第29話 空騒ぎ
――エミィ サイド 西棟
「あぁ〜もうっ‥‥」
西棟の2階。自慢の髪も乱れているエミィ。
スタスタと廊下を渡る。
右側から見ていくと26号、27号と続いていく。
「振り払うのも、やっと‥‥とんだストーカー女ね」
愚痴が漏れてしまっている。
32号室で止まるエミィ。
呼び鈴を二度、鳴らす。
「カコ、言われた通りに来たわよ?エミィの大切な練習時間を割いてるんだからね?」
扉越しから足音が聞こえる。
エミィは乱れた髪を撫でて整えていく。
ゴッと部屋が開く。そこからは俯いたカコがいた。
そしてエミィに静かに抱きついていく。
「っちょ!アンタ、なんなのよ‥‥!」
エミィは、そんな異様なカコを探り探り表情を伺ってみると、酷く涙を流している。
「‥‥取り敢えず‥‥部屋に入れさせてくれない?」
そんな様子のカコを突き飛ばす事なんて出来なかったエミィは、ただ立ち尽くすのみ。
数分後にはカコが顔を伏せたまま、エミィの袖を引っ張って自室に連れていく。
リビングまで歩いて行く2人。
部屋はカーテンを閉め切っている。
昼間だというのに薄暗い。
「んで、どういう事カコ‥‥?」
「‥‥だっ……た」
ソファに座り込むカコ。ここまで一つも口を開けなかったカコだったが、やっと口が開いた。
だがしかし、小声であるからかエミィには言葉の末尾しか聞き取れなかった。
「……」
その消沈具合で小声であることを指摘しようとも思えなかったエミィ。
埒が明かないが、待ってみることを選択。
「そう言えば、昨日はありがとうね‥‥変人に絡まれていた時に助けてくれて‥‥」
エミィは腕を組んで、部屋のあちらこちらに視線を動がしながらもチラチラとカコの様子を見守る。
「少しだけだったけど‥‥“嬉しかったわ”」
デジタル時計は14時41分を表示しているのを確認する。フローリングを見るとワイヤレスイヤホンが2つ散らばっている。
「ここは色んな意味で厳しい環境ね……」
それを何食わぬ顔で拾っていく。
「アナタもダンス評価を選んだのかしら?サキとイマはどちらを選んだのかしらね――」
「……サキちゃんは、歌が大好きだからきっと歌唱評価……だと思う」
ポツリポツリと呟くカコ。
「イマちゃんも‥‥歌が苦手だけど、そういうのなるべく克服したい人だからさ」
エミィはやっと言葉を開いたカコを一瞥して、彼女の隣に腰を下ろした。
「確かにそうね‥‥」
相槌を挟むエミィ。
ここでやっと、顔を上げたカコ。
「ねえ、気になってたけど……アナタ達3人ってなんでそんなに仲良いのかしら?」
鼻を啜りながら目元を拭うカコ。
それを覗いてみると少し笑っている様にも見えた。
「んー、何でだろう……」
調子を戻しつつあるカコ。
「“勘違い”がキッカケかもしれないね」
そう放つ彼女の瞳は少し赤い。
彼女の言葉をエミィは熟慮してみるが、それを理解する事は出来なかった。
「勘違い‥‥?」
「そう‥‥それはエミィちゃんにも言えることだよ」
初めて彼女は、しっかりとエミィの瞳を捉えて言葉を紡いだ。一見それは弱弱しく見えるけれど何処か気持ちを切り替えるような真っ直ぐとした眼だ。
「‥‥はぁ‥‥どう?少し落ちついたかしら?」
「うん、お陰様で」
アハハと軽く苦笑するカコ。
それを横目に安堵するのかソファに深く座るエミィ
「ごめんね、部屋に呼んじゃって‥‥それこそ大事な練習時間を潰しちゃって」
「まあ‥‥‥ええ……」
エミィは、閉められたカーテン先の微かな灯りを見つめていた。
