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平成元ギャル、シンデレラに転生する


一生擦り続けても消えない汚れって、あるだろう。シンデレラは、ふとそんなことを思った。

というのも、白い手で握りしめた雑巾を汚水に浸したとき、まさしくその水の冷たさが呼水となって、彼女はとある記憶を取り戻したのだ。

灰谷姫華。まさしく前世の名前である。シンデレラ──── もとい、姫華はチカチカと光が弾ける視界をしばらくそのままにしていたが、ようやく少しばかり感じていた息苦しい心地が穏やかになると、改めて研いでいた床に目を落とし、舌打ちをする。そして摩擦で焼き付いたかのような黒い汚れを隠すように手をついて立ち上がり、随分と華美な装飾に塗れた屋敷の中を見渡した。

市松模様の、それも汚い都会の趣味の悪いクラブのような床に、ホストも真っ青なロマンス主義のエントランス。

黄金の手すりのついたサーキュラー階段は、テレビで見たどこぞの富豪の邸宅のそれだ。姫華は徐に顔を上に上げると、焦茶色の格子天井から吊り下げられた葡萄のふさのようなシャンデリアを前に、耐震基準はどうなっているのだろうかと不安を覚えた。


「とりま状況説明よろしですか」


記憶を取り戻すまではあんなにおとなしそうだった下がり眉は、随分と凛々しく吊り上がっている。姫華は、ほんの数分前のシンデレラだった頃の己など記憶から消すように、頭に巻いていた布巾を雑に外して宣った。

見事な黄金の長い髪が薄い肩を撫でると、白く指の長い手が邪魔そうに背中へと流す。




『私は女神。それも、哀れな魂を新たな世界へと導き、幸せを切り開くための力を授ける的な』


何もない白い部屋で、年の瀬を感じさせる演歌界の大御所にも似た衣装を纏う、やたら顔面偏差値の高い女神はそんなことを言った。

女神は、ここは心象世界なのだと姫華にいった。だから今見ている目の前の女神の姿は姫華の想像を忠実に再現しているし、これから向かう世界も、基本的には姫華の知っている知識量に合わせた世界観になっているよともいった。


『つまり、これからあなたの転生する世界も配慮されている的な。私はあなたが殺されたことを深く悲しみました。女として、クズな男に理不尽に害される魂など、あってはならないと思ったのです的な』

「ギャルの解像度低すぎじゃね」

『とりま、無理心中をしようとした浮気男はあなたを殺した後、怖気付いて逃げました。姫華、あなたは次の世界ではあなたなりの幸せを掴むのです。よろしですか』

「まさき呪い殺すルートとかはねえんだ」

『ねえです、何せ女神ですから。好きぴにしか贔屓したくありません。そこんとこ夜露死苦』

そして、冒頭に戻るわけである。




「微妙に時代が噛み合わねえんだよな」


独言る。しかし、あの珍妙な女神の説明が姫華の知能指数に合わせてあることは変わりなく、ことのほかすんなりと状況を受け入れることができたのも事実であった。あとは、今姫華が何者であるか。目下の問題であるが、それもすぐに解決した。


「シンデレラ! シンデレラ!」


中年女性の声が、エントランスに響き渡った。そして声を聞いた途端に姫華の体の細胞はざわつき、鼻につく女という情報が浮かび上がる。

シンデレラに出てくる継母とは、やはり姫華にとっても面倒くさい立ち位置であることには変わりない。


「ったく、二回呼ばなきゃ死ぬ呪いでもかかってんのか」


悪態をはき、「はーい」と間延びした返事をする。擦り続けても落ちない汚れにかまけているのは時間の無駄だ。

姫華の足は、自然とサーキュラー階段の上へと向かっていた。


「舞踏会の準備を、手伝え?」

「そうよ。娘たちに招待状が届いたの。王子様の結婚相手を決める大切なイベントが行われるの。あなた、センスだけは評価できるじゃない? 娘たちの身支度を手伝って」

「うけんだけど」

「そう、いい心がけね。早速取り掛かって頂戴」


豪奢な部屋で、鏡面台を背に椅子へと腰掛けた継母は、人を使うことに慣れた手つきで扇子を姫華に向ける。

うけんだけどという悪態が、継母の中では了承の意に捉えられたらしい。姫華は、なるほどこれがご都合主義かと頓珍漢なことを思いながら、渋々、本当に渋々頷いた。

いくらかったるくても、ストーリーを停滞させるのは気が引けたからだ。


「ああそれと、残念だけどお前は留守番だよ。家のことをしてもらわなきゃいけないし、お前は私が産んだ子じゃないからね」

「え、まじだ。知らんかった」


継母とは、まあまあな母のことだと思っていた姫華である。

意地悪な口調で言った継母も、姫華の反応にはポカンとしていた。しかし、そんなことは知りもしない。姫華は部屋を後にすると、半ば感心しながら娘二人の元へと向かっていた。


