バレンタイン一週間前
バレンタインまであと一週間。
里子と高塚の間に時折火花が散りながらも二人はマネージャーとして活躍していた。
受験がある三年生はもう来ていない。
元部長のあの叱責がないと少し寂しいと感じる。里子達も清水先輩が顔を出さないことを寂しがっていた。
それはそれとして、目の前のバーを見る。
あと数センチ。
榊の記録まで、短いようで高い距離。
その数センチが跳べないでいる。
足元のスニーカーを見て、上を向いてバーを見据える。
息は段々と白さを控えていた。
もうすぐ春が近づく。
榊との最後の勝負の日。
俺は、勝てるんだろうか。
いや、勝てる勝てないじゃない。
俺は俺の跳び方で日本一になるって決めたんだ。
誰かと比べたら駄目だ。
でも、どうしても榊や高塚、里子の顔がちらつく。
俺は榊を応援しようと思いながらまだ高塚に未練があるし、里子が好きだ。
「どうしたらいいんだろうな」
「どうしようか」
振り向いたら高塚がそこにいた。
「はい、タオル。冬とはいえ、汗はそのままにしないこと」
「ああ……」
ありがたくタオルを受け取ると、高塚が口を開いた。
「飯田くんなら跳べるよ。私は信じている」
「……榊と何かあったのか?」
「ないよ。私は私の気持ちに正直になろうって思っただけ。中学時代の後悔は繰り返したくない」
「そっか」
そう言うしかなかった。
俺にはもう、里子っていう彼女がいて、未練はあっても高塚は過去のことで、そんな高塚を好きな榊を応援したい。
くじゃぐしゃな気持ちのまま跳んでいるから跳べないんだろうな。
「ごめんな」
「謝らないでよ。惨めになる」
高塚が少し怒って言う。
そしてくるりと元来た道を戻ろうとすると、ぽつりと呟いた。
「中学時代には渡せなかった本命チョコだから」
それだけ言うと、さっさと他の部員にもドリンクやタオルを渡しに行った。
「本命チョコか」
中学時代の俺なら、泣いて喜んだだろう。
榊にもチョコをあげるんだろうか。
いや、高塚は義理チョコすら渡さない性格だ。
中学時代に散々したり尽くしている。
「本当に、どうしたもんかなぁ」
高塚からのチョコを嬉しいと思っているのは里子への裏切りだ。
ここは断ろう。
俺の彼女は里子。高塚は過去の思い出。
それでいいじゃないか。
何度うじうじ悩んでいるんだ。
でも、それだけ二人に対して真剣なんだと思う。
……俺は。
「もう一度跳ぶか」
雑念があるからか、やっぱり跳べない。
俺が項垂れていると里子がいつも駆け寄ってきて、励ましてくれた。
でも、今日はそれもない。
ただ、遠くから俺を不安そうに眺めていた。
ああ。そんな顔をさせたくなかったのに。
何度も悲しませてしまう。
俺は里子に近付いた。
里子は分かりやすく挙動不審になり、タイムボードで顔を隠した。
「里子」
「何?」
「バレンタインのチョコ、楽しみにしてるから」
そう言うだけで精一杯だった。
「いいの?」
「いいも何も、彼女から彼氏がチョコを貰わなくてどうすんだよ」
俺がそう言うと、里子の瞳が潤む。
「慎太郎くん……!」
思わず、といった感じで抱きつかれた。
「絶対!誰よりも美味しいチョコを贈るからね!」
「ああ。楽しみにしている」
頭を撫でると、里子は満面の笑顔で頷いた。
これでいいんだ。
これがいいんだ。
俺の選択に間違いはない。
こんなに愛おしいと思う存在がいるんだから、答えなんて決まっている。
「春も、勝つよ」
「うん。信じてる」
里子の頭を撫でると、他の部員達に揶揄された。
うるさい。こっちは青春中だ。
「里子。絶対跳ぶから」
俺は俺のために。
「うん!」
里子の笑顔を見ていると、安心出来た。
その後の記録で、俺はようやく榊の記録まであと一センチまでになった。




