第八話
夜会の翌日、私は寝不足で頭がぼんやりとしたまま財務室へと向かった。
昨夜、カルロスが他国の豪商に小さなノルゼスタイトの原石を見せていたこと。
そして、キースが教えてくれた「東街道で申請しているはずのグラナート商会が、ノルゼスト経由で輸送している」という不自然な動き。
その二つが頭から離れず、ずっと考えていた。
天候などの影響で貨物がルートを変更すること自体はそう珍しくない。前回の通行でも「東街道の通行止めによりルート変更」として処理をしていたようだ。しかし、東街道は往来が多い主要な道なので、何日も通行止めになっていれば報告が上がるし、数時間の話であれば待っていた方が山道を通るより早いはずだ。
わざわざあの寒い山を大荷物で通る理由は何なのか。ノルゼストを通らなければいけない理由があるのではないか。
もし、事前にもらっていた輸出貨物リストと、通関書類に違いがあったら?
そんな疑問がふと頭に浮かんで、確認したくなってしまったのだ。
「おはようございます、オリバーさん」
「おはよう、アストリッド。何か問題でもあった?」
「前回のグラナート商会の通関書類を見せていただけませんか? 事前に提出してもらっていた輸出貨物リストと付け合わせてみたいなと」
「……ちょっと待ってて」
オリバーさんが渡してくれたのは、前回の通関書類だった。北の関所を通った時の実貫重量が書き添えられている。
「……これ、事前にもらってる輸出貨物リストよりどの馬車も十キロずつ重くなってますね……?」
「ああ。馬車一台につき織物二十反で三百キロの申請に対し、実測値は三百十キロ。それが三台で、合計三十キロの超過だ。備考欄には『道中の湿度による増加』と書かれているが、そんなに増えるものかな? 申告する品目や重量によって、納める税額も変わる。だから、重量の差が単なる誤差なのか、別の理由があるのかは確認しておきたいね」
「例えば、記載していない荷物を積んでるとか、書けない荷物があるとか……」
「と言うと? 何か心当たりがあるの?」
「……昨日、メルバンス公爵家の夜会に行ったんです。そこにカルロスがいて……オルデン公国の方に“小さなノルゼスタイトの原石を継続的に供給できる”と話していたんです。それが気になって……父にはグラナート商会と取引しているかの確認の手紙を送りました。まだ昨日の今日で返事はありませんが……」
「なるほど。ノルゼスト卿が売っていなければ、原石が盗まれている可能性があると」
「端的に言えば、そうです。小さな原石なら反物の隙間に差し込めますし、検問で反物を広げなければわからない……それに、元々、グラナート商会は東街道を通って北東の関所から隣国へ行くルートを申請していました。少し遠回りですがほとんど平坦な道ですし、ノルゼストのように寒くもなく、山を越える必要もないです。人の往来だけならまだしも、積荷があるなら、普通はノルゼストの山越えは選ばないと思います」
「申請していたルートと違う……? ますます怪しいね。そうしたら、次に関所を通るタイミングで積荷をひとつひとつ検閲にかけるよう手配しよう。できるよね? キース」
背後を振り返ると、深緑色の団服を着たキースが立っていた。
「びっくりした……いつの間に……」
「管理室へ行ったら、居なかったので」
「アストリッドの行動をよく理解しているね」
キースに自分の行動が読まれているなんて、なんだか恥ずかしい。
「検問の前に、不正な採掘について確認しなくては。私はこれからノルゼストへ向かいます」
「それなら、私も」
「いいえ、貴方は国境管理室に残ってください。不在にしていると怪しまれる可能性があります」
確かによく国境管理室の隣の外交室に出入りしているから、私が数日不在していたら、何か勘づいたかと疑われてしまう可能性はあるかも。
「わかった。次の輸出の申請が来たらすぐに連絡する」
数日後、グラナート商会から新たな輸出申請書が提出された。
急いで書類の写しを作り、事前に打ち合わせていた通り、国境管理室の現地駐在部隊と、協力要請を受けた国守騎士団へ緊急伝達を送った。
室長へ事態の経緯と書類の矛盾を報告すると、正式に現地での確認と調査のための出張が認められ、私は故郷のノルゼストへ向かうこととなった。