「ただ、心配しただけよ……“友達”として“仲間”として――事情は今は聞かないでいてあげるから、エミィに感謝しなさいよ」
その横顔は凛としていて、何度見ても見惚れてしまう美しさが確かにあった。
「ったく、今朝の集会終わってすぐに『部屋に来て欲しい』なんて言うから驚いたじゃない‥‥」
エアコンから吹いて来る冷風が、部屋隅まで澄み渡る。それは目には見えないが確かに肌で感じる。
「耳……赤いね」
そんな高尚な横顔を覗くカコは、囁いた。
「アナタ、いつも何処見てるのよっ!」
エミィは、パッと掌全体で耳を隠す。
ポニーテールが煩く揺れているが、それすらもエミィの本音であるかのような。
「イマちゃんにだって、指摘されてたよね?」
「あっ、いや別に!大したことじゃないでしょ?」
微かに笑うカコ。
徐々にいつもの顔色に戻っていく。
気合い入れの息の吸い込みは深く。
かつ、静かにカコは行った。
耳に意識していたエミィを横目に彼女は呼吸を繰り返していく。
「ねっ、今から“ファーデン”一周して見ない?」
手をパチンと音鳴らすカコ。
音に反応するエミィは彼女の発言に耳を疑う。
「は、はあ……?なんでよ、外は気温高いでしょ?熱中症にでもなったら!」
カコはパッと、立ち上がる。
つられて視線を上げると、尽かさず立ち上がるエミィ。腰に手をや呆れたように息を吐いた。
「なんか、身体動かしてないとダメな気がする‥‥それに2人にだって会えるかもだし」
少し思考して、応対するエミィ。
「申し訳ないけどエミィは今、絶賛ストーカー被害に遭ってるのよ‥‥また奴に出会したら世話ないわよ」
強引にもエミィの手を引くカコ。
「えっ、ちょ、ちょっと話、聞いてる?」
促されるまま玄関扉まで来てしまう。
焦りながらも全力で抵抗することはないエミィ。
「もし、またあの人が来たらワタシが彼女に言ってあげるよ‥‥」
「な、なにをよ!」
高飛車で、何処か童話に出て来るような容姿のエミィに何処となくカコは庇護の気持ちを抱えていた。
「“ワタシがもう、パートナー”だからって‥‥」
プラスして、彼女は彼女なりの息抜きを模索してもいた。
「は、はあ!!」
エミィが初めてグッと自身の手に力を入れた。
「って言う、嘘だから!安心してエミィちゃん!」
彼女も尽かさず、補足をつける。
エミィは、その場でたじろぐ。
「‥‥‥」
無言のまま、カコの胸を見続けるエミィ。
「それだったらエミィちゃんに拘る事はなくなるんじゃないのかな〜って提案だから気にしないで!」
提案した張本人は、放った言葉を振り返って、急に恥ずかしくなったのか自身の髪で顔を覆った。
「まあ、効果あるかはやってみないと、分からないわ‥‥カコ、良い提案だわ‥‥褒めてあげる」
若干、感情がこもってないエミィ。
微妙な空気感が場に流れる。
「じゃ、じゃあ!出発だぁ〜!」
カコは幼馴染のとある1人を思い浮かべて、その彼女の様に溌剌と発言すると扉を勢いよく開ける。
2人はぎこちないが、横並びで廊下を後にする。
1人は腕を組みながら何処か浮ついてる。
もう1人は、顔を真っ赤にして過去の発言を悔いる。
そんな2人の背中を、二つの眼で捉えていた人間が存在していた。
「‥‥一部始終、ぜーんぶ見ぃーちゃった!これは大スクープ!キョウタンに教えたげよ〜」
彼女の名は“dada”。近頃、ジワジワと人気になり始めて来たアイドル志望Vtuber‥‥の中の人物。
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