第31話 一期一会故に‥‥嗚呼、ヴェルザンディ
――時間は少し遡って8月2日 水曜日 イマ サイド
そこは多目的堂。学校の体育館はどの大きさで、構造も殆ど同じ。正面にステージがある。そのステージには慣れた様にダンス&歌唱を催す人々。
イマはイヤホンを片耳に装置し、楽曲を頭に入れる。
一周目の課題曲は『蝶蝶』は以前から把握していたのは勿論のこと、比較的好きな楽曲である。
『鱗粉舞う、それは永遠のフィロソフィー――』
たった今、ステージから聞こえてきたのは課題曲の一節だ。音源はないものだがら声量があれば良く響く物だ。
『考えても、考えてもしょうがないけれど』
“楽曲は極めて、高音が続き。尚且つ、交互に上下する音程なので練習は必須と言っても良い”
“プラス今評価においての基準云々はまだ不透明である為に試行錯誤の上に最適のパフォーマンスを…… ”
なんて、イマは脳内で繰り広げていた。
耳元の機械から聞こえる音源と同時並行で思考を巡らすので集中力は凄まじいと言って良い。
『聞けぇぇ!我がシモベよ!!』
「……っ」
ステージ上から突如、乱入したかと思えば叫び出した、とある候補者がいた。
それに、イマの思考実験が揺らいだ。
『お主に言っておるぞ!!』
声の方向を一瞥すると、自分に向けて指を差している“夜噛ツバサ”がド真ん中で構えていた。
「うるさい‥‥」
『なんだ!不平不満があるならば声を上げてみよ!』
呟くイマに、彼女は距離があるので聞き取れていない様だ。その場に立ち上がり去ろうとするイマ。
『なんだ?怖気ついたのかっ!そんなに怖いか――』
場にいた候補生達はザワつき始めると、2人を交互に見やる。
『――人前が!!』
言葉がイマに刺さったのか、立ち止まった。
周囲を見渡すと色物を見る人々がそこにはいた。
別に人前が怖いわけではない。
念じていても、願っていても他者とは深くは分かり合えないのは彼女は理解していた。
『逃げるな!我がシモベよっ!』
「何も‥‥なにも‥‥知らないくせに」
イマは、ツバサに睨みを効かせて多目的堂から消える。もう片方の耳にイヤホンをガッチリ嵌めて、楽曲に吸い込まれるように聴き入り込んでいく。
『“一期一会”‥‥貴女にはそれを大切にして欲しい』
胸にギュッと、掴んだ言葉はいつも消えない。
それどころか思い出の様にパッと湧いて、そして温もりになった様に勝手に消え去っていく‥‥
まだ、消えて欲しくはないのに。
『一期一会、その瞬間の人々を大切にするアイドル』
だからこそ、いつも胸に消えない様に“目標”として設定したのに。それすらも目を逸らしそうになる。
途方に歩き回る。楽曲を何度もリピートしながら。
途端に後ろを振り返った先には誰もいない。心地よい安堵を感じるので、その芝生の上に居座るイマ。
口角が自然に上がるのか、1人の時間を楽しむのか。
楽曲に酔いしれるのか、この感情を言い表す事さえも野暮だと思えてしまっているイマだった。
ふと目を開けた矢先に、立っているのはツバサだった。何を言い返すわけでもないし大音量で楽器良くを聞いてるので、そもそも彼女の声なんて聞こえない。
煩わしいと心から思える相手。
でも、どこか――憧れてしまっている自分がいた。
どうして、あんなにも自分を表現できるのか。
出会って直ぐは矢張り、そのインパクトには口を閉じる事はできなかったが。
目の前で立ち尽くす、ツバサ。
ついにイマはイヤホンを取り払った。
「なんでしょうか‥‥」
突き放す様な冷たい温度で接してみるイマ。
彼女は口を噤んだまま、目を泳がせていた。
「どうしてそんなにアタシに関わろうとするんですか?はっきり言って迷惑なんです‥‥」
「“ヴェルザンディ”」
「‥‥は?」
ツバサは、真っ向からの指摘の後に呟いた。
「君の名だ‥‥」
呆れたのか、イマは溜息を吐いた。
「アナタ、それ‥‥キャラじゃないんですか?」
「キャラ……?皆、昔からそういう‥‥だけど我にはしっかりと見えるのだ――世界が」
「……そう」
空を見上げたイマは、そのまま芝を掴む。
掴んだ芝は柔くて、直ぐにジリジリになる。
『“一期一会”‥‥貴女にはそれを大切にして欲しい』
それから、ゆっくりと見下ろす。
同時にツバサの不安そうな、でも自信に満ちた顔も窺う。
「隣に‥‥座っても、いいですよ」
イマは、自身の隣をポンポンと手を置いて促す。
「っ‥‥気遣い、感謝する」
ツバサは若干の気まずさを感じているのか、彼女が促した場よりも少しズラした所に座る。
暫くの沈黙が流れる。
日照が眩く、そして全身を強く熱する。
「矢張り、ヴェルザンディ‥‥いや“ヴェル”お主は我を導いてくれるのかもしれぬ」
真っ直ぐな目筋には光が止まっている。
なので静かに話を聞いてみることにした。
「お主、問うたな‥‥その答えとして“運命”を感じだから‥‥と言い表しておこうか」
「バスの席が隣だったって事なのにですか?」
彼女がその一言を聞き不敵に笑うと、頷いた。
「それこそが運命なのだよ‥‥ヴェル」
ツバサの横顔を凝視するイマ。
エミィ程ではなく意外にも鼻が高く。
冷静に見れば顔立ちが良い分類だと認識していた。
「それを人は“一期一会”というのですよ‥‥」
いい正すように、放ってみせたイマ。
人前が怖いわけではない。
ただ、人と深く関わる経験が少なかったんだ。
そう、心の中でイマは繰り返すのだった。
「あっ‥‥」
するとここでイマは見覚えのある2人の駆ける姿を見つけた。
「なんだ、突然?何か見つけたかヴェル?」
イマは目を細めてゆっくりと微笑み、答えた。
「いえ、少しだけ面白い光景を見てしまったので」
彼女が発見したのは、流れる汗を反射させる2人。
太陽が徐々に沈む行く中まるで。それを追いかけるように駆けていく2人だ。
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