輸出申請書には、出発地から到着地までの日程やルートを記載する。それに対して通行許可証を王宮で発行することで、途中で通る関所や街での検問があった際に通過することができる。ただし、天候や事故などでルートを変更することもままあり、その理由が認められれば予定とは違う場所でも通過できる。
今回のルートは、申請書が提出された五日後に王都を出発し、東街道を道なりに行くと、三日ほどで北東の関所に着き、エストヴァルドを抜けてオルデンへ入国することになっていた。
しかし、今回も申請したルートを大きく外れて、北の関所へ向かうはずだ。私は、王都でグラナート商会の荷馬車が出立したのを確認してから、ノルゼストへ向かった。
王都を出た荷馬車はクラウゼル領で一泊し、翌日、北の関所へ向かった。
雪のちらつくノルゼストの山道。北の関所に到着すると、すでにキース率いる騎士団が関所を封鎖し、厳重な検問を行っている最中だった。
ウール地の反物を、木製の芯材から解くように広げていく。貴族の衣装向けなのだろう、肌触りの良さそうな生地は二十メートルほどあった。
「何もない……?」
てっきり布の間に挟んでいるものだと思っていたのに、何も出ないまま反物が芯材から離れる。
キースは手に持った芯材を繁々と見つめてから、手袋を外して、芯材の端を触った。
「継ぎ目があります」
「え? 木棒じゃないの?」
部下が持ってきた工具を継ぎ目に差し込むと、蓋のようになっている部品が取れた。
中には黒い布が詰められており、それを慎重に引き出すと、さらに布の中から無数の石が転がり落ちてきた。七色の光を微かに秘めた小さなノルゼスタイトの原石たちだ。量ってみると、芯材一本につき、五百グラムほど。今回、荷馬車三台に乗せられた布地は計六十反。六十反すべてに仕込まれていれば、合計は三十キログラムになる。
騎士たちが他の反物も検閲すると、すべての芯材から同様に原石が発見された。前回の通関記録にあった“原因不明の三十キロの重量超過”とまったく同じだった。
「これは?」
鋭い目つきで睨みながら淡々と質問するキースに、御者は「ひっ!」と悲鳴を上げた。
「し、知りません! 私は、積み終わった状態で乗ったもので……」
「では、この積載貨物についてわかる方へ連絡をお願いします。内容の確認が取れるまで、関所の通過は許可できません」
「そんな……先方への納品期日もあるんですよ! 遅れて揉めたら国際問題に……」
「これは脱税や密輸に関わる可能性があります。貴方が事情を知らなかったかどうかも含め、確認が必要です。調査が終わるまで、こちらでお話を伺います」
「密輸!? 私は本当に、荷物を運ぶように言われただけで!」
青ざめて叫ぶ御者は、関所の留置部屋に連行された。あとはグラナート商会へ問い合わせて積荷に詳しい者が来るのを待った。
それから半日も経たないうちに、北の関所は騒がしくなった。荷物を足止めされたことへ文句を言いに来たカルロスが、衛兵へ怒号を飛ばす声が聞こえる。
「貴方がこの積荷の責任者ですか?」
「キース・クラウゼル! どういうつもりだ!」
「どういうも何も、申請内容とは違う積荷があったので通行の許可を出せないだけですが」
「そんなもの、ただの記載漏れだろう!」
「記載漏れ?」
キースは、詰め寄るカルロスに冷ややかな視線を向けて、ため息をつく。
「芯材の中に蓋をして入れられていましたが、意図的ではないと?」
キースの問いに、カルロスはせせら笑うように肩をすくめた。
「言いがかりも甚だしいな。これはオルデン公国の買い手から、型崩れを防ぐための特注の芯材規格として指定されたものだ。我が商会は指定通りの芯材を用意し、毛織物を巻き直して運んだに過ぎない。まさか、ただの梱包資材の中身までいちいち破壊して点検しろとでも言うのか? 責任を問うなら我が商会ではなく、不審な資材を指定してきた買い手に言うべきだろう」
あくまで「中身を知らなかった被害者」を装い、知らん顔を決め込むつもりのようだ。だが、キースは一切動じることなく、冷ややかな視線を向けた。
「なるほど、貴方たちではないと。念のため聞きますが、これが何なのか、この国の商人ならばわかりますね?」
