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流れ変わってきたな


「ごっちゃあああああん‼︎」

「きゃああああって、なんだ姫華か」

お城の迷宮のような庭園の一角で、髪に枝葉を散らした姫華が飛び出してきた。かわいそうに、ごっちゃんは退屈をしていたらしい。足元の空き瓶には、数本のタバコが沈んでいた。

「ねえ無理まじで顔面メロいんだけど何あれ、平気で女殴りそうな顔してる」

「いいじゃん姫華ああいうヒモ顔好きだろ〜」

「眉ピして刺青入っててマニュアル車プロいんなら役満なんですけど」

「お前ってほんと地雷男好きだよね」

「でもダメだありゃ温室育ちの飼われた猫って感じだわ」

「急に盗賊みたいなこと言うね⁉︎」

ごっちゃんは胸ぐらを掴み揺さぶる姫華の手を丁寧に外すと、袖をまくり。ガ◉ミラノの腕時計を晒す。独特な文字盤は、当時有名スポーツ選手がつけていたことで話題になった時計である。

姫華は文字盤を覗き込むと、男の時計の趣味だけは一生わからんと呟いた。

「てかいいの? ロマンス突っ込む時間もうねえよ。まもなくてっぺんでーす」

「てっぺん超えてからがうちらの出番だろ」

「お前ほんとギャルの鏡だよ」

ごっちゃんなりの賛辞は拳と共にだ。姫華も拳を突き合わせることでソウルメイトであることを確認する。野生動物の友愛の証のようなそれは、もはや二人の生きた時代の中では自然なことであった。

しかしこんなに悠長なことはしていられない。何せ姫華が今目の前にしているのは、世界の強制力を自称するゴッちゃんなのだから。

そんなこともすっかりと忘れていたらしい。姫華は袖口から大きなメガホンを取り出したゴッちゃんを不思議そうに見上げると、は? と言う顔をした。

「あーーここにどこぞのお姫様がおられるぞおおおお‼︎」

「あ⁉︎」

「宗教上の理由でダンスを断ったあの女の子だあああああい‼︎」

「てめっ、ピンポイントアナウンスやめろやあああ裏切り者おおおお‼︎」

これぞ華麗なる手のひら返しである。姫華は慌ててごっちゃんの手首をねじり上げるように時計を見ると、てっぺんまで残り五分を切っていた。となれば、シンデレラのストーリーをなぞるように、王子の目の前でガラスの靴を落とさなければいけないのだろう。

盛大な舌打ちを置き土産に、姫華は来た時のように勢いよく駆け出すと、迷路のような庭園を勢いよく駆け抜けた。目指すはエントランス、あの赤い絨毯が敷かれた外へとつながる階段だ。

集まってくる衛兵たちに気がつくと、その向こうに王子の姿を認めた。姫華は片手を振るように王子へと存在を知らせる。

「きみは!」

「ああああお邪魔しましたあああ‼︎」

「ま、待ってくれ、君の名前だけでも!」

「名乗るならお前が先だろおおお!」

出口が見えるなり、姫華は王子へとそう叫んだ。何も間違えたことは言っていない。何せ姫華はシンデレラに出てくるモブキャラの名前を、一つも知らないのだから。

駆け降りた階段の中腹で追いつかれそうになって、姫華は脱いだ片方のガラスの靴を、勢いよく王子へと投げつけた。本来ならば不敬行為、当然捕まって罰せられること待ったなしである。しかし、意外にも王子は目を輝かせて見事受け取っていた。前世は犬なのかもしれない。

階段の終わりでは、ごっちゃんがガ◉ミラノの時計を掲げて姫華を待っていた。あのギラついたかぼちゃの馬車の魔法は、すでに溶け始めている。

「早よ帰るぞ!」

「憤怒っっ」

「何その掛け声⁉︎」

姫華はごっちゃんを取り残し、華麗に元ロボロフスキーのサラブレットへとまたがった。残るは一分を切っている。馬車とゴッちゃんを切り捨てたこのサラブレットが、城からどこまで距離を離してくれるかが勝負だった。

「飛ばせ!」

やる気を見せた馬が嘶いて、姫華はさながら戦乙女が如く見事な手綱捌きで走り出した。

目指すは一路、実家である。背後ではごっちゃんが裏切り者と叫んでいた。見上げた月は大きくまんまるで、姫華は馬で風をきる気持ちの良さに目を細めたのであった。


おいおい勘弁してくれよ。姫華の内心は、まさにそれであった。

世界の強制力を自称するごっちゃんだが、やはり社畜なだけあり融通は聞かなかったらしい。

姫華が見事な手綱捌きで操っていた馬は、ちょうど百メートルほど走ったところで変身が解けた。遠くに響き渡るのは、城からの0時を告げる鐘。姫華は申し訳なさそうにスカートの裾から出てきたロボロフスキーを拾い上げると、「なんでだよお!」と雄々しく叫んだ。

見窄らしい格好に戻ってしまったのだ。姫華としてはこちらの方が気が楽なのだが、問題は継母たちよりも早く家に着くかどうかである。

仕方ない。姫華はため息をひとつはくと、ロボロフスキーをエプロンのポケットに仕舞い込み、一人屋敷を目指して歩くことにした。

今思えば、段取りが悪かった気がする。それに、結局姫華はシンデレラをしっかり演じるように、ガラスの靴をぶん投げてきてしまった。

はああ、深いため息は、暗い夜の空気に溶ける。

ここがネオン街なら、こんなに足元の暗さに不安を覚えることもないのに。姫華は時折あたりを警戒するように背後を振り返り歩いていたが、そのうちガロガロという馬車の車輪の音が聞こえてきた。

