度こそ、絶対」

祈りに似た宣言に、俺の知らないところで高塚と榊に何かあったのかもしれないと思った。

「……勝つよ」

「うん。勝ってね」

それきり、沈黙が降りた。

でも、嫌な雰囲気じゃなかった。

なんとなく心地がいい、この太陽みたいに柔らかな雰囲気だった。

「それじゃあね。あそこでタオル配っている新井さんの熱視線に焼かれちゃう」

「えっ?あ、里子!?」

俺は慌てて里子に近付き弁明した。

揶揄う部員達は、里子と付き合っていながら高塚に思われている俺にここぞとばかりに口撃してくる。

そんな俺達を、高塚が少し寂しそうに見ていたなんて知らなかった。

ただ、柔らかな光を発していた太陽が曇ってきて、少し肌寒いなって思っただけだった。


「飯田くん、絶対勝ってね。私、信じているから」

もう後悔はしたくないという高塚の願いは、俺にはわからなかった。


榊との最後の戦いまであと数日になった。

一度はバーを落とした俺だけど、高塚や里子、榊との約束のためにより良く跳ぶために試行錯誤していった。

どうやったら跳べるのか。

それを考えて跳ぶと、思ったとおりに跳べるのが快感だった。

もっと跳びたい。

高跳びを始めた頃のような気持ちだった。

もう、榊との勝負やいろんなことを忘れて、ただ高く。


「飯田くん、頑張っているね」

「そうね」

「言わなくていいの?」

「言っていいの?」

「嫌だけど……」

「なら、そんなこと言わないでよ。帰るわよ」

「あ!待ってよ!」


知らないところで知らないことばかり起きている。

当然だ。

俺は単なる人間で、神様みたく万物を知るわけじゃないんだから。

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