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舞踏会でブイブイ


まじでいい加減にしろよ。姫華はそんなことを思った。

名前も知らないクラシックの曲は生演奏。美しい歌が流れているなと顔を上げれば、バルコニーのような場所からダンスホールへと歌を降らせるオペラ歌手。右も左も、色とりどりのドレスを纏った若い女が、沖縄の魚のようにクルクルと自由に泳いでいた。

バイキング形式のビュッフェのごとく、銀の皿に盛られた菓子の山。細長いグラスを優雅に持ち歓談を楽しむものもいれば、壁の花を演じるものもいた。

夢の国で夢の城を前に感動した時よりも浅い感想が、姫華の口から溢れでた。


「シンプルまぶし〜」


絢爛豪華とはおそらくこのことを言うのだろう。実家、この場合シンデレラの住んでいる家の方を指すが、この世界のセレブというのは装飾に妙にこだわるものが多いなとも思う。とりあえず、目が騒がしい。姫華は早々に偏頭痛を覚えながら、壁際に手をつくようにホールの隅へと向かおうとした。その時だった。


「うわっ⁉︎」


突如布を切り裂くような悲鳴が上がった。まるでアイドルの握手会かのような熱気に包まれたホールは、その分反響音も凄まじい。思わず耳を塞いで逃げ出そうとしたが、その望みは叶わなかった。


「静かにしなさい、僕が話す」


よく通る声が、たった一声で空気を変えた。

姫華の耳に、コツコツと足音を響かせる音が届く。それは真っ直ぐに向かってきているようだった。嫌な予感がする。姫華の頭の中で、エマージェンシーコールが爆音で鳴り響いた。


「こんばんは、美しいひと」


嫌味のない、純粋な賛辞になれた声が姫華に向けられていた。嫌な予感は当たっていた、というよりも、十分に予測の範囲内ではあったが、とうとう姫華は見つかってしまったらしい。シンデレラの世界での第二の分岐点、王子に。


「〜〜っ‼︎」


ええいままよの勢いで、姫華は王子へと振り向いた。そこにいたのは冗談みたいに顔面偏差値の高い男であった。姫華とは対照的な銀の髪は、緩く編まれている。濃い藍色の礼服に身を包んだ王子は、黙っていれば冷たくも見える美貌を姫華に向けると、柔和に笑みを浮かべて手を差し出した。


「一曲お相手願えますか」

「メロおおおおおおおお」

「め……?」

「あ、いやすんませんちょ、姫華的にはオクラホマミクサーしか踊れないっていうか」

「おく……きみの母国の特別な踊りかい?」

「それは盆踊りなんだけど、って、違う、えーとえーと」


距離を取るように両手を前に突き出した姫華は、油の切れたロボットのようにぎこちなく後退りをした。このまま、ノリと勢いでどうにか乗り切ることもできる。姫華の持つコミュニケーションスキルなら、不可能を可能にする自信だってあった。しかし、王族の妻になるルートは真っ平御免である。

姫華は思考を巡らせた。それこそ、高校生時代の眉毛検査をどう掻い潜るか。その時ばりにギュルギュルと思考した結果。


「宗教上の理由で踊れません」


ズバリと言ってのけた。脳内に一瞬よぎった、ごっちゃんの怪しさの賜物である。


「そ、そうか。宗教上の理由で踊ることができないのなら引くしかあるまいな。しかし……僕はきみと踊ることができなくても、話はしたい。どうだろう、時間をもらえないだろうか」


ほんの一瞬、あの天井のシャンデリアをキャンプファイヤーに見立てればオクラホマミクサーもわけないだろうと頭によぎった姫華は、王子の話をあまり聞いていなかった。


「へ、なに?」

「聞き返されたのは初めてだ。ふふ、キミは本当に面白い女性だな」

「あ、まじ? なんか楽しそうでよかったでーす」

「楽しませてもらうばかりはフェアではない。どうだろう、少し中庭で散歩へと興じないか」


そう、美しく微笑んだ王子が、姫華へと再び手を差し出した。アイスブルーの瞳が魅力的で、王族なんかでなければ間違いなく飛びついていただろう。しかし、姫華は実に慎重であった。何せ、男運のなさが死因となり、こうして転生しているのだから。


「ああ、いやええっとぉ……」

「さあ、僕がリードしよう。美しい人、お手をどうぞ」

「ちょ、まじでか」

「まじ?」

「まじ卍ってやつです、って、あああああああ‼︎」


姫華はレディを振る舞うことを早々にやめた。なぜなら黄色い悲鳴をあげていた観衆の中に、シンデレラの姉二人も混じっていたからだ。どうせなら、好意はあちらの姉二人へと向けてもらいたい。勢いよく指差した方向へと王子の気が逸れた瞬間、姫華は脱兎の如く逃げ出した。

今は十五センチのヒールを履いているわけでもない。たかだか五、六センチ程度のヒールを操れなくて、どうするというのだ。背後からどよめきが聞こえ、ホールから姿を消す一瞬、姫華は背後をチラリとみた。

そこには数多の女どもの群れに勢いよく埋もれていく、絶望顔の王子の姿があった。伸ばされた手を哀れには思わない。世の中自分の思う通りに行くと思うことこそが、大きな勘違いなのだ。最高にメロつく王子よ、さらば。

姫華は王子の悲鳴を背後に、窓ガラスを全身で突き破る勢いで、藪の中へと姿を消したのであった。




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