揺れる心
息が白い。
まだ冬は続いている。
部活の練習も寒さと自分の記録との戦いだった。
あと少し、もう少しで榊に追いつける。
いや、追いつくだけじゃだめなんだ。
追い抜かさないと。
それだけの記録を出さないと。
俺は俺の跳び方で、誰より高く跳びたい。
そう思って練習に励むも、記録は安定しない。
どうしても脳裏に榊の跳び方がちらついてしまう。
俺は俺の跳び方で、そう思うのに、榊の美しい跳び方が離れられない。
魅せられる跳び方っていうのはああいうんだろうな。
「慎太郎くん、お疲れ様」
里子がドリンクを持ってきた。
校舎の時計を見れば結構のめり込んでいたみたいだ。
「ありがとな」
「ううん。慎太郎くん、頑張っているね」
「ああ。次こそ誰より高く跳びたい」
俺がそう言うと、里子が笑った。
「慎太郎くんのそういう真っ直ぐなとこ、好きだよ」
「そ、そうか?」
今更だけれど、里子のこのストレートな好意が少し照れくさい。
「そうだよ!いつも頑張って、真っ直ぐに跳んで、私ね、慎太郎くんの跳び方好きだよ」
そう言われて悪い気はしない。むしろ嬉しい。
「ありがとう。里子」
や本当のことだもん」
にこりと微笑む里子に高塚に未練があった俺が罪悪感で押し潰されそうになる。
「……俺も、好きだよ」
吹っ切るように里子に告げると、里子は何かを察したかのように一瞬瞼を下げたが、また上を向いて笑った。
ごめんな、こんな俺で。
そう思って休憩の間、しばらく談笑していた。
それを見ていた高塚がどんな思いでいるかも気遣えない俺は、イカロスの翼がなくても焼き尽くされていたのかもしれない。
部活が終わったあと、里子を家まで送って自宅への帰り道に高塚がいた。
高塚の家は反対方向だ。
こっちの方に用があるとすれば俺だけだ。
「高塚、何か用か?」
俺が尋ねると、高塚が口を開いた。
「私、榊くんから告白されたわ」
それを聞いて胸がざわりとしたのはどちらに対してだろう?
「そっか」
「それだけ?」
「俺達は終わったんだよ、高塚。だから俺から言えることなんてない」
そう言うと、高塚の綺麗な瞳から一雫の涙が溢れた。
「簡単に諦められたら、こんなに苦しくなんてない」
高塚が絞り出した声で小さく叫ぶ。
その気持ち、分かるよ。
「俺も、中学三年間同じ気持ちだった」
高塚が顔を上げる。
「もう、遅いんだよ。お互いに。俺たちの道は交わらないんだ」
イカロスの翼が燃え尽きたように、俺の高塚への炎も燃え尽きなきゃいけない。
「……でも、飯田くん。私にまだ未練があるでしょう?」
核心を突かれてドキリとする。
「なんで」
「飯田くんの目、中学時代から変わらない」
そう言われて、言葉に詰まる。
「中学時代から、関係があった時から、ずっと、飯田くんの私を見る瞳は変わらなかった」
「そんなことはない。俺が今好きなのは里子だ」
「本当に?」
「本当だ!」
そう思い込もうとしたのかもしれない。
違う。俺は確かに里子が好きだ。大切だ。
でも、高塚の隣に榊がある想像をしただけで心の奥が熱くなる。
これはどちらに嫉妬しているんだろう。
「とにかく、俺が好きなのは里子だけなんだ」
そう言うと、逃げるように高塚を振り払って家へ走って帰った。
逃げるように、じゃない。逃げたんだ。、
自宅へ戻って手洗いうがいをして顔を洗う。
鏡には戸惑った、情けない表情の俺。
俺は、どうしたいんだろう。
自室へ戻りベッドへ横になると、考えがぐるぐると巡り回る。
里子。高塚。榊。俺。
大事なのは里子だ。
高塚は未だに憧れがある。
榊は越えなきゃいけないライバルだ。
俺は……俺は里子と高塚の間で揺れて、榊には勝てなくて。
自分の心も見えないし跳べない。
「どうしたらいいんだろうな」
跳びたかった。
全部を忘れるくらい跳びたかった。
「早く明日にならないかな」
そうしたら練習で好きなだけ跳べるのに。
でも、それでも榊の記録は抜けない。
俺は俺の跳び方をしたいのに、さっきから跳び方が思い出せない。
夕飯を食べて風呂に入ってまたらベッドに沈み込む。
「明日になったら、変わっているといいな」
太陽が同じように登るように、同じ日常の延長線なのにそう願ってやまなかった。
翌日の部活は不調だった。
里子が心配して何度も訪れるくらいには。
「大丈夫だよ」
「でも……。やっぱりおかしいよ。無理しないでね」
「ああ」
へらりと笑ってみたら里子からデコピンを食らった。
「痛」
「心配くらいさせてよ」
「……ごめん」
俺が謝ると、マットに座っていた俺の頭を里子が撫でた。
「私は、なにがあっても慎太郎くんの味方だからね」
「里子……」
やっぱり里子が愛おしい。
でも。
ちらりと高塚を見ると視線が合う。
この高鳴りも嘘じゃない。
俺は、どこに向かって跳べばいいんだろうか。




