怪我
跳んで、跳んで、大会に向けて飛び続けて怪我をした。
最悪だ。
初めは小さな違和感だった。
それを気にしない振りをして、こんな事故になるなんて。
保健室に運ばれて自己嫌悪に陥る。
小さな違和感でもサインは見逃さずにと思っていたのに、実際は大会でいい成績を残したいと頑張りすぎた結果、こんなことになってしまった。
「すみません……」
「いや、気付いてやれなかった俺達も悪い。今回の大会は怪我の完治具合だな」
鹿谷部長が告げ、自分が情けなくて涙が出そうになる。
「慎太郎くん、大丈夫?」
里子が不安そうに尋ねる。
思えば、俺は里子の笑顔と同じくらい不安そうな顔を見ている気がする。
「大丈夫だよ」
里子の頭を撫でると、痛む足を触られた。
「痛っ」
「ほら、やっぱり痛いんじゃん。飯田くんは無理しすぎ」
「高塚……」
高塚が故障した場所を撫でながら言う。
高塚の指が触れた瞬間、里子の肩がぴくりと動いた。
その一瞬の動きを、俺は見なかったふりをした。
「昔の飯田くんなら自己管理ぐらい出来ていた」
「なにそれ、私のせいだって言いたいの?」
里子が立ち上がる。
「里子、やめておけ。これは俺が悪いんだから」
「でも……!」
「里子」
「飯田くん、すっかり変わっちゃったね」
そう言って高塚は気まずい雰囲気を残して保健室から出て行った。
「とりあえず、飯田は怪我の治療に専念な」
「はい」
項垂れる俺に里子が手を添える。
「私が送っていくから」
「ありがとう、里子」
「それじゃあ、お先に失礼します」
「ああ、新井。飯田をよろしくな」
そう言って保健室を出た。
痛む足をなんとか宥めて着替え終わって陸上部部の部室から出る。
里子はもう着替え終わっていたようで、俺を待っていた。
「肩、貸して」
「ありがとう」
とはいえ、全体重をかけられない。
そっと里子の肩に手を回して、ひょこひょこ歩く。
「悪いな、里子」
「気にしないで。それより、本当に大丈夫?」
「ああ。……大会前には治るといいな」
「……そうだね」
少し重苦しい空気に、俺は息が出来なくなりそうだった。
すべてが苦しい。
それからは一言も喋らずに里子に家まで送ってもらった。
「ただいま」
「あら、今日は早いのね」
早く帰宅した俺に、母さんが声を掛けてくる。
「足を怪我しちゃって」
「怪我!?大丈夫なの!?」
「そこまで酷いもんじゃないよ。少し捻っただけ」
そう言って笑ってみせる。
でも、親というのは子供のことに聡いもので、今晩の晩飯は俺の好きなものばかりだった。
俺はしばらく高跳びをせずに見学するだけの日々になった。
先輩の跳び方は参考になる。
他の学校の高跳びの選手のことも里子が調べてくれていて、参考にした。
里子はマネージャーの仕事もあるし、俺は自由出席だから聡子を待たずにそろそろ一人で帰れるかという日の帰り、下駄箱を開けるとお守りと手紙が入っていた。
名前は書かれていなかったけど、差出人に察しはついた。
「気を付けて」
その5文字だけで中学時代に見詰めていた背中が振り返った気がした。
キスをされたりするよりも、高塚のこういう不器用な優しさを持った人柄に惚れていたんだ。
お守りは、手紙と一緒に大切に鞄にしまった。
なんだか胸が温かい。
「本当に、中学時代にこうならよかったのにな」
その一言は、里子との日々を否定するものだと気付いて首を横に振った。
早く帰ろう。
その時の風は、生暖かい風だった。
なんだか嫌な予感がする。
太陽に近付いたイカロスの翼がまたチリチリと音がした。




