冬の日々
冬も深まり、息が白いのも慣れた。
冬大会まであと少し。
小さな大会だけれど、榊も出る。
それだけでテンションが上がる。
今の俺は、あいつに届くだろうか。
そう考えて首を横に振る。
もう誰かと比べたり追いかけたりするのはやめたんだ。
俺は俺で跳べばいい。
息をひとつ吐く。
その白い吐息を眺めると、あと数日で榊とまた競うなんて思えなかった。
実感が湧かなかった。
「……跳ぼう」
それしかない。
俺は、始めた頃のようにがむしゃらに跳び続けた。
それがとても楽しかった。
「慎太郎くんが楽しそうで良かった!」
「でも、あんな跳び方していたらまた怪我するわよ」
「それもそうだ!ちょっと止めてくる!」
「まったく、無鉄砲なカップルなんだから」
もう一度。
そう思ってスタート地点まで戻ると里子がむくれていた。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだ?じゃないよ!そんなんじゃまた怪我するよ!」
「ああ……」
忘れていた。
あんなに跳ぶのが怖かったのに、榊と勝負だと思うと胸が高鳴る。
怖さはまだ胸の奥にあるのに、今はその感覚さえ心地よかった。
恐怖よりも、今はただ跳びたい。
「でも、跳びたいんだ」
「もう!子供みたいなこと言わないの!」
里子が怒る。
でも、これは俺を心配してくれての言葉だ。
「ありがとな」
へらりと笑うと、里子も小さく微笑んだ。
「榊くんに勝てるといいね」
「もちろんだ!」
「そうと決まったら休憩!休むのも大事な事だよ!」
そう言って無理矢理座らせられてドリンクを渡された。
一口飲むと、意外と喉は乾いていたらしい。
もう一口飲んで、傍に置くとごろりとマットの上まで行って寝転がった。
ボスリと音を立てて俺の体重を受け止めてくれる。
高跳びした時の感触と似ている。
何もせずに見上げる空は高くてそっと手を伸ばした。
「慎太郎くん、何を考えているの?」
「空が高いなって」
里子も空を見る。
「冬だもんねぇ」
里子の吐く息も白い。
「あと数日。榊はどれだけ跳べるようになったかな」
「さぁ?でも、慎太郎くんもいい線いくよ!だって私がついているんだもん!勝利の女神ってね!」
胸を張る里子が微笑ましい。
「そうだな、頼りにしているよ。勝利の女神様」
笑い合って手を繋いでマットに寝転がる。
二人で太陽を遠くから眺めた。
目がチカチカする。
遠くてもこんな太陽によく近づきたいと思ったな。
蝋の翼も何もなくても、もういいんだ。
……太陽は、きっと誰でも望めばあったんだ。
「榊に勝とうと思うんじゃない。俺は俺の跳び方を信じたい」
「……出来るよ、慎太郎くんなら」
繋いだ手が強くなる。
「今度こそ、俺は俺のために跳びたい」
「そこは愛しの彼女のためじゃなく?」
俺は小さく笑ってしまった。
「そうだな、優勝トロフィーは里子に贈るよ」
「そこまでしなくていいよ。でも、その心が嬉しい。ありがとう」
悲しみの影のない里子の笑顔は、告白された時のもので、俺は不覚にもまたときめいてしまった。
「……里子」
「さ!練習再開しないと!」
急に立ち上がった里子に肩透かしを食らう。
「そういうところも好きだぞ」
「何か言った?」
「なんでもない」
また一口ドリンクを飲むと、練習を再開した。
打倒、榊!
今度の大会で記録を抜いてみせる。
俺は俺の力で。
榊は榊の力で。
ただ、跳ぶだけなんだ。