「ごっちゃん……じゃねえな。だってあいつ馬車ねえし」

そもそも置き去りにしてきたから、シンプルに会うのが気まずい姫華である。

「あ、なに。まじ見覚えしかないんですけど」

暗闇から姿を現した馬車はというと、継母の馬車であった。姫華は即座にまずいと思った。何せ、家で留守番をおおせつかった姫華が、なぜここにいるのかという話になる。

姫華は大慌てでスカートの裾を摘むと、一気に走り出した。しかし、靴は片方脱げているし、何よりも悪路である。

姫華はいつも以上の速さを出すことが叶わず、近づく馬車の車輪の音に、いよいよ覚悟を決めるほかはなかった。

姫華の横に、馬車が止まる。そして扉が開くと、継母が感情の読めない顔で姫華を見下ろした。

「……乗りな」

「は? マ?」

やるやんけ……好き……。

姫華は口には出さなかったが、継母の株を大きく上げていた。


馬車に乗り込む姫華の、片方しか見当たらない靴を前に継母は顔を顰めたが、どうやら追求するつもりはないのだろう。気まずそうに、向かいに座った姫華から顔を逸らす。

狭い馬車の中で、膝を突き合わせて向き合うだなんて。こんなシーンは、シンデレラにはなかったはずだ。

「ママぴ、何気にいいやつよな」

「ばっ……そ、そんなんじゃないわよ‼︎ あ、あんたのためとかじゃないんだからね⁉︎」

「ウケる。シンプル声でか」

ともあれ、助かったことも事実である。姫華はしばらく真っ直ぐに継母へと視線を送り続けていたが、頑なに顔を背け続けられていた。というよりも、継母が姫華に対して警戒をしているようにしか見えなかったのだが、そこら辺の空気を読まないのが姫華であった。 

「ねえママぴなんで乗せてくれたの」

「……」

「え、てか今一人? シスターズはどこいったんよ」

「む、娘たちはまだ城よ。帰りは送りの馬車を出してくれるそうよ」

「ふーん。てかママぴどうだったんよ。あーしのいった通りだったくね?」

「そ、そうね。そこら辺は感謝するわ。シンプルにね」

「口調うつってきたじゃん〜うけぴ〜‼︎」

なんだか、いい雰囲気だ。姫華は内心で安堵した。正直、継母のことは嫌いではないが、この体は昔から刷り込まれた記憶に正直で困る。シンデレラはずっと虐げられてきた。そのせいで姫華も、そのトラウマに引きずられるように、継母への対応に困ることが多かった。

けれど、話してみれば意外といいやつ。という評価が、どれだけ劇的な友情へと発展していくかを、姫華は実によく理解していた。

「ねえママぴさ、ぶっちゃけ姫華のこと嫌いじゃないでしょ」

「はあ⁉︎ 何よいきなり藪から棒に!」

「だってさあ、嫌いなら普通に見捨てるべ? つか姫華ならガン無視するし、こんなふうに拾って帰らんし。そこんとこね」

「そ、育て親としての義務よ! 貴族社会はね、醜聞が命取りになるのよ⁉︎」

「え、なにしんぶん? 姫華読まんし興味ないけど、一応覚えとくね」

「ううううううう‼︎」

姫華の呑気さを前に、継母は苦しんでいるようだった。

しかし貴族社会、という言葉に糸口はありそうだなと目を光らせる。姫華は立ち上がると、どかりと勢いよく継母の隣へと腰掛ける。

「なあ、話聞こか?」

「何を⁉︎」

「えー、だからさ、なんだっけ。かくしつ? 的なさ。あるじゃんうちらの間にさ、壁がさ」

「か、壁っていうより、あ、扱いに困るのよ。迷惑してんの」

「同じ屋根の下で暮らしてる仲じゃん。仲良くしよ? うちら相性悪くないと思うしさ。シンプルにね」

そういって、姫華は継母の肩を抱き寄せた。継母は突拍子もない姫華の行動に目を丸くしたが、流石に狭い車内で暴れるようなことはなかった。

女の友情の育み方はそれぞれだが、姫華の場合はボディタッチが最初の一手だ。つまり、継母は確実に姫華の術中にハマっているわけである。

「貴族社会はね、だるいのよ。周りの目があるし、私はひとり親だからね。貴族の義務としてあなたを養子に迎え入れたけれど、子供三人を女一人で見るのは骨が折れることなのよ」

「あーね、複雑骨折的なね」

「そう、私の心は常に疲弊していた。そのうち娘たちに貴族の振る舞いを教えようと、マナー教師を頼んだ時も、シンデレラ。あなたに同じ時間を共有しなかった」

「シェアはぴするならもっとテン上げするやつがいいわ。勉強とか普通に無理」

「でも本当は必要なことなのよ。だってあなたは私が引き取ったんですもの」

「えー、じゃあ次から気をつければ良くね。姫華もう育ったし」

「次からなんてもう無理よ。冗談じゃない」

「逆ギレ〜?」

おいおいおい。姫華は指先をぐりぐりと継母の頬に押し付ける。むしろ、頭の片隅にでもシンデレラへの教育が引っかかっていたのなら、捻くれていても基本は善性の人なのだ。

姫華はフフンと笑うと、継母の体にギュッと抱きついた。

「やっぱうちら仲良くなれそ。今決めた、ママぴのバイブスめちゃよきよ」

突き放されるかと思ったが、そんなこともなく。継母のやかましい抗議と、姫華の笑いを乗せて、馬車は賑やかに帰路に着くのであった。


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