夏合宿
夏休みが始まった。
それまでも噂は続いた。
周囲の人間にヒソヒソコソコソと話されるのは、正直気分が悪かった。
それも夏休みになったから多少は解放された。
夏休み中、跳んで、跳んで、ただひたすら高く飛べるように練習を重ねた。
「飯田くん。お疲れ様」
「ありがとう、新井」
練習のせいだけじゃない、暑さでかいた汗を新井から受け取ったタオルで拭く。
「タオルだけじゃダメだよ。はい。水分補給もしなくちゃ」
「高塚……ありがとう」
喉が渇いていたのは事実なので、礼を言って受け取る。
「新井さんも、もう少し気を使ったほうがいいよ」
「そう言う高塚さんも、飯田くんだけに構わず部員全員に飲み物を配ってきたら?」
「飯田くんしか見ていないあなたと違ってそうするつもり。ほら」
そう言って、高塚は両腕に抱えていたボトルに入った飲み物を見せつけた。
どことなくドヤ顔なのが可愛い……って、何を考えているんだ。俺は。
高塚はそれだけ言うと、部員達にボトルを配りに行ってしまった。
「私もタオルを配りに行ってくるね。あんまり無理しないでね」
「ああ。ありがとう」
ボトルから流れ込むスポーツドリンクを飲んで、もう一度汗を拭いて棒を通り越して太陽に目を向ける。
眩しい。
合宿まで、あと少しだ。
合宿先では毎年同じ場所を利用させていただいているらしい。
学校からバスで向かって、それなりに整備がされたグラウンドがある建物に辿り着いた。
「結構広いな」
「そうだね」
「はいはい、みんな注目〜!」
三ツ谷先輩が部員達に呼び掛ける。
「今から練習を始めるよ〜。練習の後は各自で先に渡しといた部屋割りとお風呂と消灯時間を守ってね。くれぐれも女子部屋に行かないでね〜」
「きたら処す」
清水先輩が本気のトーンで言った。
それに怯え上がったのは俺だけじゃないだろう。
そうして始まった合宿は、順調に進んだ。
「はい、今日はここまで〜」
「みんな。夕飯は期待していて」
清水先輩の声に歓声が上がる。
みんなもう腹ペコだった。
夕飯を食べて、風呂に入って部屋へ戻る途中、ふと窓の外を見たら高塚が一人で出歩いていた。
悩んだけれど、一人にしておくには心配で、スマホを手に取って後を追った
高塚はスマホを見ながら歩いていて、目的地があるみたいだった。
そういえば、恋愛成就の神社がどうとか言っていたっけ?
そう思っていながら高塚に声を掛けた。
「高塚」
後ろから声を掛けたせいか、びくりと高塚が震えた。
「びっくりした、飯田くんかぁ」
「こんな時間にどこに行くんだ?」
俺が尋ねると、高塚は悪戯がバレた子供のような顔をした。
「この間言ったでしょう。恋愛成就の有名な神社」
俺はため息を吐いた。
「……神頼みでも、俺は高塚に靡かないぞ」
「それでも、神頼みしない理由にはならないでしょう」
そう言って歩みを進める。
俺は高塚の後ろ姿に弱いらしい。
第一、こんな時間に女の子が一人で歩いているなんて危ないにも程がある。
「俺もついていくよ」
「本当!?本当は、一人で知らない土地を夜に歩くの怖かったんだ。ついてきてくれるなら嬉しい」
その笑顔は、俺が恋をしていた中学時代の高塚のものだった。
ようやく着いた神社で、お参りをする。
新井との恋が、続きますように。
そう願った。
「お守りはもうさすがに売っていないかぁ」
「もう閉所の時間だしな」
残念そうな高塚に、明日の早朝に来たらどうかと提案した。
高塚は頷くと、帰路につこうとした。
だが。
「まさか迷子になるなんてな」
「うん……。合宿先はどこかな」
「スマホの地図によるとこっちみたいだけど……来る時に見なかった道だよな」
「うん……。……ねぇ、はぐれないように手を繋がない?」
高塚の提案に驚いたが、この光のない道のりだとはぐれる確率が高い。
ここで更にはぐれるよりは手を繋いでいたほうがいいかもしれない。
そう思って俺は了承した。
手を繋ぐと、新井とは違った感触に包まれる。
しばらく歩いてナビを頼りに合宿先へと向かう。
しばらく歩いているうちに、高塚が背伸びをして俺に打ち明けた。
「本当は私、中学の時、途中から飯田くんのことが好きだったんだ」
突然の高塚の告白に繋いでいた手を強く握ってしまった。
手の温もりが、昔の放課後を思い出させる。
同じように笑っていた。あの頃、俺はこの笑顔に恋をしていた。
嬉しいはずなのに、心のどこかが冷えていく。
「痛っ」
「あ、ごめん」
離したら柔らかい高塚の手に赤い跡がついていて、扇状的なその様子にドキリとした。
俺の跡があの高塚に残っている。
劣情だったと感じるには遅すぎた。
俺には新井がいる。
「……やっぱり手を繋ぐのはやめよう」
俺はそう言うと、後ろから高塚が追ってきているのを確認しながら合宿先へと向かう。
そして、高塚はまた手を繋いできたし、俺は、今度は手放す気になれなかった。
合宿先の窓から、新井が二人で手を繋いで戻る俺と高塚を見ていることには気が付かず、俺は一人で葛藤していた。




