第30話 空騒ぎ II
――エミィ サイド ファーデン 東棟付近
2人はファーデン内を端から端まで、駆け走っていた。息を切らし、汗を垂れ流す。そんな2人をファーデン内の幾つものカメラが捉えていた。
「はぁ、はぁ‥‥ちゃんと広いね、ファーデン!」
カコは芝生の上で膝に手を付いてニカッと笑う。
「なんでエミィまで、こんな事しないといけないのよ……お陰で、汗が身体にまとわりつくわ」
怪訝な表情を浮かべつつ、上唇を口にしまうエミィ。
どんなに汗を流そうと、その麗しさは消えやしない。
時刻は茜色に染まる頃。
ファーデンがその色に徐々に染まっていく様を2人は敷地内の角の隅っこの限界の所で眺めるのだった。
「で…新岡イマと美鴨サキはいたのかしら?」
「んー、走ってても見当たらなかったよね」
2人は一定の距離感を保ちながらも、芝生に楽な姿勢で座る。少しだけ心地良い風が吹くと2人を揺らす。
「きっと、暑いし建物の中だったんだよ……」
空を見上げるカコ。何気なく、そんな彼女の横顔を見つめていたエミィもいた。その胸までの巻かれた髪は柔らかく、また微に揺れる。
「カコ――」
不意に名前を呼んだエミィに、ハッとするカコ。
「な、なあに?」
ギュッとカコは自身の垂れ下がる、巻かれた髪を掴んでいた。彼女の通った鼻筋が、微妙にサイドから数本乱れた髪すらも、茜に染まっていく。
「パートナー……なんて、エミィは要らないから」
誰も現れない2人のみの、その場が何となく涼しく感じてきたカコは喉に唾を流していた。
「――だけど、“相棒”ならエミィは納得するわ‥‥」
神妙な表情から発せられるエミィのそれは、強い意志が宿っている様な力強い物であった。
カコは、そんな言葉を聞いてフフッと笑う。
「間に受けてたんだねエミィちゃん」
徐々に茜に染まる2人。
「っ!!!!はあ?な、何がよ?」
エミィが立ち上がる。
続いてカコも立ち上がったが、その距離感は先ほどよりも近くなっていた。
「顔‥‥赤くなってるよ?」
「あ、アンタもね‥‥!」
2人は横並びで、ゆっくりと歩いていく。
誰も、今日は訪れなかったその場に遠く背を向ける。
――次の日 8月3日 木曜 11時頃 カコ サイド
ここはダンス堂。そこに数十名の候補生。
壁面鏡の前でダンス練習を周囲の感覚を十分に取って、あくまで個人練習としてこなしていく。
耳にはイヤホン。
床から彼女達の上履きから発せられたのは“キュッキュ”という甲高い音ばかり。
カコは1番扉から近い所で練習をする。
髪を珍しく後ろに一本にまとめ上げて、動くたびに横に縦にと跳ね上げる。
彼女が何度も重点的に繰り返している振り付けは、複雑なステップをリズムに乗せて踏むというもの。
右足を前に出して…左足をそれに垂直に――
脳内で、動きを言語化出来ていても身体はついてこない。だからこそ、汗を垂れ流してでも完璧に出来るまでやりたいカコであった。
『――だけど、“相棒”ならエミィは納得するわ‥‥』
何故か彼女の言葉を不意によぎってしまったカコ。
動きも一瞬、揺らいだ。
そして、それを自戒として軽く口内で舌を噛む。
ギリギリ痛みが走るぐらいの強さだ。
『カコもオーディション参加してたんだね、気づかなかったよ……会えてうれしいよ』
だが、脳裏はそんな自戒など気にしない。
痛みを帯びても、香ってしまう“過去”。
逃れることができても、香ってしまう春の匂いだ
カコは動きを止めて、イヤホンを止めた。
こんな調子では集中ができないと悟るのか。
周囲はただ淡々と反復練習、いたって真剣だ。
そんな彼女達をジッと見つめ、拳に力を入れたカコ。床を擦り減らし様に場を去っていく。
『毎週金曜日‥‥せやから、第1回目は8月4日になるなぁ?短いやろ?だからこそ、燃えるやろ?』
先日、早朝の樽前チエの声が反響する。
扉に手を掛ける。その前にまとめていた髪を解くカコ
ゴム紐に収まっていた束が縦横無尽にバサっと解放される。
扉の前で、いつもの自分が出来上がる。
部屋を出る最後に壁面鏡に映る自分自身を確認した。
その姿は変わらない自分自身だった。
故に長時間は見ていられなかった。
そこからは逃げる様にダンス堂の外へと離れた。
ダンス堂から広がるのは芝と、舗装路。
だだっ広い芝にはポツリポツリと候補生が闊歩する。
髪が泳ぐほどの風が吹く。
カコは胸元の髪を抑えながら吹き去るのを待つ。
自身の長い髪で視界が一瞬、暗くなる。
「‥‥いたいた」
流れ去った風の後にやってくるのは――
「春‥‥ちゃん?」
自分があげた赤いカチューシャは今日もつけてる。
タレ目で人懐っこくて、それでいて柔かな頬。
今日はチークをつけているのか微かに桃色だ
「ずっと、探してたよカコ、バス以来だね……」
彼女に自分の名前を呼ばれる度に、胸の奥で指を突き刺されている感覚になり、瞳を震わせてしまうカコ。
「もしかして避けてるのかなあ、なんて思っちゃってさ‥‥私、大丈夫だよね?」
「そ、そんなことないよ‥‥」
淀みなく伝えたつもりだった。だけれど、声が上手く出なくて掠れカスみたいな発声になってしまった。
「だよね?」
“逢沢春”がピョコっと飛び跳ねる。
するとカコの脇付近に着地する。
「“仲良しだった”もんね?」
ニコッと彼女が笑うと頬の桃色が強調される。
いつもの様に見ていた彼女の表情すら、畏怖を覚えてしまうぐらいには動揺していたカコだ。
「ね、久しぶりに一緒に練習しない?」
「えっ‥‥?」
図々しく、腕に手を回す春。
有無を言わせずカコを引っ張る様に移動させる。
「ワタシ、会わないといけない人が‥‥」
断りを入れようとするが、誘導されていく。
強く言葉を放とうとしても喉が元気が出来ない。
「だ、だから――」
無邪気に自分を運ぶ彼女に少しの可愛げを感じてしまってるのも遣る瀬無い。でも、それもほんの少しだ。
残りは全て、畏怖に近い痺れた極めて苦い感情だ。
祝!30話!ここまでありがとう!
最近、忙しくて推敲全然できない!
(余裕がある時にちょくちょく、改稿したい!)
毎週、水・金20時更新!!




