第5話 立ち上がり! 前編
――――4月14日。
そこは一般的に“豪邸”と認識せざるを得ない
中世を想わせる煌びやかな建物である。
庭にはちょっとした芝生、花壇と木々。
「エミィお姉様……
なんだか今日も上の空だけど大丈夫?」
リビングは真っ白で天井高く広々としている。
そこは本物の貴族が
住んでいるかのような生活様式であった。
華やかなシャンデリア
華美な大理石な床、壁。
権威の虎柄のラグに
テーブルは木製の漆黒。
それどれもが……ブルジョアチック。
「いえ、まあ……そうね
確かに考え事をしていたわエミナ」
シックな色味のカウチソファに姉妹2人。
篠宮エミィと、その二つ下の妹
篠宮エミナが座っていた。
妹のエミナは姉と同じ様に日本人離れの
端正な顔立ちをしている……。
「そうだ」
なにか思い出したのかパチンと手を鳴らすエミナ。
彼女は上品に口元を手で隠して
「前にエミィお姉様が言ってた
“アイドル研究部”の新入部員はもう少しで
自宅においで下さるんですよね!」
ここで云う“アイドル研究部”は篠宮姉妹が
昔2人で創り出した、名前だけの物。
発端は5年も前も遡る……。
“新入部員”と云うのは
毎月、毎年の様に言い続けてきたエミナの願望だ。
エミナは純粋にキラキラと眩しい目をする。
「あ、あぁ……よ、予定が合う日に
逸早くに来ると言ってたわね……」
エミィの動揺は明らかだったが。
彼女は深く気にはしなかった。
寧ろ、“自分と姉以外の仲間”が家にやってくる。
その事実が途轍もなく嬉しかったのだ。
――勿論、新入部員などはやってこない。
その事実もない。彼女がエミナに向けて言った
ちょっとした口約束であった。
「やったわ!遂に新入部員だわ!」
ソファの正面には壁掛けの巨大なTVモニター。
ただ、残念。それは使わずに
ノートパソコンよりも小さめの
DVDプレーヤーが目の前の机に不似合いに。
「……え、えぇ、そうね」
画面は、大昔のアイドル歌手のライブ映像。
名前は――“綾瀬ツムギ”
引きの映像でステージ上に彼女が
マイクを持って歌唱する場面で停止されていた。
「流石、エミィお姉様!
どんな方々なのかしら!今から楽しみだわ!」
虚に喜ぶエミナを尻目に
エミィの心に響くのは、少しの罪悪感と
彼女の“笑顔”を“幸せ”を
“奪いたくない”という、感情だった。
同時に噴き出るのは
「ごめん……エミナ……」
「……どう…………するかしらね……」
偽りを偽りで隠し続けるのは
いつかボロも出るし、精神も擦り得る行為だ。
そう、しみじみ感じるエミィであった。
そして、ふと数日前の事がよぎる。
美鴨サキが放った言葉だ。
『自分が成りたいアイドルは定義とか無くて
正真正銘のアイドルなんだよ?』
この言葉には、篠宮エミィの価値観を思考を再度、構築させるキッカケとなる。
――“どんなに綺麗な笑顔も偶像
と名のフィルター越しでは人工物である”――
彼女のその思想は長年、憧れ焦がれていた存在を
追い続け皮肉にもその答えに行き着ついた。
憧れの対象を否定し兼ねない結論であるが
ただ彼女は事実として受け止めていた。
世の中、そんな物”と割り切る
ある種の諦観的な思想。
それが篠宮エミィを形作っている。
だからこその偶像への尊敬だ。
ただし今、その思想、価値観が
塗り変わろうとしていた。
「……エミナ……」
「ん?」
エミィは名前を呼び、再度、深く長考した。
その間、彼女は姉の問いかけの言葉の先を
子犬の様に待っていた。
そして、数秒の無音が通り過ぎて
エミィはホロっと放つ。
「アイドルって……なんだと思う?」
エミナは軽く踵でソファを弾く。
目にはふいに雫。手は口元を覆い
声を出して笑い上げていた。
「ンフフ!そんなこと〜?」
そして、さも当然の様に言い放つ。
「み〜んな〜み〜んな違うよ……
一人一人が好きになった人がアイドルよ」
声が響く部屋の広さが、壮大さが。
付けっぱなしのDVDプレーヤーに
角っこを避けて走り回るその景色が騒ぐ。
続けて、エミナが語る。
「沢山、好きになる人もいるし1人だけを
好きになる人もいる。単に芸能人じゃなくても
一人一人に“アイドル”はいるの……」
エミナが光で潤んだ、その輝き増している瞳を
真っ直ぐにエミィに向けて
「エミナのアイドルは沢山いるけれど」
確信めいて、放つ。
「その中の1人に……エミィお姉様は1番にいるよ」
――――篠宮エミィ襲来から約1週間 4月16日
今日は日曜日。場所は最寄りの人気のない公園。
サキ、イマ、カコは特に予定がなくとも
一緒にいる事が日課になっている。
だが、今日は予定がない訳じゃない。
「さっ、やりましょい!」
ジャージ姿のサキが意気込んで
ラジカセをセットして音声を再生。
――流れ出るのは……
『ラジオ体操ナンバーワン〜
今日も元気にやっていきましょう!』
ラジオカセットを正面にし
右から、サキ、イマ、カコが横に並んで
音楽に乗せて身体をほぐしていく。
『まずは手足を伸ばす運動〜
ワン!ツー!スリー!ワン!ツー!スリー!』
――――3人は1週間前、“篠宮エミィ”の強烈な批判と叱咤、言葉の乱射を受け、しばらくの間
酷く沈み込んでいた。
昼食で、あの屋上で集まるも沈黙か
無理をして作った変な陽気な空気。
