第28話 Adore
――8月2日 ファーデン 東音楽堂 サキ サイド
「よしっ、頑張るぞ!!」
サキは東側の音楽堂にてパチンと音を出して気合いを入れる。
――数時間前
初日の朝を迎えた一同はドームへ赴く。
朝や早いと言うのにカメラマンもスタッフもキビキビと動いていたのをサキはハッキリと認識していた。
『早速やが、この一ヶ月間で君達にはサバイバルをしてもらうことになってる』
樽前には前日と同じ様にステージ上で案内を始める。300人の少女達はバラバラと位置しながらも神妙な顔を上げている。
『8月31日の〆切までに“Adore”つまりポイントやね‥‥それを目標数まで貯めることが生存条件や』
樽前は手振り身振りを繰り返す。
サキはステージを正面の所で1人、注目する。
場には知り合いも友達もいるかもしれないが、この瞬間だけは1人だけだった。
『んで、二次審査のボーダーラインは1000や‥‥今日から視聴者投票が始まるんやけど、それは1人0.1adoreってなってるから気ぃつけることやな』
――現在 ファーデン 東音楽堂
音楽堂では候補生がチラホラ徐々に集まっていく。
正面の右端には豪華なグランドピアノが一つ。
『んで、肝心のガッポリadore稼ぐには毎週金曜日に私と、そしてTVのカメラ前で歌唱或いはダンス評価の場が設けられる‥‥そこが稼ぎ場やで?』
両壁には棚が設置されているとマイクが用意周到に。
候補生らは各々の居場所を見つけてみる。
『そこで“高評価を獲れれば”一気にadoreを獲得や』
ドーム内で説明された内容を咀嚼するサキ。
手にはマイクを持っている。ただ電源は入らない。
「練習か‥‥」
マイクを持っていると言う感覚だけを味わう物の様に思えたサキは少し、肩を竦める。
彼女は支給されていた三つの物品をポケットから取り出す。
『二次審査ではダンスも歌唱も同一の課題曲が指定されてんで。練習に必要なもんはドームの出入り口の受付場で支給するから、そこは安心せえ』
支給されていたのは、音楽再生の為だけのスマートフォンとワイヤレスイヤホン。そしてボイスレコーダー
周りを見渡すと、イヤホンを耳に嵌める者や、目を瞑り楽曲を聴いてる者、取り敢えず歌ってみる者。
多種多様に溢れていて場は声で満たされ乱されていた
「ん‥‥集中できないなあ〜」
そんな雑多の中で、サキは楽曲を聴き込んだり歌唱練習するには適さない環境だと口を窄めた。
「‥‥なんで、皆んなそんなに集中できるんだろ」
周囲は一心に、向き合うので冷や汗をかいてしまう。
自分も一刻も課題曲の練習をしなければならないのに。
『課題曲の練習はファーデン内なら何処でも、やってもええから兎に角、評価をもぎ取れ――それが生存の為の行動や』
力拳を握ると、出入り口へと足を踏み出していた。
自分には自分のやり方があるのだと、理解するサキの表情は音楽堂の照明に凛々しく照らされる。
『〜ンフフ〜ンフフ‥‥』
サキが音楽堂の重めの扉に手を掛ける、その時。
グランドピアノの軽快な音が聞こえた。
同時に耳を通す、鼻歌は課題曲『蝶蝶』の一節。
『ンフフフフ〜ンフフー』
その弾き語りが音楽堂に広がると、注目を掻っ攫った。そもそもピアノを弾こうとする者はいなかったので候補生達は不意打ちを喰らったかの様だった。
「キレイ‥‥」
扉の前で固まるサキは、ピアノを弾く候補生の1人に目を奪われていた。まるで楽器と共に呼吸をするかの様に軽々と奏でる。
その音色も、美しく繊細なだけでなく。課題曲の特徴的なメロディーラインをクールに仕立て上げる。
「すごいなあ〜ピアノ弾けるって‥‥私もなんか個性があったら胸を張れるんだけどなあ〜」
他の候補生はピアノの旋律を意識しながらも自分達の世界に再び入り込んでった。
いつまでもサキも気を取られる訳にはいかないので、頭を左右に軽く揺らすと扉に手をかける。
重厚感は鋼の見た目からも分かる通りだ。
「お邪魔しま‥‥した」
手にはマイクを抱えている。支給品はポッケの中。
場に残る候補生らを気違う様に、静かに後を去る。
扉を開けたら、少し長めの廊下が目の前に広がる。
そこにも候補生らが居場所を確保して過ごしていた。