「てかなに? 生みの親でもねえのに育ててくれてたってまあまあいい母じゃね。意地悪いとか聞くけど、要は自立できるように掃除も一から教えたってことっしょ。やば、慈善事業主じゃん」


慈善事業主とは、姫華の造語である。いいことを率先と行う大人の意味だ。嫌味な継母という暴落気味の株が、たった一言で急上昇だ。姫華は用心深いが、ちょろくもあった。

それから姫華は言いつけ通り継母の娘のところに訪れると、まずは二人の手首を手に取って、肌の色味を確認した。姉はブルベ冬だったので、それに合うボルドーのドレスに黒のレースをあしらったヘッドドレスを選び、ゴールドのささやかなアクセサリーを加えた。都会的で強く、美しい凛とした女性に仕上げてみせた。

妹の方はイエベ秋だったので、姫華はオリーブカラーのドレスを選び、華美になりすぎないようにパールを軸にした装飾で上手にまとめた。姉妹揃って、雰囲気の違う美女に変えてみせたのだ。これには散々意地悪をしてきた姉たちも目の色を変えた。


「え、え、これが私たち?」

「この赤色のドレス、失敗したと思ってたのに出番があるなんて」

「パーソナルカラー駆使すればいいんよ。手首の色見てみ? 血管が紫ならブルベ、緑ならイエベだから」

「なるほどなあ」


声を揃えていうものだから、姉妹仲は悪くない。しかし、どうやら力を貸しすぎたらしい。

支度が遅いと文句を言いにきた継母は、それはもう大いに驚いた。いつもどこかもどかしさの残る仕上がりだった二人の娘が、まるで見違えたのだ。無邪気な性格が全面にでて、いつもどこか幼稚な印象を残していた妹はお姉さんのような落ち着きを得ただけではなく、姉の方は貴族の娘として正しい風格を手にしていた。

間違いなく、継母とその娘二人の中で、姫華の印象が大いに変わった瞬間である。


「あ、あなた……」

「あ、とりま確認なんですけど、舞踏会ってママぴもいくつもりですか」

「え、ええ。保護者だから当たり前でしょう?」

「あー、そういうの先方に下心感じさせるからやめといた方がいいっすよ。もし行くなら周りの貴族の親が娘と同伴してるの確認してからじゃなきゃ、ただの過保護な親で終わる説ありますからね」


そして姫華は常識的に考えて、とも付け加えた。

長い爪をいじくりながら、こちらを見ようともせずに言うシンデレラの態度には思うところはあったものの、その指摘はまさしく物事を俯瞰してみなければ出てこないものだった。

これから王族の一員になれる可能性を秘めた舞踏会だというのに、確かに親が変に出しゃばれば娘の評価は下がるだろう。そして、下手に過保護が過ぎれば、自立心のない娘として、貴族の社交界に醜聞が広まる可能性を秘めていた。

継母はごくりと息を呑むと、意を決して姫華へと提案した。


「今日の様子、少し変だわ……体調が悪いなら掃除はいいから、ゆっくり休んで頂戴」

「ま?」

「え、ええ。それに、あなたのいうことも一理あるから、今回は城の近くまでついていくくらいにするわ。親が介入しない方が、物事もうまく進むかもしれないし」

「そっちの方がいいと思う。ママぴ話わかる女でよかったね」

「そ、そうね」

「ええ、わかりみよ」


そうして、姫華は屋敷の外で、軽くハグをしてから三人を送り出した。なんだか感極まっているようで流石にうけてしまったが、そこは「我ら友情永久不滅だしん」そう言って、仲良しの証であるギャルピースを互いに送り合ってから、城へと送り出した。

ばいばいきんと見送って、姫華はいった。


「まじ進んで王族の嫁になるとか流石すぎ。昔の女の野心ぱねえわ。姫華は無理すぎ、タバコ吸お」


束の間のささやかな自由の時間が訪れた。きっと帰ってくるのは深夜だろうから、姫華は優雅に半身浴でもしようと画策した。しかし、そんな姫華の伸びをする後ろ姿を見つめる、怪しげな視線があった。




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