だが……意外にも
「篠宮エミィの言ってる事は……悔しいですが、的を得ている事はあるかもしれませんね……」
イマが状況打破として最初に声を上げた。
「だからと言って……アタシ達が砕ける理由は
存在しないですがね……」
サキもサキで前を向き始めていたが
完全に前を向けなかったのがカコであった。
「アタシは良いと思いますよ……カコ……
アナタの成りたい“アイドル”」
――だからこそ、イマは行動する事を選び
そして2人に提案したのだった。
同時進行で0次審査も実行する事も条件に
“現状打破”の運動メニューを。
「よーし、走るかあ」
ラジオ体操が終わると、それぞれ
ランニングを始め出す。
イマが作り出した運動メニューはこうだ
公園の外周、凡そ300メートルだろうか。
それを5周。休憩を挟み後に
基本的なダンスステップとボイストレーニング。
至ってシンプルで捻りの効いた戦略などではない。
ただ、“身体を動かす”この行為が
現状、最も効果的で効率的な未来への行動。
そう、新岡イマは考えたのだ。
――――数時間後
「今日のメニューは終わりですね……
頑張りましたね、サキ、カコ……」
公園の屋根の付いた、木製の机と椅子セット。
そこにサキはぐたっと倒れ
カコは持参のスポーツドリンクを飲む。
「疲れたぁ〜」
サキが机に伏す。
その隣にイマが静かに座る。
「でも、凄いよ1週間も経ってないのに
体力ついた気がするね……」
カコが和かに言った。
少しずつカコもメンタルを立ち直せていたみたいだ
「それは、そうですよ……
アタシの考案するメニューなんですから」
若干の自信気を抱えたイマ。
「確かに、イマちゃんは凄いよ……
0次審査も1人でイマちゃん考えたんでしょ?」
「そうですね。……正直、楽しいんですよ
こうして目的を逆算して計画を立てる事が」
イマは自分の曝け出た、腕をさすって
ゆっくりと答えていく。
「うん……」
カコは尊敬する様に芯を込めて
彼女の目線を追った。
「後は見返したいじゃないですか……
篠宮エミィに」
「アハハ……案外、イマちゃんって
感情的に動く所あるからねえ」
苦笑いをするカコに首を横に振る。
「アタシの大切な人を、見下したのが……
……許せない、それだけです」
日中の日照りが、春の音が。
この公園には全部が集中する。
そんな陽だまりを覆う日陰の屋根の下。
新岡イマは純情なる、想いを吐露した。
カコは彼女の、想いをダイレクトに受け取る。
相槌や頷きはしないで、ただ顔を見合っていた。
「……そうですね
序でにお浚いしておきましょうか」
ちょっとした沈黙の後、イマは
事務作業に移るかの様に機械的に伝える。
「サキちゃん……サキちゃん〜」
「あ、あひっ……」
カコが伏せるサキを起こす。
ビクッとなりながらも
疲れ目の彼女が辺りを見渡すと間髪なく
機械的にイマの口から流れ出た。
「サキは0次審査ステップ2。
カコは0次審査ステップ2。
アタシは0次審査ステップ1で止まってます」
スマホにメモをしているのだろう。
手にスマホを持って淡々と述べるイマ。
「サキは『3人で一緒にアイドルを目指し、一緒に叶え色んな人に笑顔を届ける』
カコは『ワタシがワタシであるように自然体に』」
サキがペットボトルの水を飲み干す。
すると空になったペットボトルを魔法の杖の様に
振るって、1人で楽しみ出すサキ
「案外イマ、やばいんじゃなぁーい」
「アタシは“スロースターター”なので」
「そうだっけ?」
サキの茶化しを適当に慣れた様に流すイマ。
カコはポケットから飴玉を取り出しサキに渡す。
その隙を狙って空になったペットボトルを回収。
「ステップ2のお浚いも、しておきましょうか。
ステップ2の内容は“自分探し”です」
「んんー、コレが本当によく分からない」
「ワタシも……」
カコにさっきもらった
飴玉をコロコロと転がしながら
口々に言うサキとカコ。
「そうですね……取り敢えずの説明としましては
『自分探しは、現在の自分の立場や現状を模索する事……ダンス技術、歌唱実力等々』でしたからね」
サキが静かに放つと
カコも次いで小さな野次を飛ばす。
「言葉足らずだ〜」
「そだ、そだー」
イマは不服そうにジトッと2人を見て
わざとらしく咳払いをした。
「端的に……“現状把握”です。
自分自身を把握する事で自然と“相手”と自分自身の距離が見えてくる筈です、そしたら伸ばすべき事なども発見できるでしょう……」
「相手……?」
カコが呟く。
「“振り向かしたい相手”別の言い方をすれば……“見返したい相手”になりますかね?」
カコは一抹の不安を抱いたように
曇った顔をすると力無く言う。
「篠宮エミィ……さん……」
サキはその名前を聞くと
ピンと背筋を伸ばした。
「何もともあれ……この0次審査はアタシ達が誠に“アイドル”を目指せるかの物なので……
頑張りましょうか」
片手に持ったスマホをイマは静かにズボンのポケットにしまうと、2人の顔を窺った。
――その瞬間。
3人の表情が身体がピリついた。
その声を何度、彼女達は反芻したか……
「あらあら……此方にいたのね」
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