第4話 兎の強襲
「お姉様がペンダントの在り処を教えてくださらないなら、あなたの妹から聞き出すまでよ……さよならソフィア……ハッハッハッ」
ヘカテー・クトニアの狂気に満ちた笑い声がVIPルームに響き渡り、セプターブレードが、処刑の杖となり紫の放電を始めた、まさにその時だった。
――カチャ
重厚な黄金の扉が、何の警戒音も鳴らさずに滑らかに開いた。
死の香りが充満する部屋の空気を切り裂くように、軽やかな車輪の音が響く。姿を現したのは、この血生臭い空間にはあまりにも不釣り合いな、豪奢なVIPサービスのカートだった。
そしてカートを押していたのは、艶やかな黒いエナメルのバニーガール衣装に身を包んだ、プラチナブロンドの長い髪を三つ編みにした女性だった。
「失礼いたしまーす♡ ご注文頂いた シャンパンのお届けでーす」
極度の緊張感を意に介さない、明るく愛らしい声。
あまりの場違いな登場に、ヘカテーは一瞬だけ不意を突かれ、杖の矛先を下ろした。
ソフィアも、その見覚えのある横顔に唖然とした表情をする。
「あれれっ……『お楽しみ』の真っ最中でしたー?」
「シャンパンなど、頼んでないぞ!」
ヘカテーの苛立ちを含んだ怒声に、バニー姿の女性――カレンは、ウインクをして悪戯っぽく微笑んだ。その瞳の奥には、愛らしい笑顔とは裏腹の、氷のような殺意が静かに燃えている。
「ああ! おバカな私! お届け物は、シャンパンじゃなくって……わたしでしたー♡」
床に縛り付けられたソフィアは、目を見張った。退廃したクラブの最上階に最も自然に、かつ一切の警戒をされずに潜入するため、ソフィアの妹、エルディア王国の女王カレンは、自らこの姿をカモフラージュに選んだのだ。
「これでも、楽しんでて!」
カレンは声を張り上げると同時に、シャンパンボトルをヘカテーの足元に投げ放つ。
シャンパンボトルは割れると同時に眩い閃光が周囲を真っ白に輝かせた。
すかさずカレンは、カートの隠しパネルに指を滑らせる。
次の瞬間、シャンパンやグラスが乗っていた豪奢なカートが、高周波の駆動音と共に眩い金の光を放ち始めた。
それは単なる機械的な変形構造などではない。リュミエール王国のマックス博士が、長年の古代文明のオーバーテクノロジー研究の末に辿り着いた『物質の分子再構築』の技術だった。
カートの黄金のフレームが空中で微細な光の粒子へと分解され、青白いプラズマの磁場の中で瞬時に再結合を果たしていく。幾何学的な光のワイヤーフレームから実体化して現れたのは、現代の銃火器などまるで玩具に思えるほど洗練された、二丁の未来型ブラスターだった。
右手に握られたのは、強大な破壊力と制圧力を誇る、重厚なアサルトライフル型のマシンガン。そして左手には、取り回しと圧倒的な連射性能に特化したハンドガンタイプの小型マシンガン。
カレンは迷いなくそのグリップを握りしめると、ヒールで大理石の床を強く蹴り上げ、宙へと跳躍した。
「ソフィア!伏せてて!」
艶やかなエナメルの衣装とプラチナブロンドの三つ編みが、空中で美しい弧を描く。まるで優雅なワルツでも舞うかのような軽やかなステップとは裏腹に、彼女の両手からは一切の容赦がない死の弾雨が放たれた。
右手のアサルトライフルから極大の紫色のプラズマ弾が咆哮を上げて空間をえぐり、左手の小型マシンガンが死角を埋めるように無数の光弾をばら撒く。
「小癪な真似を……!」
ヘカテーは咄嗟に巨大な杖を真上へと掲げた。虚空に光の軌跡が走り、幾何学模様が複雑に絡み合う、堅牢な黄金の魔法陣が多重の盾となって展開される。
直後、プラズマの弾雨が魔法陣に激突した。凄まじい衝撃波と閃光がVIPルームを真っ白に染め上げる。魔力と科学のエネルギーが反発し合い、飛び散る火花が高級なベルベットのソファを焼き焦がし、シャンデリアのクリスタルが雨のように降り注いだ。
「ふふっ、無駄よ! この程度の物理攻撃で、私の絶対的な魔力障壁を破れるとでも……!」
防弾ガラスさえ容易く消し飛ばすプラズマの直撃を受けながらも、ヘカテーの魔法陣はひび一つ入らない。彼女は勝ち誇ったように唇を歪めた。
だが、空中を舞いながら着地を決めたカレンの瞳は、獲物を狙う鷹のように冷徹だった。彼女の視線は、強固な盾そのものではなく、その背後で魔力を供給し続ける源へと向けられていた。
黄金の魔法陣の縁から、ヘカテーが握る杖、セプターブレードの先端――紫の結晶石が、ほんのわずかに顔を覗かせている。カレンは、その僅かな隙を見逃さなかった。
無言のまま姿勢を低く沈み込ませると、カレンはアサルトライフルの照準をその一点のみに絞る。限界までエネルギーを圧縮した一撃が、一条の鋭い閃光となって放たれた。
弾丸は魔法陣の壁面を掠めるようにすり抜け、正確に杖の先端へと突き刺さる。
――ピキッ……!
強烈なプラズマの直撃を受けた紫の宝石に、深く鋭い亀裂が走った。完全な破壊にこそ至らなかったものの、結晶の奥底から制御を失った魔力が紫の稲妻となって漏れ出す。
「なっ……!?」
驚愕に見開かれたヘカテーの目の前で、供給源の安定を絶たれた黄金の魔法陣が激しく明滅し、まるで脆いガラス細工のように甲高い音を立てて粉々に崩壊した。
防御を失い、完全に無防備となったヘカテーの顔面を、障壁を突破したプラズマの余波が容赦なく捉えた。
――パキッ……。
乾いた音と共に、彼女の美しい陶器のような人工皮膚にひびが入る。
剥がれ落ちた頬の皮膚の下から覗いたのは、温かな血肉などではなかった。冷たく無機質な銀色の金属骨格と、不気味に明滅する紫の人工眼球が、カレンとソフィアをギロリと睨みつけていた。




