第32話 そうして、俺の修学旅行は終わった。
海に面したベンチに、二人で腰掛ける。すると、彼女はこちらの方をみやって、なんでもない風に口を開く。
「ぼくはね。昔、君のことが好きだったんだよ」
そういう彼の苦笑は、だんだんと赤みを増してゆく。
「そう、なのか?」
俺がそういうと、彼は短くうなずく。
「だけど、ぼくはきみに告白したりすることはなかった。だって、どうせフラれて気まずいことになるってわかっていたからね。きみは、あの関係を壊したくなかった。また、ぼくもそう思っていたのさ」
「……それならなんで、佐奈には告白するように仕向けたんだ?」
「今思えば、合理的な選択ではなかったように思うよ。だけど、彼女の気持ちを無視することは、あのときのぼくにはどうしてもできなかったんだ。なんといっても、幼なじみだからね」
「…………」
その言葉に、思わず押し黙ってしまう。
幼なじみだから、その思いを無視できない……か。
「別に皮肉をいっているつもりはないんだけれど、そう聞こえてしまったなら謝るよ」
彼女は俺の沈黙をそんな風にとらえたのか、そう弁明する。
「そんなことを思っているわけじゃあない」
「じゃあ、なにを思っているのさ」
「肝心の、おまえの気持ちはどうなんだって……そう思ったんだよ」
俺がそういうと、彼女は不思議そうな顔を向けた。
「なにをいっているんだい? ぼくは彼女の気持ちを応援することができた。それだけで、十分だったんだよ」
なにか強がっているふうな彼に、俺はいう。
「本当にそれで、よかったのか?」
「まったくきみは、意地悪だなあ」
そういうと彼女は、拳を柔く握りしめて、俺の胸をたたいた。そのまま上目遣いで俺を見上げる。
「だって、そうするしか方法がないじゃないか。佐奈の代わりにぼくが君と結ばれるなんて、あんまりじゃないか」
「確かに、そう、だよな」
彼の気持ちを優先すれば、佐奈を傷つけることになる。いや、佐奈は記憶を失っているから、それを苦痛に感じることはなかったはずだ。
しかし、富士山蓮はどちらの選択をするにしても、傷ついてしまうことになる。
そんな彼のことを思うと、なにか切ない思いにかられる。
「ひとつ、ぼくのわがままを聞いてもらってもいいだろうか」
「なんだ?」
俺がそう尋ねると、
「……当時、ぼくができなかった告白を、聞いてくれないかい?」
彼女はそういった。一抹の罪悪感を孕みながらも、決心のすえ口から出てきたその言葉は、鬼気迫るものだった。
俺は短く返事をする。
そして、長年の思いが、ようやく放たれた。
「実はわたし、きみのことが好きなんだ。きみが今の関係を壊すことを恐れているっていうのはわかっている。でも、わたしは君のことが好きなんだ。どうか、付き合ってはくれないだろうか……いまだけでもいいから」
もし、あのときの俺がこの言葉を受けていたら、どう思っただろうか。
やはり、恐怖心から、逃げに走ったのだろうか。
「俺は……怖かったんだよ。前に進むことでなにかを失ってしまうことが。でも結局、そのまま立ち止まっていても、失うものはあるんだ。なら、前に進んだ方がいいんだと思う」
俺はそういって、彼女の瞳を見やる。その透明さに思わず視線をそらしそうになってしまったが、なんとかこらえることができた。
「……それで?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして、ほんの数時間にも満たない交際が始まることになった。佐奈にはあとできっちり説明をしないといけないな。
そんなことを思いつつ、そのまま二人でしばらく海を眺める。
彼女がいっていた通り、冬の海というのはどことなく感傷的な気持ちにさせてくれる。
「時間だね」
彼女は時計をみやるとそういった。
「……ああ」
俺は短く返事を返すと、
「楽しい時間をありがとう。明日からは、またいつもの富士山蓮として、仲良くしてくれるかい」
そう不安そうにほほえんだ。
「もちろんだ」
「絶対だよ? きみは、ぼくに同情したり、ぼくに好意を抱いてはいけないんだ」
「……わかってる」
「うん。それじゃあ、戻ることにしようか。っと、その前に、着替えないといけないね。ちょっと待っていてもらえるかい」
「ああ」
少し離れたところで電話をかけると、白の高級国産車が現れ、その中からメイドが何人か出た。彼女らはワンタッチテントを手早く開き、その中に衣服を運んでいく。三分ぐらいすると、いつもの彼が現れた。
「悪いね。時間をとらせて」
「いや、それにしても……」
「なんだい?」
「こうやってみると、かわいい顔してるんだなと思って」
俺がそういうと彼は「な、な、な、なななな」といいながら俺を突き飛ばす。
「おうふ」
「……はあ、きみは馬鹿なのか。ぼくに惚れるなといったばかりじゃないか」
「そんな意味でいったわけじゃないよ」
俺がそういうと、またもため息をつく。
「まあいい。戻ろう」
「お、おう」
そうして、俺の修学旅行は終わった。
これからは、いつも通りの生活に戻るんだ。でも、本当にそれでいいのだろうか。




