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フェアリーゴッドファーザー


「ちょちょちょ、まじ宗教とか無理すぎ、お断りなんで」

「宗教勧誘じゃねーよ。とりま話だけでも聞こ、ね? お茶しようよ」

「は、ナンパかようざ」

「ナンパでもねえんだわ」


ぱちこいてんじゃねーぞ。姫華は、怪しげな紫の布を纏った浮浪者を嘘つき扱いして、語気強く突き放した。


「ちょ、導入だけさして。まじ秒で終わるから」

「はいどうぞ」

「かわいそうなシンデレラ、あなたもお城においき」

「は、フェアリーゴッドマザー的な? 嘘じゃん、歌舞伎町のホストだろてめー」

「ちげーよ、俺はこの世の中のアレ的なやつよ」


フェアリーゴッドマザーを自称する、やたらと顔のいい男は、姫華を前にフフンと笑う。その自信ありげな様子は、さながら一億円プレイヤーという華美な文字を背負うかのようだ。

しかし姫華は、無理心中を図ろうとした元彼を思わせるバイブスに、嫌悪感すら滲ませる。


「バカじゃん、日本語喋れよ」

「喋ってんだよさっきからよお‼︎」


まさにのれんに袖推し、姫華はギャルとして生きてきた経験から、目の前のやたらと顔面偏差値の高い男を信用する気など毛頭なかった。


「それってあれでしょ、僕と契約して魔法少女になれよ的なやつっしょ。何? 魔法使いならそこの箒で空の一つでも飛んでみろよ」


そんな、斜に構えた態度を取って見せる。そもそも空は最初から一つしかないのだが、今の姫華にその指摘は通じない。

フェアリーゴットマザーは、わかりやすくイラついていた。そして先ほどまでのチャラついた、人懐っこいバイブスははなから演技だとでもいうように、背筋も凍る冷たい声で宣った。


「口の聞き方に気をつけろよ小娘」


フェアリーゴッドマザーが、フェアリーゴッドファザーになった瞬間である。

歌舞伎町のホストの風格はあっという間に消え、それよりもタチの悪い何かに変貌した。

結局、長い物には巻かれろ精神でやり過ごしてきた姫華は、この世界の強制力には抗えず、フェアリーゴッドファーザーの魔法の力によってドレスを着せられてしまった。

魔法の力って、パネェー! どこかのNPCが言いそうなセリフが、自然に出た。

今、姫華は、それこそ冗談のようにキラキラと輝く宝石が敷き詰められた薄青のドレスを身に纏っていた。頭には、謎に黒いリボンを巻かれている。いわゆる、男の想像する、浅い“女が好きそうないい感じのドレス”姿そのものだ。

普通に考えて、社交界にリボンいる? 姫華の心境はまさにそれである。己がプロデュースした姉妹の方が、よほど洗練されている。


「逆に激アツすぎて笑うんですけど」

「俺にかかればこのくらいは造作もない」


フェアリーゴッドファーザーは、そう言ってニヒルに笑った。姫華は何となく鼻についたが、この男の魔法で痛い目に遭うんはごめんだと思い返し、曖昧に頷いた。これも処世術の一つだった。

しかし、まいった。姫華は重いため息をひとつ吐き出すと、指先でドレスをつまむ。姫華の知る、シンデレラのストーリーを順調になぞっている。しかし、きっとこの世界に理想とする男がいないことは明白だ。何せ、姫華の好みのタイプときたら、「確定申告がスマートにできる男。および厚生年金の付いている会社で働く、年収350万以上の男」だ。

そりゃあ、この国の王子だろうか年収面はクリアだろう。しかし、王様とお妃様が舅姑とくれば話は別だ。ロイヤルファミリーの一員など、真っ平御免被りたい。


「はあぁ……まじ憂鬱すぎてぴえんだわ」

「はいはいそんなとこぶっ座ってないでさっさと動く。おらネズミとかぼちゃ調達しねえと、進むもんも進まねーよ」

「一個聞きたいんだけど、王族って厚生年金あんの?」

「知らんけど、個人事業主じゃね。あ、俺ホワイト企業勤だから、一応厚生年金あるぜ」

「ゴッちゃんはマブだからアウトオブ眼中だわ」

「いつの間にごっちゃん呼びい⁉︎ ま、まあ構わねえけどさ」


そうして、姫華はフェアリーゴットファザーもとい、ごっちゃんにせかされるようにネズミを探すことにした。確か、シンデレラは小動物に好かれる特性を持っていたはずだ。

転生するハメになった姫華にも、きっと何かスキルのようなものが授けられているに違いない。そう信じて、物置小屋の方に足を運ぶ。そこでたまに小動物の糞を見つけるから、ネズミがいるとしたらここだろう。そう目星をつけたのである。

