第42話 音楽の女神アテナ②
――8月20日 東音楽堂 付近 夜
1人、サキはファーデン内の夜道を練り歩いていた。
脳内で昼間の事を反芻しながら。
『僕は別にアイドル‥‥目指してないよ』
噛み締める、その言葉。
彼女には悪気も挑発でないのはサキには分かっていた。だからなのか、拳を握ってしまう。
「‥‥そう、だったんだ」
夜道には街頭の明かりが一定の間隔に。
出歩く候補生も少ない。
反芻して、脳に巡る言葉はもう一つある。
『それは、模倣でも限りなく本物に近い模倣。僕は際限のない努力を君に感じるよ』
褒め言葉にも、皮肉なのか。でも皮肉を言う様な子ではないし素直に褒め言葉として誇って良い事なのかと彼女は口を膨らませる。
「模倣‥‥それって結局、自分がないって事じゃ‥‥」
サキは自身の靴を見ながら歩いていた。
そんな時だった。
「あっ、サキさん!」
「え‥‥あっ、葵ちゃん久しぶり」
声掛けたのは鳥海葵だった。
健気で明るい声に、俯きがちだったサキの目線が多少は上を見る様になった。
「どうしたんですか、散歩ですか!」
「んー、まあそんな感じだよ!葵ちゃんは?」
「うちはジョギングしてました!」
葵とは久しぶりの再会。
ファーデンという広さはあれど同じ空間に滞在しているのに、すれ違う事は今回が初めてであった。
「‥‥葵ちゃんは元気だねぇ」
葵のエネルギッシュな姿に、しみじみとしたサキ。
厭わしさが若干あった数刻前も今や薄くなっている。それもこれも彼女のお陰であると。
「サキさんは、少しお疲れ気味‥‥ですか?」
葵は上目遣いで彼女を覗いた。
「あぁ〜分かっちゃう?」
「分かりますよ!」
対面で話していたが、自然と葵はサキの隣に歩いていた。2人は対話を繰り返しながら目先のベンチへと脚を運んでいた。
「‥‥んとね、実はね――」
◆
サキは自分の胸の中にざわついた不安や困り事に似た物を葵へと赤裸々に話すことができた。
一つ、三つ巴決戦を受けた事。
二つ、何故か黒石アイの目の敵にされていること。
三つ、大音アテナがアイドルを本気で目指していることではないこと‥‥
「サキさんは、凄いです」
彼女が親身に話を聞いて、一番初めに出た言葉。
葵はギュッとサキの手を握ると眩しいほどの眼差しを注いでいた。
「うち!そんな事、絶対に出来ませんし叶いません!三つ巴決戦だって、大音アテナさんや黒石アイさんの目の敵にされてる事だって、その裏返しですよ!」
「‥‥そう‥‥かな?」
「勿論です!うちっ、ここの皆さんがスーパースターに見えて仕方ないんです!こんな田舎者が来ていい場所なんかじゃないって思ったりもします!」
サキは、そのパッションに熱される。
ただ胸の中の蟠りは消えず。四つ目の不安事を打ち明けようとも口からは出てこなかった。
「でも、そんな自分が折れずに頑張れてるのはサキさんのお陰なんです!」
青い髪の幼気な少女は勢いよく、その場に立ち上がって強くサキを鼓舞する様に吐露する。
「うち……サキさんのパフォーマンスが大好きです」
一呼吸置いて、彼女は伝える。
「一次審査の時から感じていたんです!サキさんの表現は本当に本当に途轍もない努力の結晶だって!」
ベンチ周辺の街頭の灯りに少々、蛾が飛んでいる。
「発声方法も、ダンスの振り付けの機微も細かな特徴や個性も――」
チラチラとその蛾の影が足元で蠢いてるけれどサキの目線は葵へと向けられていた。
「うちが憧れて止まない、先人達の結集!そんな事、出来る人が努力してない訳ないベっ!」
必死に伝える様に、無言に強く鼓舞されて。
ただ、サキの眼が潤む。
「‥‥あっ、きゅ、急にベラベラ言っちゃってごめんなさいサキさん‥‥あぁ、なんか申し訳ねぇ」
葵は自分が話していた三つ以外にも他にもう一つ、自信を失っていることも、察していたのだとも察する。
「ううん‥‥大丈夫」
サキは笑顔を作れた。
嘘でも虚勢でも笑顔だ。
「つ、つまり‥‥うちが言いたいのは‥‥」
振り返って、葵は顔を赤らめてマジマジしていた。
正面には笑顔のサキ。それが尚更、助長する。
「大丈夫‥‥大丈夫‥‥全部、伝わったよ葵ちゃん」
葵は目を泳がしながら、もう一度隣に座り直して顔を伏せる。
「そ、そうですか‥‥よがったです」
――パチン!!
突然、まるで定規で自身の肌を打ちつけた様な乾いた音を葵は耳に入れると咄嗟に隣をパッと見る。
「っし!!」
音の正体は美鴨サキが自身の両頬を両手の平で叩いた物であることが分かった。
「葵ちゃん、ありがとね!久しぶりに話せてよかった!」
サキはそれからピンと立ち上がると、また太陽のような笑顔を葵に振り撒く。
「葵ちゃん――絶対に、生き残ろうね!!またね!」
去り際に彼女に一言放つと東音楽堂へと駆け走る。
風の様に過ぎ去った彼女を見送りながら葵は自身の胸に手を置いて呟く。
「うちも……負けられないです。サキさん‥‥」
――8月20日 東音楽堂 夜
この時間帯の東音楽堂は候補生は誰1人いない。
なので気儘に弾いていられる。
どんな憎悪も、嫌悪も或いは歓喜も悲哀も全部だ。
「あぁ‥‥来たんだ」
忙しなく息を切らして、大音アテナの目の前にやってきたのは。
「サキ、どうしたのかな?」
ピアノの漆黒に優しく撫でるアテナ。
サキは息を整えながら――放つのだった。
「アテナ‥‥ありがとう」




