冬の終わりに向けて
「お前さ、俺が進学した高校知ってる?」
「あの有名な進学校だろう?」
一昔前ならあそこに通うのは学者か医者かとも言われていた名門進学校だ。
だから高跳びでこの高校名が出てきたことには驚いた。
「それでさ、俺の父親って医者じゃん。跡を継げって言われててさ、大学進学の勉強のために陸上も一年だけって決められているんだ」
夜の公園の少し錆びたブランコに乗って、榊はなんてことのないように言った。
「一年だけ?」
「一年だけ!」
いつものように、にかっと笑ってなんてことのないように言う。
榊ほどの選手が、たった一年で高校陸上をやめるのはもったいなさすぎる。
「なんとかならないのか?」
「ガキの頃から言われていたしなー。今も説得中だけどムリそ」
ブランコの軋む音がする。
「だから、春までなんだ。進級する」
榊の言わんとすることが察せられた。
「春に戦おうぜ」
「……おう!」
そう言って拳を軽くコツンとぶつけ合って、榊と別れて自宅へ戻った。
「あと少しか……」
負けられない理由が出来た。
春の大会で榊に勝つ。
そうしないと、一生榊に勝てないままだと思った。
ベッドで横になっていると、段々と眠気が襲ってくる。
夢の中では俺と榊はなんてことのないやりとりをしていて、一緒に高跳びの練習もしていて、毎日が楽しかった。
……今日も楽しかった。
榊とは、ライバルだけじゃない。友人としてのポジションも奪われたくない。
思わず飛び起きて榊にメールした。
「ライバルでも、友達でいような」
返信は真夜中だから来ない。
そのまままた眠って翌朝スマホを見ると、榊から返信が来ていた。
「ずっと前からそうだろ」
俺の口角が上がる。
そうだよな。友達は友達のままだ。
ライバルでも、友達で。
友達でも、ライバルで。
勝ちたい。
春までには必ず。
俺が俺を超えるために。
「榊、俺は次の大会で絶対お前に勝つからな」
上る朝日に宣言して、朝練に向かった。
「慎太郎くん、調子戻った?」
「ああ。勝ちたい理由が出来たからな」
「ふぅん」
里子はなんとなく嬉しそうだ。
「飯田くん、ちょっといい?今度の大会のことなんだけど……」
高塚が駆け寄ってきた。
「大会って春のか?」
「そう」
「……高塚は、聞いていないのか?」
なんとなく気になって聞いてみた。
「榊くんが進級したら高跳びやめる話?聞いてるけど?」
「えっ!?榊くん、陸上辞めちゃうの!?」
驚く里子とは対照的に冷静に告げる高塚に、榊の顔が思い浮かぶ。
「何か、思うことないのか?」
「何を?ライバル減ってよかったねとか?」
「そうじゃなくて!」
榊はお前が好きなんだぞ!
真っ先にそう思った時点で俺の心は決まっていたのかもしれない。
高塚への諦めきれない未練より、友人の恋を応援したい。
俺の秤は、榊に傾いていた。
「それを、私に聞くの?」
「えっ?」
「飯田くんって、思ったより残酷だよね」
そう言って、淡々と次の大会について説明していく。
「なんで全体集会の時に言わないんだ?俺だけ個別なんて……」
「榊くんに勝ってほしいから」
高塚が視線を合わせる。
「榊くんより、飯田くんの方がすごいってところ、ちゃんと見せてよ」
「私だって見たい!」
里子が合いの手を入れる。
「勝つよ」
「えっ」
「勝つ。榊に。春こそは」
そう言って、練習に戻る。
跳んで、跳んで、ひたすら跳んだ。
成績はどんどん良くなっていった。
「飯田くん……」
「慎太郎くん!格好いいよ!」
どことなく複雑そうな高塚とは違い、里子は手を叩いて褒めてくれる。
高塚は、俺に本当に榊に勝ってほしいんだろうか?
「飯田くん、榊くんに勝ってね」
祈りにも似た言葉だった。
榊と何かあったんだろうか?
告白された以外に何か。
榊は何も言わなかった。
高塚も何も言わない。
それなら俺から言えることはない。
「春、待ち遠しいな」
その次に跳んだ高さは、冬の榊の記録まであと数センチだった。
あと少し。
もう少し。
「その前に慎太郎くん、バレンタインだよ!」
里子が唐突に言い出した。
「急だな」
「忘れ去られそうだからね!」
実際、少し忘れかけていた。
「私からもあるわよ」
高塚がしれっと言う。
里子と高塚の間に火花が散る。
バレンタイン。
中学時代は高塚からのチョコを熱望していたけれど、今では悩みの種だ。
人生何が起こるか分からないな。
どうやら、春を前にして一波乱ありそうだ。




