冬の吐息は白い
跳ぶのが楽しい。
そう思えたのはいつ以来だろう。
最近の俺は好調で、もうすぐ秋大会の榊の記録にも届くようになっていた。
「すごいわね、飯田くん」
ドリンクを渡されながら高塚が言う。
「そうだな。今、面白いよ」
心から笑える。
そんな俺を眩しそうに高塚が見る。
「なんだか、飯田くんが太陽みたい」
「なんだそれ。俺は地に足つく人間だよ」
「……そうね。人間だから愛おしいのよ。失敗して間違えてそれでも前を向いて進んでいける」
「高塚……」
俺が高塚を見ると、高塚はさっさと他の部員のところへ行ってしまった。
高塚は高塚なりに俺に思うことがたくさんあるんだろう。
それは当然のことだった。
俺も高塚に思うことはたくさんある。
けれど、それはもう未練でも恋愛感情でもない。
「ごめんな」
誰にも聞こえない呟きは、冬の風に消えた。
冬になると寒い。
走りっぱなしの長距離、短距離走の奴らは暑そうだ。
俺はまだ着込んでいる方だった。
それでも薄着だけれど。
「慎太郎くん、寒くない?」
「寒くない……といえば嘘になるけど、今は高跳びしていたいからな」
どんどん高くなるバーを見詰める。
太陽を追わなくなってから、俺は身軽だった。
榊の記録にも迫りつつある。
わくわくした。
跳んでいて、こんな気持ちになるなんて初めて授業で高跳びをして太陽を見た時以来だ。
「……慎太郎くん、いい顔しているね」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
どことなく嬉しそうな里子に疑問符を浮かべながら、また跳ぶ準備をした。
息を吸って、吐く。
吐息はもう白い。
足を怪我したことなんてもう忘れていた。
今度の高さは秋大会の榊の記録だ。
高い。
だから挑戦したい。
目の前のバーを見据えた。
跳べる。
今の俺なら、飛べる。
翼がなくても。
そう思って走って跳んだ。
踵がバーにぶつかる感触がした。
太陽は天高く、空気は澄んでいた。
でも、バーは落ちなかった。
「慎太郎くん……!」
里子が近寄ってきた。
「おめでとう!」
抱き締められても、俺にはまだまだだ。
「まだだよ。まだ、記録に並んだだけだ。もっと高く跳ばないと」
でも、嬉しい。
未だに揺れるバーを眺めた。
飛べたんだな、俺。
蝋の翼がなくても。
「今度は冬にある大会だな」
「榊くんはシードで出るやつだね!」
「ああ。そこで榊を抜きたい」
明確な目標だった。
勝ちたい。榊に。
今一番高く跳べる相手に。
そうしたら、俺が一番高く跳べる。
手に力が入る。
「もう一度、跳んでみるよ」
息が白い。
寒さより心の熱さが勝っていた。
「うん!もう一度跳んで見せて!」
里子の笑顔に影も泣いた後もない。
晴々とした笑顔だった。
……俺は、こんな里子のことが好きになったんだよな。
「今度はバーを揺らさないくらい高く跳ぶぞ!」
「その意気だよ、慎太郎くん!」
賑わう俺達を高塚がマネージャーの仕事をしながら微笑んで見ていた。