サキは目立たないように、集中を阻害させないよう様に若干、腰を低くして素早く真っ直ぐと廊下を渡り切っていく。
やっとの思いで、外の扉をまた開ける。
その身を太陽の日差しの下に晒すと深い呼吸を繰り返した。
「んふ〜、よし私もやってかないと!」
あの場が息をしてはいけないのではないのかと、錯覚してしまう程の空気感だったので余計にだった。
「へ〜、アンタも逃げ出してきたんだ‥‥」
「ん?あっ、うっ、うん!」
話を掛けて来たのは、金髪が特徴的で耳に長いイヤリングを付けている。気怠い雰囲気と口調だったがサキは、一瞬の淀みを受けながらも答えてみた。
「アーシ、糸井キリコね。アンタは?」
彼女の手には透明なペットボトルを持っていて宙にブラリと振り子の様に揺らしている。
「私は美鴨サキって言います!」
対照的にサキは黒のマイクを大事に手に抱えていた。
「ふーん、美鴨ね〜」
どうでもいい様な、でも反芻する様に口にすると。
ペットボトルのキャップを回してゴクッと呑んだ。
その一連の仕草を覗くサキは聞いてみた。
「えと〜ペットボトルって‥‥飲み物って何処に置いてありますか!?」
思い切って聞いてみる。ただ、思い切りが良すぎて声が大きくなっていたのを声に出してから気づくサキだった。
「んえっ、アッハハハ!」
豪快に笑って見せた糸井キリコ。
「そんな喉乾いてたん?自販機はそこら辺にあるよ?金入れないでも出て来るから、貴重な物見る様に言わないでよ」
キリコは笑みを含んだまま、サキの肩にドサっと手を置いて、またひと笑いした。
「あっ!うんっありがとう!」
咄嗟に感謝の言葉がサキの口から出る。
「ほら、少しおいでよ」
キリコは笑い声を落ち着かせながら少し離れた木陰を指差して、2人は共に歩いていく。
「これあげるよ、ミカモッチ!」
その木陰には、もう一つペットボトルが棒立ちしている。キリコは低い位置にある、それをしゃがまずに、ショイっと手に持つ。
「えっ?」
すると、サキに差し出した。
グイッと胸の前に差し出されるので条件反射で手に取ってしまった。
中身は透明で“水”とラベルが貼られている。
「ありがとうっ!キリコちゃん!」
無邪気に、笑顔を振り撒くサキ。
するとキリコは穏やかに微笑んでみせた。
「まあ、こんな殺伐としてる所だけどさ……」
木陰に2人。
キリコは木に寄りかかって語る。
「少女漫画の主人公みたいな健気さのアンタを見ると、なんか声掛けたくなってさ‥‥」
「えっ、いつから私の事見てたの!?」
「ん?バスからだよ」
キリコはペットボトルの水を呑みながら当たり前の様に。
「ええ!キリコちゃんも私と同じバスだったんだ」
「まあね。初対面だけど何となく一目見た時からアンタに勝手に親近感湧いてたんだ、変な女だろ?」
自身を嘲笑する様に問いかける。
しかしサキは、同調する事はなく首筋にペットボトルを当てる。
「ううん変な人だったら、こうしてちゃんと私と会話してくれない‥‥むしろ、変な人は――」
急激な冷やしでスッと清涼感を感じる。
「こんな所に辿り着けれないよ‥‥皆んな、本気なんだからさ」
木陰にいても、8月の熱は拭えきれない。
キリコとサキは数秒の沈黙を作る。
「んはぁ〜ミカモッチは想像以上に、お人好しだ」
上体を伸びをしながら、放つキリコ。
「さあて、そろそろ課題曲の練習をしないと」
「そうだね‥‥ここで、やってもいい?」
「あぁ、いいよ。むしろ、そうして欲しかったよ」
2人はスマホから課題曲の音声を流す。
イヤホンは付けずにデバイスから直接の音声だ。
――同時刻 カコサイド カコの自室
ワイヤレスイヤホンを両耳に装着。
そして聞こえて来る音に乗せてリズムを取ってみる。
自室なので誰も見ていない、誰にも邪魔されない。
そんな空間で舞ってみる。
「っっ!」
突然、カコはイヤホンを投げ捨てた。
呼吸が乱れて、冷や汗もかいている。
クーラーの効いた部屋であるにも関わらず、暑くて暑くて、どうしようもなかった。
脳裏に強く映像として、再生される“あの時”を
『ねぇカコ、逃げる気なの‥‥?』
息が出来ない。ついには、膝を抱え込んでしまう。




