冬大会 前編
冬大会の日がやってきた。
大会とはいっても小さなものだが、榊が出るとなったら違っていた。
なんせ新記録を出した選手だ。
マスコミも群がっている。
「すごいな」
「今日を境に慎太郎くんがなるんだよ!」
里子が言うが、俺はまだ榊の秋大会の記録しか出せていない。
榊はきっと、秋より高く跳ぶんだろう。
そんな直感があった。
でも、俺も負けていられない。
今日は、昨日の俺よりきっと高く跳ぶ。
ぐっと拳を握り締めると、その拳を里子が両手で包む。
「慎太郎くんなら大丈夫。ね?」
なんの心配もしていない笑顔。
この笑顔のためにも、俺のためにももっと高く跳びたい。
「そうだな」
笑って答えると、里子の笑みも深くなる。
「ちょっとお二人さん。いちゃついていないで、さっさと大会の準備してよ」
高塚にピシャリと言われて思わず里子と二人で手を離す。
「分かってるよ、高塚」
「どうだか。新井さんも、早く手伝ってよ」
「うん!ごめん、高塚さん!」
里子が慌てて高塚の方へ走り出す。
慌ただしく始まった大会。
俺は、今度こそ榊に勝てるんだろうか?
いや、そうじゃない。
俺は俺のために跳ぶんだ。
誰かのためじゃない……里子のためには跳んでもいいかもしれないんだけれど。
こんなことを思っているから俺はダメなんだ。
首を振って頬を叩いて気合を入れる。
「よし!」
「よし!じゃないわよ。みんなもう行ったわよ」
高塚が呆れたように言う。
俺は慌てて部員達を追い掛けた。
……本当に、高く跳べるのか?俺!
俺たちの高校の待機場所に辿り着くと、榊がやってきた。
「よう!有名人!」
「まぁな!」
榊が笑って応える。
「今日こそはお前より高く跳ぶから」
「なら、俺はそれよりも高く跳ぶだけだ」
笑い合って握手を交わした。
「それより、お前、怪我は大丈夫なのか?」
「もちろん!」
「……高塚さんに面倒を見てもらったりしたのか?」
「まあ、マネだからたまに」
素直に答えるとチョップされた。
「痛い!」
「やかましい!この果報者!新井さんっていう彼女がいながら!」
「里子は里子だろう!?」
喚き合う俺達を両校の生徒が生温い目で見てくる。
「やめなさい、あなた達。恥ずかしいわよ」
「高塚」
「高塚さん!」
「まったく……。今日は試合なのよ?分かっている?」
「もちろんです!俺、高塚さんのために跳びます!」
榊が元気よく言い切った。
「ライバル校のマネ相手にそんなこと言ってどうすんだよ」
俺がそう言うと、榊は真っ直ぐ言った。
「だって、好きな人にはいい格好したいだろう」
それはそうだ。
俺は思わず頷いた。
俺も里子のために跳ぼうとしていた。
でも、もう誰かのために跳んだりするのはやめたんだ。
そりゃあトロフィーとかは捧げたい。
でも、跳ぶのは一人。俺自身なんだ。
「榊くん、気持ちは嬉しいけど、私が好きなのは飯田くんだから」
「だから、好きになってもらえるまで頑張ります!」
「……はぁ。どうせ、あなたもそう言って他にいい子が出来たらそっちへ行くんでしょう」
その言葉にはチクリときた。
高塚の瞳が鋭く冷たい。
「飯田!お前のせいで俺まであらぬ疑いを持たれているじゃないか!」
「それは……正直ごめん」
「本当よ」
高塚はクールに言うと、部の集団に戻って行った。
「飯田、お前に負けられない理由がまた出来たな!俺はまたお前に勝って高塚さんにいいところを見せる!」
「言ってろ。俺は俺のためにお前より高く跳んでやるさ」
笑い合って別れる。
でも、お互いその瞳は本気だった。
負けられない。
お互いそう思っている。
いや、この会場にいる全員が思っている。
勝ちたい。
引退した鹿谷先輩達も見にきてくれている。
無様な姿は見せられない。
少なくとも、秋大会の榊の記録は今日こそ抜いてやる。
決心も新たにすると、里子に呼ばれた。
「なんだ?」
「はいこれ、プレゼント」
そう言って渡されたのはミサンガだった。
カラフルな色で編まれたそれは、寒い冬の日なのに温かくて、気持ちがホッとした。
「ちょっと屈んで」
言われた通り屈むと、触れるだけのキスをされた。
「勝つおまじない」
照れている里子が可愛い。
「ありがとう。このミサンガ、早速付けるな」
そう言ってしゃがんで左足首に巻く。
「どうだ?」
「似合ってる!」
里子が嬉しそうだと俺も嬉しい。
笑顔のためにも跳びたい。
そう思わないようにしたのに思ってしまう。
俺は俺のために跳びたいのに。
「今日こそ勝てる気がしてきた」
「跳べるよ、慎太郎くんなら!」
そのまま甘い雰囲気になろうとすると高塚から喝が入る。
「そこ、いちゃつくのは優勝してからにして!」
「……高塚、先輩達に似てきたな」
「誰のせいだと思っているのよ!」
普段クールな高塚が苛立ってみんなを集めて今日の対策等を話していく。
こういうのはさすが高塚だなって思う。
「みんな、頑張ってね」
「応援しているよ!」
マネージャー二人の応援を背に受けて、冬の大会が始まった。
今年最後の大会。
空を見ると、相変わらず息は白くて天は高い。