キースが、黒い布包みを開いて見せる。小さなノルゼスタイトの原石が、無数の光を反射して輝いていた。
「私はこの数日、ノルゼスト男爵に協力していただき、採掘道の調査を進めてきました」
カルロスは押し黙り、一瞬、眉をひそめてから目を細める。
「もし本当に、買い手に指定された芯材を使って王都で梱包し、そのまま運んだのだとしたら……なぜ荷馬車は東街道を外し、この関所の手前にある山小屋へ立ち寄ったのですか?」
「事故や道の状態によってルートを変更することなどよくあることだろう。そして、山道を通ったことで荷崩れが起きていないか点検したなら説明がつくはずだ」
「点検、ですか。……ですが、彼らが立ち去った直後の廃小屋を騎士団が検分したところ、床には微細な木屑、そして——ノルゼスタイトの小さな破片が残されておりました。その山小屋は、今は封鎖された旧採掘道を利用していた頃に作られたもの。旧採掘場を調査したところ、最近、踏み入った形跡がありました」
「……だから、なんだと言うんだ! 俺たちがやったという証拠でもあったのか!?」
「これだけでは貴方たちが密輸を企てた証拠としては足りないでしょう。……ですから、旧採掘道にいた三人を留置部屋へ招き、伺いましたよ」
「は……?」
「勿論、貴方の指示だと言っていました、カルロス・グラナート卿」
「……そいつらが嘘を吐いているだけだろう!? 私が指示した証拠がどこにある!?」
「ええ。証言だけで貴方の指示だと断定するつもりはありません」
段々と声が大きくなるカルロスに対し、キースは少しも動じることなく答えた。
「では、ノルゼスト男爵からの証言についても聞いていただきましょう。男爵家は、グラナート商会にノルゼスタイトの採掘許可を出していない。鉱石を売却した事実もないそうです」
「そんなもの、男爵家が隠しているだけかもしれないだろう!」
「では、貴方はノルゼスタイトをどこから仕入れたのですか?」
「買い手が用意したと言ったはずだ!」
「ええ。そのようにおっしゃいましたね」
キースは淡々と頷いた。
「アストリッド、昨夜の夜会で、カルロス卿がオルデン公国の商人に何を話していたか、覚えていますね?」
「えぇ。小さなノルゼスタイトの原石を見せて、『継続的に供給できる』って話してた」
「……!」
思わず息を呑んだカルロスに、キースは畳みかける。
「買い手が用意した資材を運んだだけだという貴方が、なぜ原石の継続的な供給を約束できるのですか?」
「そ、それは……」
「勿論、原石を所持していたことだけで、違法に採掘したと決まるわけではありません。ですが、男爵家は採掘許可を出した覚えも、商会へ売却した記録もない。さらに、封鎖された旧採掘道には最近人が立ち入った形跡があり、そこで作業していた者たちは貴方の指示を受けたと証言している」
キースは、机の上に通関書類を置いた。そこには、事前に提出されていた貨物リストの数量と概算の重量が記載されており、その横には関所で測った実貫重量が記入されている。
「そして、関所で計測した貨物の重量は、事前の申告より合計三十キロ重かった。反物の芯材に隠されていたノルゼスタイトの原石は、合計で約三十キロ。つまり、この重量差は、申告されていなかった原石によるものと考えられます」
「……」
「領内で無許可に採掘された鉱石を国外へ持ち出そうとしたこと。そして、貨物の一部を申告せず、税を免れようとしたこと。これらについて、貴方には説明していただく必要があります」
カルロスの顔から、先ほどまでの余裕が消えていた。
「まだ、私がやったという証拠にはならない……!」
「その判断を下すのは、私ではありません。貴方の説明も含め、資料をすべて提出し、裁判で明らかにしていただきましょう」
キースはカルロスから視線を外さず、部下に告げた。
「カルロス・グラナート殿に、ご同行願え」
「なっ……! 俺を誰だと思っている!」
カルロスが声を荒らげる。
「貴方の立場は存じています。ですが、調査に例外はありません」
キースが静かに、けれど断固とした声で宣告すると、待機していた騎士たちが一斉に踏み出し、カルロスの両脇を固めた。忌々しそうに歯噛みをしたが、抵抗する術もなく、騎士団の馬車へと乗せられていった。




