第32話 定食にメトロノーム
――8月3日 11時30分 サキ サイド
朝早くからの活動、そしてあっという間に1日が終わるという意味での“ファーデンの1日は早い”
ダラダラ過ごしていたら、あっという間にライバルに先を越されてしまう。
だからこそ
「タンタンタンタン‥‥」
サキは歌唱評価のために技術を磨いてく。
今日は楽曲のリズム、テンポをキープするために音楽堂に置いてあったメトロノームを拝借。
「タンタンタンタン‥‥」
常にメトロノームはセットし、テンポキープをする。
これは彼女が編み出したアイデア。
自称・“天才的テンポキープ術”
食堂に響き渡る、秩序はあるけれど無秩序な音。
行き交う候補生達は摩訶不思議そうに彼女を覗く。
それでいて当たり前のように食堂の定食を食べるのだから。
「タンタンタンタン‥‥」
箸を持って丁寧にご飯を口に運ぼうと、味噌汁を喉に流そうとも。
身体のどこかはテンポを意識する為に動かしている。
「何をやってるんですか?」
久しぶりに聴いた声が、ここで聞こえた。
振り返るとその姿がサキの瞳にシュンと映った。
「えっ、イマじゃん!」
何処かイマは、片眉を上げて机に置いたメトロノームをジラリとなぞっていた。
「おひっさ!」
サキは元気よく、手を自身のデコに持って挨拶。
彼女の手元を見ると定食セットが乗ったトレーを持っていた隣の空席を軽く、引く。
「それ、煩いですよ」
その席。食堂の机に、トレーを置いたイマ。
木製のイスをギィーと音を鳴らしてサキの隣に座る。
「あっ、ごめん!練習の一環だったんだ〜課題曲のテンポとかリズムを身体に慣らしたくて〜」
サキは慌てて、鳴り響くメトロノームの規律的な奏でを停止させた。食堂に平和が訪れたのか“日常的な雑音”がそれに変わるようにサキには聞こえ出した。
「TPO……」
「あぁ、そうだよね〜やっちった……」
彼女が低く唸ると、ショートカットが揺れた。
耳に髪をかけると何事もなかったかの様に、手を合わせて食を摂り始めたイマ。
「どうしても、周りに追い付きたいって気持ちが先行しててさ‥‥」
語るサキの隣で、物静かに昼食を摂る。
白米を一口、二口。よく咀嚼し飲み込んでから焼き魚を器用に箸で、その身をほぐし摘む。
「ほら周りの子達、凄い子ばかりでしょ?まあ、そんな凄い所に行くってことは前から分かってたけどさ」
食事に集中するイマは、彼女の話を聞いても無言。
「なんか想うんだよね、本当に奇跡みたいだなって‥‥なんかの嘘じゃないのかなって此処にいる事」
サキは正面に置いたメトロノームを意味もなく見る。
それから手元を確認した。
飲みかけの味噌汁に、米一つない茶碗。
「――私が皆んなを誘ったは良い物の、全員300人まで残れたのって本当に出来すぎてるっていうかさ」
「では“抗議”しますか?」
突然、イマが声を上げた。
声色はいつもの落ち着いた静かな色だ。
「ん、ん……」
狼狽えるサキ。
自分から今更な事に愚痴を漏らしている。そんな自分にも、彼女の一言で気付かされ狼狽える。
「なんて事のない女子高生の為に八百長をする程‥‥これはチープな出来事の積み重ね?」
「‥‥っ……いや、違うよね」
「皆、必死。それでいて皆、真剣ですから」
正論を耳に入れて頷く、彼女。
「もう、しみじみとアナタが言う“奇跡”を噛み締めるフェーズは終わりです――」
飲みかけの味噌汁。覗いてみたらワカメが一つ浮かんで、味噌が沈澱している。それを箸で混ぜ合わせる。
「此処からは“落ちる”か“残る”か‥‥或いは“諦める”の三択しかないんですからね」
いつも以上に手厳しい、現実をぶつけるイマ。
そしていつも以上に棘のある言い方を打ち付ける。
「だよね‥‥」
隣席の寡黙な少女は昼食を摂り終える。
綺麗さっぱりに、皿の中は無くなっている。
「って‥‥アタシが言うのも可笑しいですがね」
目を細めたイマは冷水が入ったカップを手に取り、口に流し込んだ。冷えた液体が体内を澄み渡る。
「なんで?」
真似る様にサキも、冷水を飲んで疑問を放った。
「‥‥‥‥直接、聞いてみるのも手ですね」
「え?」
ふとその瞬間、思い付いた様に自分に言い聞かせるイマ。話が噛み合ってない事に口を半分開けたままの、少女も隣に控えている。
「いえ、こっちの話です」
食堂には候補生が、最初よりも集まっている。
時刻は11時55分。この後、昼時に群がる事が予想される。
「さあ、では‥‥アタシも行かないとです」
食堂の出入り口付近が騒がしくなってきたのを、確認しそれを機にイマは席を立ち上がった。
「えっ、一緒に練習し……いや――」
呼び止めかけたサキ。
ただ、思考を巡らせれば自分自身が過去に放った言葉がよぎった。
『ここからはそれぞれ、オリジナリティ勝負でやろう!』
イマは、トレーを手に持ったまま何かを言いたげだった彼女に注目している。
「ううん……」
彼女も席を立って、イマの目線を合わせた。
呼吸を整え、一度目を閉じて言葉を紡いだ。
「また、4人で――ゆっくり話そ!それまで、お互いに頑張ろね!」
2人は手は振らなかった。
ただ、頬を緩ませてゆっくりと一方が遠ざっていく。
サキは遠くなる彼女を数秒見つめる。
「『皆、必死。それでいて皆、真剣』‥‥うん、そりゃそうだよね」
両手で自身の頬をパチンと叩いた。
それからサキはトレーを持って行く。
「まず、自分の強みを見つけよ‥‥そして、同時に課題曲を身体に染み込ませる!」
気合いを入れる為か、独り言が大きくなるサキ。
返却口にトレーを下げて身体を伸びほぐす。
――同時刻 イマ サイド 8月3日 12時00分
サキとの対話を経て、1人食堂を後にする。
その食堂の出入り口に余裕綽々と構えていた少女が存在していたが、イマは鼻を鳴らして先を行く。
「で、知音と久しぶりに会えた気分はどうだヴェル」
「……」
半歩前へ歩くイマは、無言。
ただ、口が揺らいでいたのはツバサは知らない。
「相変わらずの、活力ある人でした‥‥」
「ックク!生命力のある者は好みだ、我が眷属候補として留意しておくとするかッ!」
背後にて、忙しい人声がするが慣れたのか気にも止めなくなっていた。それよりも歩くスピードを徐々に下げて、上目で空を覗くイマ。
眩しいほどの、日光が降り注ぐ。
日の近くで大雲が通りかかろうとしていた頃。
「っと愚図愚図していては鍛錬の時間が消えるぞ?」
立ち止まる彼女に、異議を唱えるツバサ。
腕を組んで、彼女の八重歯が光る。
「“夜噛ツバサ”‥‥ 運営に、とある事柄を聞き出したいので――」
その大雲がゆっくりと日を覆うと、影を一帯に創り出した。
「ここで、一つアタシと“隠密”しませんか?」




