イカロスの翼はまだ早い
大会も近付いて、部員が活気立つ。
「みんな、やる気があるのはいいけど怪我はしないようにね」
清水先輩から忠告を受ける。
みんな従いながらも闘志はあった。
全国大会。
行ってみたいな。
俺の成績じゃまだ予選通過も厳しいかもしれないけれど、とにかく跳んで、もっと高く跳んで、空に近付くようにしたい。
あの太陽に届けば、イカロスの羽は燃え尽きて、太陽に恋焦がれるなんてことはないだろうから。
地面が遠ざかっていく。空気が指先を擦るようだ。
息が荒くなる。
空はまだ遠い。
跳んでも跳んでも届かない。
後少し、もう一度、まだ……。
「……うまくいかないな」
「慎太郎くん、大丈夫?」
里子が近付いてきて尋ねる。
「ああ、でも、もっと跳ぶにはどうしたらいいかな」
「私、練習法とか調べてきたんだ!それを実践してみようよ!」
正直なところ、里子が教えてくれた方法は知っていたものだけれど、俺の役に立ちたいという気持ちが嬉しくて愛おしくて、つい笑顔になってしまう。
「ありがとう、里子」
「うん!頑張って!」
その一言が何よりの練習法だった。
息を吸って、吐いて、真っ直ぐ走って、めいいっぱい跳ぶ。
「すごいよ!慎太郎くん!今までよりも跳んでいたかも!レバーももう少し上げてみよう!」
「ああ!」
里子が無邪気に笑うと頑張れる。
「レバー上げるの?手伝うね」
それまで部員にボトルを配っていた高塚がやってきた。
大丈夫だ。里子にも目線で伝える。
「わかった!ありがとう、高塚さん」
里子が笑って高塚の申し出を受けてくれた。
よかった、と安心している間にスニーカーの紐を結び直す。
「二人とも、ありがとう」
「ううん。気にしないで」
「マネージャーの仕事だもん」
そう言うと、里子と高塚が笑った。
里子はともかく、高塚はどうしたんだ?
「新井さん、高塚さん、ちょっときてー!」
考えていると新井と高塚が清水先輩に呼ばれた。
「呼ばれちゃった。頑張ってね、慎太郎くん」
「それじゃあ、また後で」
「ああ……」
思わず返事をしてしまったけれど、高塚はまだ俺に付き纏う気なのか。
俺が好きだった時はずっと振っていたのに、俺に新しく好きになった子がいて初めて自分の気持ちに気付いたなんて、もっと早くその言葉を聞いていれば、と思う日もあった。
その度に里子への罪悪感で胸が重くのし掛かる。
俺の羽は、まだ蝋で出来ていた。
この羽が高く跳ぶためのものなのか、破滅へのものなのか、俺にはまだ分からない。
それでも、跳ぶしかない。
この高さは大会でも上位者の高さだ。
一度目は足が引っかかった。
それから何度目かでようやく足が引っかかる程度で、揺れた。
段々と、風を切る感覚が心地よい。
視界の端に部員たちの影が揺れる。
練習の最後の方で里子の声が聞こえた。
「慎太郎くん、頑張って!」
その言葉があったおかげか分からないけれど、俺は確かに跳び越えられた。
「やった!」
太陽は見なかった。
ただ、里子の声だけが聞こえていた。
「すごいよ!慎太郎くん!」
「本当に」
いつの間にか高塚まで来ていた。
「……ありがとう」
俺がそう言うと、高塚はチラリと里子を見て俺に近付いた。
そして挑発的に微笑んだ。
「これ、祝福のキス」
祝福なのか揶揄いなのか分からないけれど、そう言って、高塚は俺にキスをした。
心臓が、跳ぶんじゃなくて、止まりそうだった。
二度目のキスだった。
しかも里子の目の前で。
「ちょっと、高塚さん!」
里子が怒る。
俺は、以前のキスの感触を思い出していた。
中学時代なら泣いて喜んだだろう。
でも、俺は。
「里子」
「え?」
振り向いた里子にキスをした。
「そろそろ練習も終わりだろう。片付け、手伝ってくれるか?」
高塚の存在を無視して、里子に声を掛ける。
里子は俺と高塚を見比べて、小さく頷いた。
俺にはイカロスの翼は、燃え尽きるにはまだ早い。
俺は、太陽よりも安寧を選んだ。
高塚は一瞬寂しそうな顔をすると、その場を立ち去った。
その後ろ姿は、中学三年間追い続けていた背中にそっくりで、チクリと胸が痛んだ。
だけど、これでいいんだ。これで、何度も思い直して思い込む。
俺には太陽は眩し過ぎる。




