第33話 「本当によかったの?」
修学旅行が終わって数日後のこと。
「本当によかったの?」
一連の話を聞いた佐奈が、そういった。
先輩二人はセンター入試説明会に出席しているため、本日の部活は不在だ。そもそも、この時期に部活に毎日顔を出すあの二人が頭おかしいのだが。
佐奈の言葉を受けると、富士山蓮は不思議そうな顔をする。そして、ふふっと薄い笑いを漏らすと、
「いいもなにも、そもそもぼくは彼のことなんて好きでもなんでもないからね」
そういってのけた。
「え?」
佐奈は、呆然としている。
「好きだった、というだけの話さ。だいたい、あれから何年たったと思っているんだい。全身の細胞が二回も入れ替わるぐらいの時間がたっているっていうのに、未だそんな感情を抱いているわけがないだろう」
「……じゃあ、この前のあれはなんだったんだ」
海を眺めながら見つめ合っていたことを思い出して、思わずそんな言葉がため息とともに漏れた。
「過去の後悔を、清算させてくれた。ということじゃあないのかい?」
「まあ、そうなんだけど」
「それに、ぼくはしばらくは男として生きていくつもりだからね」
「それはまたどうして」
「女の子として生きることを長らく捨ててきたせいで、女の子みたいな格好をすることに抵抗があるのさ。スカートなんかはくとなにかそれだけで恥ずかしくなってしまう」
たしかにあのときの彼女は、どことなく恥ずかしそうな表情をしていたが……まさかそれで恥ずかしがっていたとでもいうのだろうか。
「……それにしても、小学校のときに仲のよかった五人が、同じ部活に集まるなんて、奇跡的だよね?」
彼女がそういうと、
「なにをいっているんだ?」
俺はそんな言葉を漏らす。すると、
「やっぱり気がついていなかったのか、きみは。あの二人は、昔遊んでいた二個上の先輩だよ」
「え、えーっ! マジで?」
「マジだ」
「っていうか、佐奈はなんでいまのいままで教えてくれなかったんだよ」
「だって、確証はなかったし。それに、上町先輩とか、昔はあんな変な人じゃなかったじゃん」
「確かに……うわー、尊敬できるお兄さんみたいな人だったのに、どうしてあんなしゃべり方をするようになってしまったんだ」
俺がそういうと、彼女はぽんと手をたたく。
「あ、思いだしたかも」
「なにを?」
「トランプで負けた人に、一ヶ月間語尾をござるにするっていう罰を与えるゲーム……たしか四人で結託して、先輩を最下位にさせたんだっけ」
「だね。ぼくが彼の手札を読んで、それをアイコンタクトで三人に伝えた。別にいかさまというわけでもないから、気づかれるということもなかったね。まあ、いぶかしんではいたけど」
「な、なんだそれ。まさか。先輩はそれであんなしゃべり方になったとでも?」
「そうだろうね。なんだかんだまじめな人だったから、理不尽を感じつつも、一ヶ月間それで過ごしたんだろう。長期間そんなしゃべり方をしているうちに、それが習慣になってしまったんじゃないかい?」
「……マジかー」
「ま、本人は気にしていないみたいだし、いいじゃないか」
「せっしゃは、気がついていたでござるよ」
「へっ」
「っていうか、そもそもせっしゃは普通にしゃべることができるでござる」
確かに、職員室などで先生に対面しているときや、素に戻ったときなどにはちょくちょく普通のしゃべり方をしていたが。
「え……じゃあなんでそんなしゃべり方を」
「気がついてくれるかなー、なんて思ったからでござるよ。結局、純殿は気がついてくれなかったでござるが」
「それじゃあ、佐奈や蓮のことも?」
「いや、さすがに性別が変わっている二人のことはわからなかったでござるよ」
「ぼくのはただの男装だけどね」
富士山蓮がそういうと先輩は、
「ぬぬ」
そういいながらじろじろと眺める。おい、おっぱいをガン見するな(ブーメラン)!