むやみやたらに探そうとせず、最低限の労力でことをなす。ギャル戦国時代を生きた姫華、現在三〇代。好きな言葉は低燃費、コストパフォーマンスであった。


「ねえいたんだけど」


姫華は、誇らしげにごっちゃんの元へと戻った。美しいドレスの布生地を袋に見立て、その中にキンクマ、ゴールデンハムスター、ロボロフスキーを入れてきた。


「ナンっっっっっで」


ゴッちゃんは、当然のように頭を抱えた。いや、姫華の才能を前に敗北を感じていたのかもしれない。もしくは、今まで長くこの世界の強制力とやらに携わってきて、初めての問題児を前にくたびれてしまったのかもしれない。


「てかこの世界にハムスターいるんだね、普通に」

「そうだこの世界は転生者の知能指数に合わせて作り替えられるいわゆるご都合主義だった」

「何、頭大丈夫そ?」

「本気の心配か馬鹿にしてんのか、わからなくて涙」


しかし姫華はさめざめ落ち込むごっちゃんなんか、いわゆるアウトオブ眼中。ハムスター三匹をごっちゃんの外套のフードに入れ込むと、今度はカボチャを探しに行った。姫華の想像するカボチャとは、一般的なものではない。生前記憶に残っていた、テレビで見た美味しそうなカボチャが反映されている。


「ねえあったよバターナッツカボチャ」

「ねえそれどうやって馬車にするの⁉︎ すげえ早そうな形してるね⁉︎」

「デコればいけるっしょ、金ピカ的な何かで」

「ヤン車でも作ろうとしてる?」

「峠を攻める」

「イニシャルB⁉︎」


こうして、姫華が探し当てたバターナッツカボチャは無事に姫華のイメージする最強のカボチャの馬車へと仕上がった。

車輪は大きな黄金のホイール。ローダウンという、地面スレスレの車高に、窓にはスモークフィルム。内装は薄桃色の毛皮が敷き詰められており、行者席にはやけに甘い香りの五股に分かれた奇怪な葉のストラップ。ド派手なエアロパーツに大音量のマフラーなど。


「馬車にエアロパーツとマフラーいる?」

「こんなもん寿司のバランみてーなもんだしな」

「姫華ちゃんなんでバランなんて言葉知ってんの」

「前にスーパーの惣菜屋でバイトしてた」

「おう……」


それにしても。ゴッちゃんは、改めてかぼちゃの馬車姫華モデルへと目を向けた。まるで、赤いテールランプで軌跡を描き湾岸を爆走する、大きなお友達が好みそうな仕様である。あまりにも車高が低く、馬をトナカイに変えたほうがいいのかと思ったほどだ。見方によればサンタのソリの豪華仕様。しかし、姫華には言わないが、ゴッちゃんは霊柩車に見えたという。

さて、奇怪な馬車に繋がれた元ハムスター製の馬たちは哀れだが、姫華はご機嫌に馬車へと乗り込んだ。向かう場所は城という、憂鬱極まりない場所ではあるが、新しい体験を次から次へと経験する姫華は、没入型テーマパークにでもきた気分であった。


「テン上げなんですけど」

「ねえこれ絶対腰痛めるって、俺もう馬に跨っていい⁉︎」

「安全運転おなしゃーーす」

「人の話聞けや!」


姫華を載せた馬車は、こうしてごっちゃんの主張も虚しく城へと向けて出発した。道中、サスが効いていないのか乗り心地は決していいものではなかったし、謎の芳香を放つ葉のストラップが何度もごっちゃんの顔に当たるなどしたが、それでも元ハムスターだった馬たちは上手に馬を演じ、姫華を城まで送り届けた。


「ばり腰痛いんですけど!」

「ペチペチペチペチうざってえんだよこのストラップうう‼︎ もう引きちぎってやる‼︎ ドリームキャッチャーに変えてやるうううう」

「いや同じでは」


何はともあれ、ようやっとシンデレラのメインどころ。王子との舞踏会のシーンが始まろうとしている。姫華は社交ダンスなんてやったことないし、マナーなんて知りもしないが、いざとなればダンスはオクラホマミクサーで乗り切るつもりであった。

銀色のレースで編まれた繊細な長手袋をはめた手で、金髪巻毛の髪を払う。もうすでに、夜会は始まっているのだろう。見上げるほど大きく縦長で豪華な扉の向こうから、優雅なクラシックミュージックが流れていた。


「無駄にでけえよ相続税やばそ」

「そんなんきにするのお前だけで草。あ、わかってっんだろうけどてっぺん超えたら魔法切れるから」

「ごっちゃんそこら辺にいる?」

「どっかでタバコ吸って待ってるかも」

「ヤニカスがよおおおお」




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