第40話 A. 現実的な問い
――8月20日
あれから数十日が経つと戦況も大きく変わった。
2回目、3回目の金曜評価を得るとボーダーラインの1000adoreを獲得する物が増えてきた。
数日前に、ドームの出入り口付近にてランキングを映したモニターが設置されていた。
上から順に
享紺ユイ 3885adore
空閑 3513adore
写楽燐 3317adore
篠宮エミィ 3074adore
八代フウ 2877adore
鳥海葵 2539adore
dada 2164adore
白玉サザンカ 1877adore
逢沢春 1781adore
櫟木カコ 1503adore‥‥
――――ファーデン内のとある関係者部屋
そこには樽前チエと立花藍社長。
2人は縦に長い会議デスクに向かい合わせに座っていて、正面のファーデン内の全てのカメラ映像を眺める
「最近は戦況が固定化して、毎週の金曜評価意外は大きな花火が打ち上がることも少なくなってきた‥‥」
淡々と述べる立花。
「なんや?なんか、また番組側から言われん?」
「それもあります」
樽前が背もたれを引いて、その場に立ち上がる。
表情は飄々としていて立花との会話に痺れるような雰囲気などはなかった。
「言うても、オーディションってそんな物やん?バラエティやない。ドキュメンタリーや‥‥」
軽快に放ちながら、どこか確信めいて放ってカメラ映像前で足を止めると一つのカメラ映像を指す。
「イベントやら起こして注目を浴びて集めて、視聴者や私ら運営側に気に入られようとする候補生には頭下がらんって訳やな?」
指差したのは東音楽堂にて、大音アテナと共にピアノの前で談笑する美鴨サキだ。
「ええ、彼女が三つ巴決戦を提案した時、香藤さんニヤけ笑っていましたから」
「せやな〜」
立花はその場に動かず、ジッと映像カメラを四方八方で目を泳がせて見る。
「今、ランキングトップの子らは自分なりに行動したり己の力で成り上がった子‥‥ないしは、元々の知名度、人気があった子――まあ無双状態やな」
チラリと振り返る樽前。
「でも、それが“アイドル”って生き物やもんな?」
共感を求めようと首を傾げるが、立花は静かに首を縦に振るだけで何も言わない。
「人気商売の云々も勿論のこと、セルフプロデュース力まで見てるんか〜?」
「……私はただ“熱”を感じたいんです‥‥」
立花藍社長は腕を胸の前で組んで、目を閉じた。
「本来、私が求めていた“Girls Storys!”は、こんなテレビや配信で人々に腰を低くした八百長めいたオーディションに終止符を打ち――」
無機質な、この空間で一際。
強く訴えるように話す社長の姿。
「本当の意味で日本を、世界を変える“偶像”を見つけて育成する――そして業界を変える革命を起こす。つもり……でした」
熱く語ったと思えば、急に水を撒かれたように小さくなる。組んでいた腕は次第に自身の腿の上に行儀よく
「そうか‥‥それが藍の野望か」
腰に手を置いて、渋い顔をする樽前。
「出来る限りのことは私もやってん‥‥ただ、もう踏ん張りやなぁ〜」
「いえいえ、樽前さんには十分過ぎるほどにやって頂いているので‥‥申し訳ないです、こんなこと言ってしまって‥‥」
立花が立ち上がり、頭を下げた。
遣る瀬なさや不甲斐なさを感じる目の曇りだ。
「何も謝ることやない‥‥番組サイドが色々と好き勝手、着色やらしてんやろ?まあそっちサイドを責める気も更々ないんやけども」
そう言われても頭は直ぐには上がらなかった。
「まあ、そんな悲観せんで‥‥色々とオモロい子とかいるのは自分も分かってるやろ?adoreは正直、パッとせえ子もいんねんけど」
そして樽前は立花の肩を優しく掴む。
立花は、やっと静かに顔を上げて申し訳なさそうに眉を下げていた。
「ほらほら、一次審査で無言で終わっちゃった子‥‥あの子とか超が付くほど真面目でな?その事で、何も弁明ないなら“棄権”します言い出してな?」
立花の引き摺った表情が、彼女の必死の言葉の応酬で明るくなっていくと樽前は映像カメラで、話のその子を探し始めた。
「あぁ、ほらこの子‥‥」
「‥‥この子‥‥確か‥‥」
視線誘導したカメラ映像内は東棟付近の通路。
立花は映像の彼女の顔をマジマジと見つめて思考し始めた。
「ん、印象残ってた?」
「ええ‥‥一次審査の録画映像で――」
そして、立花はニコッと笑った。
「彼女ね、とても素直な子だった‥‥」
――――時は遡り 新岡イマの一次審査 当日
篠宮エミィや自身も認める通り、審査にて無言のまま自身の表現の場を失ったのは事実。
「‥‥‥‥」
緊張、不安。声が出ない事で焦りと、また恐怖も出て右手も左手も拳を作って震えていた。
審査員にも録画映像にも確かに映っていた。
誰もが、無理はさせない方が良いと彼女の順を切り上げようとしたその時だった。
「す、すみません‥‥緊張して歌えませんでした」
イマは素直に正直に、その場で謝罪をして頭を下げたのだった。
「アタシが歌唱披露しようとした曲は“シャイナガール”でした‥‥」
「なぜ、シャイナガールを選んだのかな?」
審査員の1人が、興味を持ったのかその事について言及する。まるで就活時の面接の様な雰囲気だ。
「はい‥‥それは、本曲がアタシそのものを指している楽曲であると恥ずかしながら、そう感じたからです‥‥」
他の審査員が続けて質問する。
「緊張して、歌えなかった理由ってなんだと思う?」
イマの視線が一瞬、揺らぐ。ただ、お得意の頭の回転で言葉を組み立て言語化する。
「はい。それには3つ理由がありました。1つ過度に肩に力が入っていた。2つ歌唱に自信が無かった。3つ‥‥」
視線を自身の足元に落とすイマ。
それから一拍置いて答えを導く。
「3つ目は“自分”でない“自分”を模索し過ぎた‥‥それが理由です‥‥‥‥」
――――現代
樽前が笑い吹き上げていた。
「ンハッハッ!めっちゃ真面目やん!」
「そう、歌唱とか聞けなかったけど面白い個性と瞬時に言葉を返す頭の回転の良さが印象的だったわね」
立花が微笑みながら、想起した内容を強く反復する。
「そうそう、あの子一回目の金曜日評価で“小評価”判定やったけど、そっから毎週受けててなあ〜努力家やなあって……」
ここで、2人の笑いの余韻が残る中立花が腕時計に目を落とす。途端に樽前も伸びをしながら部屋を去ろうと歩みを進める。
「いや〜色んな子がいるって事やな」
「そうですね‥‥皆、必死にもがいてるのだから、私が諦めかけるなんて駄目ですよね」
―――― 同時刻 サキサイド 東音楽堂
大音アテナと美鴨サキは互いに和やかな空気の中。
アテナのピアノの音程に合わせて、サキが声を合わせる。そんな練習をしていた頃。
「そうだ、サキ‥‥一つ、告白したい事があるんだ」
アテナが途中で辞めて、サキに伝えた。
先ほどまでの緩やかな時間が止まった様に思えた。
「え?なになに〜」
アテナの銀髪が揺れ動く。
その繊細な手つきがサキの頬を突く。
「僕ね、君が“音楽的に好きだ”」




