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1000回振られても君が好き  作者: 千子


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茶柱二本

「もうすぐ冬休みだな」

「そうだね」

二人で並んで歩くのも、もう日常だった。

日常にこそ幸せがあるって教訓の絵本はなんてタイトルだったっけ?

「慎太郎くん、今度の冬の大会で榊くんのこと追いかけそうだね!」

里子の言う通り、俺は好調だった。

榊があれから秋大会の成績以上のものを出したなんて聞かない。

今の俺なら対等だ。……多分。

「鹿谷先輩達も大会だけは応援に来てくれるって」

「そっか。会うの久々だな。楽しみだ」

鹿谷先輩達はもう受験勉強がピークで部活動を見ている暇はないらしい。

それでも大会だけは来てくれる。

とても心強く感じた。

「負けてられないよね!」

「ああ!」

榊に勝ちたい。

それは目標になっていた。

榊に勝てれば、高校の高跳び日本一になれる。

日本一。

少し前までは、そんなこと、遠いことに思えた。

でも。

「なぁに?」

隣にいる里子を見て思う。

蝋の翼がなくても、イカロスが太陽に近付かなければ幸せになれることもあったのかもしれない。

「何でもないさ」

「えー!嘘!そう言う顔の時の慎太郎くんはなにか隠している!」

「里子が好きだよってだけだよ」

「そ、そんな言葉じゃ騙されないんだからね!」

顔を赤くする里子のおでこにキスをひとつして、その手を取る。

「さあ、お姫様。お城に着きましたよ」

「あ……。もう家?慎太郎くんと帰るといつもあっという間。……ねぇ、今日はもう少し側にいない?」

里子の潤んだ上目遣いに理性を総動員させた。

高塚とのことを思い出せ!

「俺は、まだ里子とそういうこと出来るような男じゃないよ」

「そんなことまで、誘っていないでしょう!ただ単にお話ししたいってだけ!これだから男は!」

なにやら里子の逆鱗に触れたが俺は慌てて釈明した。

「里子が大切なんだよ」

「私だって、私が大切だよ!こんなこと言うの、慎太郎くんだけなんだからね!」

ふと、高塚もそうだったんだろうかと思った。

俺を好きだと言った高塚。

「……高塚さんのこと思い出している?」

「そんなことないよ」

「嘘。そういう顔している」

そう言うと、里子は玄関のドアを開けた。

「今日はもういいよ。送ってくれてありがとね」

パタン。

閉じた扉は開かれなかった。

溜息を吐いた。

「ダメだなぁ。俺は」

高塚とのことはもう終わったんだ。

今は里子のことを第一にしなくちゃいけなかったんだ。

チャイムを押す。

「里子。話がしたい」

「……入って」

そう招かれた里子の家に入るのは、一年くらい通い詰めていたのに入るのは初めてだった。

「外、寒いでしょう?コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

「俺は……」

「なーんてね!緑茶だよね!ちゃんとあるよ」

悪戯っ子のように里子が笑う。

「そこにお煎餅もあるから!」

リビングのテーブルには菓子受けが置かれていた。

甘味の誘惑に勝てないまま手を伸ばそうとすると、里子が叫んだ。

「あ!その前に手洗いうがい!大会前に感染症に罹ったらどうするの!?」

「……洗面台は?」

「こっち!」

里子の案内に洗面台で手洗いうがいをしてまたリビングに戻ると温かい緑茶が二つ、並ばれていた。

「さ、どうぞ!」

「いただきます」

緑茶を一口飲もうとして、気付く。

「茶柱」

「ふふん。得意なんだ!」

里子の分を見ると、里子の方にも茶柱が立っていた。

「意外な特技だな」

「これでも結構いろんなことが出来るよ!」

「へぇ」

「お菓子も食べて!どうせ戴き物だし!」

「それじゃあ、遠慮なく」

俺でも知っている有名店の煎餅から手を伸ばす。

「美味い」

「よかった」

里子が笑う。

うん。好きだ。

そう確認してまた緑茶を飲む。

「将来はこんな家庭にしたいね」

思わず飲んでいたお茶を吹き出した。

「げほっ、げほごほっ!」

「だ、大丈夫!?」

「大丈夫だ……」

家庭……里子は俺とそこまで考えていたのか。

そこまで想われるのは嬉しいような、退路を絶たれたような。

いや、俺も別れる気なんてなかったけど。

……高塚のことがあっても、ここまで慕ってくれる子なんてそうはいないよな。

「……そうだな」

いつか、そんな未来が来るんだろうか?

「冬大会が終わったら冬休みだね。今度こそどこか行こうか」

「そうだな。どこがいいかな」

「……旅行とか、どうかな?あんまり遠くには行けないけど」

俺は2度目の茶を吹いた。

「お、俺達はまだそういうの早いと思うんだ!」

「高塚さんには手を出したのに!?」

「ここでその話はするな!」

押し問答の末、俺が榊に勝ったら旅行に行くことになった。

押し負けたとも言う。

「旅行するだけだからね!そう言うことはしないから!」

「分かっているって」

そうは思っても少し期待してしまう。

冬大会に榊に勝ちたい理由がまた一つ出来たな。

でも、里子と一緒ならどこだってなんだって楽しいんだ。

「冬大会か」

「頑張ってね、慎太郎くん!」

里子の笑顔を見ると頑張れる気がする。

そっと手を握る。

そっと口付けるだけのキスをして、帰る支度をする。

「頑張るために明日も練習に気合いを入れないとな」

「うん!」

里子が笑ってくれるなら、跳べる気がする。

「ありがとな」

「なにが?」

わからない里子に俺も微笑んで、その日は帰った。


翌日の高跳びは、空が高くてとても綺麗だったのは覚えている。

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