第43話 音楽の女神;大音アテナ
僕は偉大な音楽家の家系なんだって。
聞いた話では0歳からピアノに触れさせたり、クラシックを聴かせていたらしい。
「やはり、大音家の子だ……天才だ!」
蛙の子は蛙なのだと、母も父も皆んな言う。
でも、その子供にも意思があって無限に可能性だって秘めていた筈。
「アテナはピアノの世界で美しい功績を残すのよ!」
僕は一方的に、その道で生きる様に。その道で困らない様に整理し尽くされた歩道を、ただ歩いていた。
端から見れば、理想だとも理不尽だとも贅沢だとも感じるので必然的な孤独に成り下がる。
「大音家はね、それで良いの。ピアノで全てを取り返すのよアテナ!」
僕は疑問に思ったよ。
これは人生を設計されているのと変わらないって。
神や仏じゃない、一族という設計士が僕を形作ってる
――果たして、僕は僕なんだろうかと。
確かにピアノは好きだし、音楽も好きで楽しい。
でもその好きや楽しいが予め設計されていた物だとしたら、悲劇だと思う。
国内外でのピアノコンクールでの戦績も、吸い付く様に、息をする様にピアノを弾く、その手先さえも。
全部が本物の僕が遺した物なのかも今となって分からなくなってきた。
本物の人生って、僕が初めて決断して形作られていく物なんじゃないのかな?決断したその道が、穴だらけでデコボコでも僕は構わない。
人生は何よりも楽しくて仕方のない道を自分で選ばないと、それは傀儡としての偽物の人生を歩むことになってしまうんだ。
―― 8月20日 東音楽堂 夜
「ね、そう思わないサキ‥‥」
大音アテナはピアノを弾きながら語る。
サキは何も言わずにピアノを弾く彼女の肩を摩る。
「でも、君のお陰でわかった気がするよ」
音色が1段階、高くなると気持ちよさそうにピアノに酔いしれるアテナがいた。
「だってほら、僕に『ありがとう』と感謝した君のそれは、本物の感謝だと感じるからさ」
アテナが即興で演奏する、それは。
情景が浮かぶほどに繊細で整理されていた物だった。
「君と僕とは本当に似ているよ‥‥」
含みを持たせて、笑みを溢すアテナ。
音色を聞いてサキが思い浮かべた雪景色。
その雪景色の中央にポツンとピアノとアテナ‥‥
その姿は震えて凍えて、でもそれでも手先を動かすのを辞めずにいる彼女がいた。頭も肩にも雪を積ませているのだ。
「君が追い求める“アイドル”というのは、もしかしたら僕でいう“ピアノ”かもしれない‥‥でも、それもまた美しいから尚、僕は楽しいよ」
サキがその銀白に満ちてしまう彼女に近づく。
次第に雪は止むと、徐々に晴れ間を見せていく。
「私はね‥‥アテナには“夢”を見て欲しいんだ」
静かに告げるサキ。晴れ間はアテナを照らすと、身体に纏わりつく雪を溶かしていく。
「夢。いいね、それもまた一興だ」
彼女はアテナの横に立つと、鍵盤に手を置いた。
不安定ながらもしっかりと指で鍵を押し込む。
「例えばさ――アイドルとか」
彼女が奏でた一音がアテナの目を開かす。
アテナは初めて、手先を止める。
情景も閉じていく。
「‥‥“アイドル”?」
銀髪の少女はサキの表情を伺う。
それはまるで陽だまりの様な暖かな微笑みだ。
「そう‥‥“夢”がないなら“夢”を見つけよう?」
「‥‥残念だけど僕はそれには胸が躍らないよ。興味が唆らない物に“夢”や“期待”を抱くのは辞めたんだ」
小さく放つアテナの手をゆっくりと握る。
「ううん、私が“夢”見せるよ‥‥アテナがアイドルになりたいって思うぐらい――私が輝くから!」
「ど、どうして‥‥」
どうして美鴨サキは、僕にこんなに強く懇願するのか今のアテナには分からないけれど。
ただ彼女の手が温かくて、安堵を感じるのだった。
「アテナ‥‥“人に夢を魅せる”のがアイドルの役目なんだよ!!」




