第六話
「メルバンス公爵家から招待状が届きました。ご令嬢の婚約を発表するそうです」
「例のお婿さん探しの? 決まったんだね」
キースが調査書を提出してからひと月が経ち、私たちの噂話もようやく落ち着いてきた頃。
「そのようです。私と共に出席してくださいますね? アスティ」
「婚約者役が居ないと不自然だよね……わかった。でも、どうしよう……」
「何か問題が?」
「ドレスは一応持ってきてるけど、一人じゃ着られなくて」
何せ出稼ぎ同然で王宮の宿舎で暮らす私は、故郷から侍女を連れてきているわけもなく、身の回りのことは自分でしている。普段は困らないが、社交界に行くとなると、ドレスを一人で着るのは難しいし、髪型だって手の込んだものはできない。
「それでしたら、兄上に頼んでみましょう」
「クロード様に……?」
「私の婚約者として出席するのですから、しっかり準備をしてもらった方がいいでしょう。下手に探すより、腕が確かなものへ任せる方が安心です」
「それはそうだけど……」
確かにそうかもしれないけど……一応、これは偽装の婚約なのだから、そこにお兄様――もといキースの実家を巻き込むのは、なんだか気が引ける。でも、他にツテはないし……。
「じゃあ、お願いしようかな」
「任せてください」
淡々と、仕事の話でもしているかのようなキースだけど、その頬はわずかに緩んでいる。
これも偽物の婚約者の役割か、と分不相応な対応には目を瞑ることにした。
確かに、クラウゼル家の方が来てくれると聞いていた。
夜会当日、私の狭い宿舎には二人の女性と大きな荷物を持った一人の男性が来た。
「初めまして、アストリッド様。当主様とキース様より、今夜のお召し物の整えを仰せつかりました。わたくしは、クラウゼル家の侍女マチルダ、こちらはクレアと申します」
「よ、よろしくお願いします……」
三人の完璧に揃った礼に圧倒される。
てっきり、手慣れた方が一人来てくれるだけかと思っていたのに。
狭い部屋の中に大きなトランクが運び込まれると、男性は退出した。
「さぁ、夜会まで時間がありませんから、早速お化粧から失礼いたしますね」
ベテランといった雰囲気のマチルダさんが化粧を始めている間に、私と歳もそう変わらなさそうなクレアさんはトランクを広げて中身を取り出していく。
古ぼけたこの部屋の照明でさえも輝いて見える銀細工の髪飾りや耳飾り、その下からは夜を思わせるようなミッドナイトブルーのドレス、そしてドレスに合わせた靴が次々と部屋の中に並べられていく。
「ドレスは持っていると伝えていたかと思いますが……」
「伺っておりますが、キース様よりこちらをお召しいただくように仰せつかっております。本日はキース様もお揃いの礼装をお召しになるかと」
「お揃い!?」
「ご婚約予定とのことですので、お二人で礼装を揃えられることは、珍しいことではございませんよ」
「そ、そうですね……」
そうだけど。そうだけど、違うんですよ。
私とキースは婚約するする詐欺みたいなもので、最終的には婚約破棄になるから、最低限の婚約者の条件をクリアすればいいだけで、こんなに「私たちは婚約者です!」と大袈裟に主張する必要はないし、私にお金をかける必要もない。
なのに、キースは本家まで巻き込んでしまって大丈夫なのだろうか。
思わず出そうになった溜息を飲み込む。
手際よく髪をまとめてもらっている間に、ベルベットのトレーの上に揃えられたアクセサリーを目の前に置かれて、あることに気づく。
繊細な透かし彫りがされた氷の結晶のような銀細工にダイヤモンドが散りばめられた髪飾りとイヤリング。
デコルテは普通に開いたデザインのドレスなのに、ネックレスがない?
というよりも、大地の涙に合わせて選んでる?
まぁ、そうだよね。キースの隣に立つなら、あれを着けるべきだ。
はぁ、と結局溜息を吐いてから、私は覚悟を決めた。
こうなったら、完璧に婚約者役を演じてみせる!
そう意気込んでいる間に、髪は綺麗に結い終わっていた。
次はドレス。二人に手伝ってもらって、見るからに質の良さそうな深紺色のドレスに袖を通す。
身幅は背中の編み上げで調整できるとはいえ、驚くほど体にピッタリだった。私のために誂えたのかと思うくらい。スカート丈もヒールを履いて綺麗に見える高さだ。
なんだったら、用意されたヒールも問題なく歩けそうで、もう驚きを通り越して、ちょっと怖かった。
借りてるこの小指の指輪もそうだけど、こんなに私のサイズに合うことある?
目視で体のサイズがわかる能力とか持ってるのかな? そうしたら、ちょっとでも太ったらバレてしまうのでは……怖すぎる。
コンコン、と叩かれた扉にクレアさんが向かうと、そこには先ほどトランクを運んでいた男性が見えた。
「キース様がご到着されたとのことです。アストリッド様、参りましょう」
「は、はい……!」
荷物を全て片付けて部屋に鍵をかけると、マチルダさんに続いて玄関に向かう。慣れないパンプスに気を取られながら外へ出ると、夕闇の中にクラウゼル家の馬車が正面に停まっていた。
その馬車の脇に、深紺の礼服に身を包んだキースが立っている。
普段の制服姿とはまた違う、洗練された装いと、夕空に映える端正な横顔に一瞬息をのんだ。
「お待たせしました」
声をかけると、キースは振り向いて、動きを止めた。こちらを見ながら固まってしまったキースに、「キース?」と手を振ると、ハッとして口を開いた。
「すみません、想像以上に似合っていたもので……」
「ありがとう。キースも似合ってるよ。かっこいい」
「…………貴方こそ……その、……大変、美しく……」
口元を白い手袋をした大きな手で隠す。珍しく口籠るキースは、わずかに頬を紅潮させて照れているらしい。
珍しい姿に思わず笑うと、キースは咳払いをして馬車へ乗り込むためにエスコートしてくれた。




