第35話 空騒ぎ III
――8月3日 11時25分 エミィ サイド 東棟付近
東棟の影が生まれた、人通りが少ない背面。
「残念だけど、享紺さん――」
互いに目を見交わす、篠宮エミィと享紺ユイ。
「知ってるよ、いるんだねオレ以外の“マリッジ”が」
エミィの言葉を遮って、放ったユイ。
芝居掛かってるようで、でも彼女だという事を加味したら本心である様な所作だ。
「あら、話が早いわね」
自身の額に手を覆って、自己陶酔が匂う享紺。
「勿論さ、君の事なら何でも見通せてるさ」
「なら嫌悪してるのも察知しなさいよ」
鼻を鳴らすエミィ。
「いや、違うね‥‥」
肩を竦めてポニーテールを揺らす彼女。
「ただね、“浮気”はよくない――」
ドン!!と音を立てて、エミィを壁に追いやり。
その図は俗に言う“壁ドン”の構図であった
「なっ、や、辞めなさいよ!」
「君が悪いんだよ、オレと言う“ソウルメイト”がいながら……」
享紺とエミィとの距離は目と鼻の先。
彼女の息が肌に掛かる。
『あ〜、みぃ〜ちゃった!!』
ここで紫色の派手な髪色の少女が登場した。
彼女はスマホを構えて、恰も動画を撮っているかのように見えたエミィ。
「そ、そこのアナタ!」
思わず助けを求めそうになったが、グッと喉に言葉がつっかえて出てこない。
「‥‥ダメじゃないか、dada―― ビデオは撮っちゃダメだよ?」
彼女の登場で気が逸れたのか享紺は腕をどかした。
「これじゃ、オレが女々しい事が皆んなにバレてしまうからね」
dadaと呼ばれた少女はキャピキャピとはしゃいでいて、享紺と仲が良さそうに見えた。
「アンタ達、一体何なのよ!」
エミィが激しく、感情を現した。
「ん〜、怒った顔も篠宮嬢はやはり麗しいね」
「ねっ!なんかお人形さんみたいだよね〜dadaちゃん嫉妬しちゃう!!」
会話になっていない状況にエミィは、また憤りを感じてならない。享紺の中世的な見た目も最早、畏怖を覚えてしまっている自分もいた。
「そもそも何でアンタ、スマホ持ってるのよ」
「ん、dadaちゃんに言ってる〜?」
その少女は自身の胸に指を差して、のらりくらり。
「これはね〜dadaちゃんのレイジストさん達が頑張って送ってくれた〜adoreと引き換えに買ったの〜」
享紺は、そんな彼女の頭を撫でる。
まるで愛猫を愛でる様な眼差しを向ける。
「adoreと引き換えに?」
「そう、その通りadoreの恩恵さ――まあ、消費したadoreは消失してしまうけれどね」
エミィは初知りの情報に、口元を触る。
「何で、そんな事知ってたのよ……いえ、それより貴重なadoreでしょ!そのスマホは幾らで?」
dadaは、ニヒルに笑うとコチラに近づいて来る。
「その質問にはぁ〜、こう答えるかなあ〜」
そして耳元までやって来ると囁いた
「ワン……サウザンド……」
彼女の囁きが耳元で流れると、ピリッと衝撃が走る。
「は?アナタ‥‥昨日の今日で、1000adore集めたって言うの?だ、だいたい‥‥どうやって確認したのよ」
遅れてやって来るのは享紺。
彼女は自身の人差し指を立てて口元に触れる。
「篠宮嬢……質問責めはオレの趣味じゃない――君が、それでも君が好むなら‥‥相互に営まないかい?」
dadaはスマホを構え出す。
「じゃあ、早速だけど」
スマホのレンズはエミィを捉えていた。
「浮気相手は“櫟木カコ”で間違いないね?」
「はぁ?チート相手?何を言ってるのか、意味不明ね!それになんでカコの名前が出るのよ!」
クスクスとdadaが嘲笑う。
「dadaちゃん、見ちゃったんだよねぇ〜2人が密会してるトコロ〜?」
エミィは2人に言われるがまま。
居心地が悪く、早くこの場から切り上げたかった。
ただ、彼女らとの間合いは手を伸ばせば直ぐだった
「うん、その反応を見ると矢張り確かな様だ」
「なに、それが駄目だって言うの?」
エミィは呆れた様に溜息を吐くと、胸の前で腕を組み始めた。
「うん不適切だ‥‥オレと言うマリッジがいながら、何処の馬の骨かも分からない子に取られるなんて」
東棟付近の影が、ゆっくりと動き始めた。
その影の動きを気を紛らす様に見つめるエミィ。
「マリッジ?ふざけないで‥‥勘違いも甚だしい」
すると享紺は、鼻を啜り始めた。
「そうか、君は忘れてしまったんだね‥‥まあ、無理もないか――ただ君がこれ以上、チート行為を続けるのならば例え君でも、オレは相応の態度を見せるよ」
目を細めるエミィ。
頭をフル回転させて、過去に彼女と出逢った可能性を考慮して探してみるけれど思い出せない。
「“絶対”に君を取り戻す為に‥‥何でもする」
鼻を啜る音が、止んだ時。
遠くから2人この場にやって来るのがわかった。
「例えば――」
エミィは、やっと解放されるのだろうと胸を撫で下ろしている。
「こう言うこともする……」
享紺が言い放った時、遠くにやって来た2組の姿がハッキリとエミィの瞳に映った。
その1人は……
「カコ?」
思わず呟いてしまった、目の前の正体。
ただ、もう片方の少女に無理矢理連れて来られているのだろうと直ぐにわかったエミィであった。
「ごめんね〜享紺ちゃん、待たせちゃった?」
紅いカチューシャが特徴的で、可愛らしいと素直に思える少女だっただけにエミィは動揺した。
「エミィちゃん……なんで、ここに?」
カコが驚き果てた様に、力なく言葉を放った。