「……っていうか、さすがに奇跡的な確率なんていうもんじゃないだろう?」
俺がそういうと、
「そうだね。同じ高校に全員が入学し、この時期になって同じ部活に入ることになるなんて、偶然では済ますことができないと思うよ」
「まさか、仕組んだっていうのか」
「もちろんさ」
「いったいどこから」
「きみにこの学校に入学すればモテるという情報をさりげなく流したあたりかな」
「な……あの情報は嘘だったのか」
「まったくの嘘というわけではないさ。事実君はモテる。それに、こんなに一途な女の子がきみのことを好いてくれているんだ。それで十分だろう」
「……っていうか、俺がこの学校に入っても、佐奈が入学するなんていう確証はないじゃないか」
「いや、君が目指している学校に、絶対に入学するという確信があったよ。だって、彼女は君のことが好きだったからね」
「……そう、なのか」
「現に、彼女は君の目指している学校にいけるように、勉強をがんばっているじゃないか」
「俺より、佐奈のほうが勉強できるじゃん」
「きみの爆発力はすごいからね。高校受験のときみたいにぎりぎりにならないように、がんばっているんだろう」
彼がそういうと、彼女はうつむいてしまう。
「…………代弁してくれて、ありがとうございます」
「いえいえ」
「なんでそんなことをしたんだ」
「ぼくはね、あの関係を壊してしまったことを、本当に申し訳なく思っているんだ。どうやったらそれの償いができるだろうかと考えた。その結果が、これというわけさ」
「……なるほど」
「きみはあのとき、ぼくの気持ちはどうなんだっていってくれただろう?」
「ああ」
「だから、ぼくはなにか悩んでいるふうなそぶりを見せて、あのときの気持ちを伝えることにしたのさ。あのときは、佐奈の気持ちだけを優先させることによって、大事なものを台無しにしてしまった。だから今回は、全員の気持ちをくみ取ることにしたのさ。上町先輩や井上先輩、そしてぼく自身の気持ちもね」
「……それで、上町先輩と井上先輩がくっつくように仕向けたのか?」
「まさか、デブ専をこじらせて破局するなんて思ってもみなかった。二人は順調に進んでいると思って油断していたから、焦ったよ」
「全員の気持ちをくみ取った結果が、これというわけか」
「予想通り、今回はすべて丸く収まったよ」
「……っていうことになると、この部活の趣旨が完全に失われることになるんだが」
「いや、それなら心配ないさ。この部活の本旨は、モテまくりになることなんだろう?そのうちに、それを求めてやってくる生徒があふれかえるだろう」
「どうして」
「きみと佐奈が付き合ったことによって、二つの親衛隊が消滅したからね。生徒会と風紀委員の結託もだ。これで圧倒的同調圧力の罠や、密かなる親衛隊によって、きみたちに近づけないなんていうこともなくなるはずさ」
「……二つの親衛隊?」
俺と佐奈は同時に声を漏らす。
「きみたちは自覚がないみたいだけど、きみたちは相当にモテるんだよ」
「……たしかに佐奈(純)は異様にモテるけど」
またしても声が重なった。
「え?」
お互いに顔を見合わせる。
「全校生徒も、正直彼と彼女がくっついてくれればすべて丸く収まるのにと、そう思っていたんだよ」
「……俺が、モテていただと」
「え、てっきりモテている自覚があるのかと」
佐奈は驚きの声を漏らす。
「それはこっちの台詞なんだけど」
「ま、そういうことさ。今後君たちは、便利屋として、この活動を続けていくことになるだろうね」
「ちょ、ちょっとまってもらえるか。俺が本当にモテていたと仮定すると、テニス部の野山岬は、俺のことが好きだったっていうことなのか?」
どっきり大作戦ではなく?
「まーそうだろうね」
「……結局俺、あのあと顔を合わせていないんだが」
「やれやれ。どうせお人好しのきみのことだ。きちんと決着をつけたいなんて思っているんだろう?」
「そうだけど」
「彼女なら、すでにあたらしい男を見つけているさ」
「そう、なの?」
「君たちが付き合ったことによって、多くのカップルが誕生している。いままであきらめきれなかった想いが、君たちふたりがつきあったことによって、ふっきれたんだろう。ここ数ヶ月でカップルが三割程度も増えている。だから、きみたちがなにか気負う必要はない」
「…………なんもいえねえ」
「ま、ゆるーくあのときみたいに楽しむことにしようじゃないか」
「……ああ」
俺はそう力なく答えた。
この部活を、あのときのメンバーでやれるっていうのはうれしいことだけど、なんともいいがたい状況だ。
「そろそろせっしゃは帰らせてもらうでござるよ」
受験生だっていうのに、ここまで余裕ぶっこいてて大丈夫なのだろうか。まあ、先輩のことだからきっと大丈夫なのだろう。
「俺もそろそろ帰ろうかな。じゃあな」
俺はそういって荷物を整理する。
「戸締まりはぼくがしていくよ」
「悪いな。それじゃあ」
そういって部室を出て行った。
佐奈と二人きりにさせていて大丈夫だろうか……なんていうことをちょっと前なら心配していたのかもしれないが、二人とも女の子だ。なんの問題もない。




