怪我再び
秋風が心地いい中、俺は秋の大会で榊に勝つべく、練習を重ねていた。
何度も跳んだ。
それでも榊の記録に辿り着かない。
焦る俺に、榊から連絡が来た。
『自己記録更新!』
この単語六文字で焦りが恐怖に変わる。
また、また負けるのか。
「慎太郎くん?大丈夫?」
「大丈夫だよ」
嘘だ。何も大丈夫じゃない。
部長達や榊は優勝して全国に行くような人達なのに、俺だけ高跳びで何の成績も残せていない。
取り残される恐怖があった。
それから無茶な練習を重ねて部長に怒られた時に、前に怪我したところが痛む。
再発。
嫌な単語が頭をよぎる。
でも、確かな痛みが俺を襲う。
部長も勘付いたのか、触れられた瞬間、電気のような痛みが走った。
「痛っ!」
思わず声が漏れる。
「またか……」
部長が溜息を吐いた。
「これは癖になるかもしれないからまたしばらく安静にしておけ」
「でも、鹿谷先輩……!」
「これは元部長命令だ。怪我は癖になりやすい。今は治療に専念していろ」
「……はい」
最悪だ。
「保健室に行くぞ。立てるか」
「はい」
鹿谷先輩から声を掛けられて肩を借りて保健室へ向かう。
秋風が寒い。
すこし涙ぐみ、手で拭う。
「慎太郎くん!」
「里子、ごめん。大丈夫だから」
「新井。飯田なら俺が保健室に送って行く。マネージャー業務に専念してくれ」
「……はい」
里子は不安気な表情のまま俺を見送った。
ちらりと視線を感じて見遣ると高塚もこちらを見ていた。
小さく頷くと、口パクで「ばか」と返された。
苦笑してそのまま鹿谷先輩に連れられて行くと、保健医の先生に診てもらっている間に尋ねられた。
「榊選手に関してか?」
「……はい。負けたくなくて」
「誰だって、誰かに負けたくないと思っている。でも、それで焦って怪我をしていたら意味がない。今後は自重して、節度を守って練習をするように」
「……はい」
何の反論も出来ない。
「まあ、若いうちは良くあることよ。鹿谷くんも一年生の時は大変だったでしょう」
保健医の先生にそう言われて、鹿谷先輩がわざとらしく咳をする。
それが何だか面白くて、少し力が抜けてしまった。
「そうだ。そのくらい肩の力を抜いた状態の方がいいぞ」
「はい!」
そう言うと、また肩を借りてグラウンドへ戻る。
「飯田くん、大丈夫?」
清水先輩にも心配をされた。
「はい。前に痛めたところ、またやっちゃいました」
乾いた笑みで言うと、清水先輩は少し考えて、口を開いた。
「今度はもう少し長く休みましょう」
「えっ」
そうしたら、秋の大会は?
「俺!頑張ります!!」
「怪我は頑張る、頑張れないじゃないの。いいから、完治してもしばらくは休んでいなさい」
「そんな……」
目の前が真っ暗になる。
榊との差はどんどん開かれるだろう。
あんなに練習したのに。
こんなに練習してるのに。
悔しい。
落ち込む俺の背中を高塚が叩いた。
「うわっ、なんだよ!」
「落ち込むぐらいなら、前を見なさいよ」
そう言って去って行った。
前。
練習に勤しむ部員達。
サポートする里子。
俺の怪我で話し合う鹿谷先輩と部長と清水先輩。
俺は、ここで立ち止まっていていいんだろうか。
俺に出来る最善。
「あの、俺に出来ることありますか!?」
「えっ」
「怪我をしていても、サポートとかは出来ると思うんです。ドリンク作りとか……。じっとしていられないんです!やれることがあったらやらせてください!」
そう言って頭を下げた。
そんな俺に清水先輩達は顔を見合わせて、柔らかく微笑んだ。
「そうね。お願い出来る?」
「美味い一杯を頼むぞ!」
「はい!頑張ります!」
「新井といちゃつくなよ!
「い、いちゃつきませんて!」
そうして、怪我に考慮しながらマネージャーの業務をやることになった。
マネージャーの業務は思ったよりも過酷で、俺は途中でめげそうになりながらも里子と高塚と清水先輩の教えもあってなんとか一通りこなせるようになってきた。
「ドリンク、高塚の担当分だけ好評なんだよなぁ」
「高塚さん、みんなの好みに合わせてるから。私はまだダメ。そこまで覚えきれない」
「へぇ、そうなんだ……」
中学時代みたいな柔らかい笑みで部員に接する高塚を見ていると、不思議な気持ちになる。
俺は確かに里子を選んだし、里子も俺を選んでくれている。
けれど、不意にもしもの結末を思ってしまう。
「慎太郎くん」
隣の里子が厳しい顔になる。
「ごめん」
そうだ。
太陽は暑すぎる。
人間が近付いちゃいけないんだ。
遠くから高塚を見て、そう思った。
同じ太陽みたいな榊と幸せを願っていたのに、俺は欲張りすぎる。
「ごめんな、里子」
もう一度謝って、ドリンクを作る。
里子は笑って、いいよって答えてくれた。
俺がマネージャーの仕事をこなしている間に、榊が自身の通う学校で高校新記録を出したと聞いたのは帰りのミーティングの後、榊から知らされてだった。
夕焼けを見る。
「太陽には、近付けないのかぁ」
俺は痛む足を無視して、帰路についた。
夕焼けの太陽は、まるで榊の記録みたいに眩しくて、痛む足と一緒に俺の未熟さまで照らされている気がした。
悔しくて涙で滲む太陽は、幾重にも見えてより大きく見えた。




