太陽は遠い
秋大会が過ぎると、いよいよ鹿谷部長達も受験が忙しくなり部活に出る機会が減ってきた。
俺は怪我の調子も良くなり、普通に歩けるようになっていた。
「早く治りそうでよかったね」
「ああ。早く跳びたいな」
「出来るよ、慎太郎くんなら」
里子がそう言うと、どこか甘い雰囲気が流れた。
するとすぐに鹿谷先輩が「だから!部活中にいちゃつくなー!」と怒鳴り声を張る。
休憩中でも許されないらしい。
「この注意ももうすぐ聞けなくなると思うと寂しいな」
「ね」
里子がやけににこにこしながら並んで歩いてくる。
「なんだよ、嬉しそうな顔をして」
「ううん。しあわせだなぁって!」
「なにが?」
「慎太郎くんと歩けていること!」
その言葉で高塚とのことがずきりと胸に痛む。
「……ごめん」
「謝って欲しいわけじゃないよ、慎太郎くんは確かに許せないところもあるけど、それ以上に好きなんだもん」
里子が笑って言う。
その笑顔に辿り着くまでに何度泣いてきたんだろう。
「本当にごめん。俺はやっぱり里子が好きだよ」
「当然じゃん!」
笑って言う里子が愛おしい。
これは間違いがない。
「ねぇ、今度の連休、どっか遊びに行かない?」
泊まりのお誘いだ。
直感的にそう思って、高塚のことを思い出す。
慌てて首を振って里子に向き合う。
「いいな。どこに行く?」
「どこでもいいよ、慎太郎くんと一緒なら」
少し照れて微笑む里子に、俺はなんとも言えない感情を抱いた。
「俺も、里子と一緒ならどこでもいい」
「もう、それじゃあ決まらないじゃん」
「そうだな」
俺が笑うと里子も笑う。
そういう関係が、とても大切だ。
高塚とのことは忘れよう。
そう何度も思うのに、泣く高塚が脳裏にちらつく。
「慎太郎くん?」
「……なんでもないよ」
俺は里子のように笑えているんだろうか?
二人で話している姿を見て、高塚は何を思うんだろうか。
この感情に名前がつけられないまま、秋は深まっていき俺の足も治った。
なのに、跳べない。
跳ぶのが怖い。
また怪我をしたらもう選手として諦めなければならないと言われている。
そもそも、跳んでも榊には勝てない。
秋大会では榊が跳ぶ姿を見て高揚のまま、俺も跳んでみせると息巻いていたけれど、実際に跳ぶとなると恐怖心が現れた。
跳ぼうと思っても跳び方を忘れて助走に違和感がある。足が震える。
「ちくしょう」
俺はこのまま引退した方がいいんじゃないか?
怪我が原因で引退。
よくある話じゃないか。
それでも跳びたい。
もっと高く。
成績なんか関係なく。
あの太陽に向かって跳びたい。
そう思うのに、怖い。
相反する感情を持て余して、里子に元気付けられる。
それも俺を惨めにさせた。
里子はいつも笑って俺を支えようとしてくれるのに、俺はそれに甘えてばかりだ。
「……情けない」
帰り道、里子を送った後に一人で歩いていたはずなのに背後から声が掛けられる。
「本当ね」
「……高塚」
高塚が呆れたように立っていた。
「お前の家、こっちの方じゃないだろ」
「そんなこと、どうでもいいの。今のあなた、とても格好悪い。私が好きになったくらいなんだから、俯いていないでよ」
それは切実な言葉だった。
「そんなの、高塚には関係ないだろ」
「関係あるわよ、私はあなたが好きなんだから。格好いいところ見せてよ。恐怖なんて、中学時代に三年間も私に告白してきたあなたの度胸なら超えられるはずでしょう?」
その言葉に俺は何も返せなかった。
「私を好きでなくてもいい。でも、応援はしていたいの」
あの高塚からは聞けないようなセリフだったから俺は驚いて目を見開いて高塚を見る。
「また跳んでよ、太陽なんて見なくていい。あなたの跳びたいように跳んでみせてよ」
「俺の、跳びたいように……」
その言葉に高塚から貰ったお守りを思い出した。
高塚は、こんな優柔不断で情けない俺を応援してくれる。
里子もずっといつもの笑顔で支えてくれている。
その笑顔の裏には俺にみせない顔もあっただろう。
鹿谷先輩も、三ツ谷先輩も、清水先輩も陰ながら見守ってくれている。
俺は、一人で飛んでいたんじゃないんだ。
空を見上げると、夕焼けから夜空に変わり始めていた。
落ちていく太陽は、それでもみんなを照らしていた。
「……綺麗だな」
「そうね」
高塚もこの景色を見て微笑んでいる。
「俺も跳びたいな」
「跳べばいいじゃない」
「そうだな」
笑って言えた。
翌日の俺は、夏の大会で榊が出した記録を叩き出した。
榊に勝つスタートラインに立てた気がした。
「太陽に向かって跳ばなくても、か」
ずっと追いかけてきたものを諦めた心は、枷が外れて少し身軽になった。




