第22話 スキル&アプローチ前編
――――6月30日 大阪府 某所
応接間は重厚でクラシックな雰囲気が漂う。
一足、部屋に入れば芳香剤の無機質な香りに包まれる
周りを見渡せば木造で木の暖かみを感じうる。
「ここでお待ち頂きたく思います……今、呼んできます」
立花藍は1人、部屋に促されるままにカウチソファに腰を下ろす。目線を机に向けると菓子が置かれている。
彼女がそれを手に取ることはなかったが、目尻を下げた。
「わかりました」
――コンコン
部屋に入って数分だろうか、ノックが聞こえた。
音の鳴る方へ首を向けると静かに扉が開いていく。
「失礼します、お連れいたしました」
姿が見えると、立花は立ち上がってお辞儀する。
「お久しぶりです…… 樽前さん」
「元気そうやないか藍」
彼女は樽前チエ。
立花藍にとって恩師とも言える。
“危険な偶像”時代において専門のライブ舞台監督・チームの広報等々などを受け持った言わば“裏方”でありつつも桁外れの実行力を発揮してきたレジェンド。
「よう、ビッグになったなあ会社の社長だってな?」
「ええ、ただこれは私の野望の一部ですので」
軽く抱擁し合うと、2人は対面に座る。
「あー、前々から言っとった奴やな……」
彼女の容姿は洗練された長い黒髪に知性を放つ薄茶色の目。目尻にはほんのり皺が入り込んでいるが、全体的には若々しい雰囲気が残る。
「はい、今日は勝手ながらですが樽前さんに、その野望に関してご協力頂けないかという事でした」
立花は粛々と続けていく。
かつての激動の青春時代を彩ってきた相手だからこそ丁寧に。そして慎重に。
「ん?なんや、そんなことかい?そう改まらなくも、ええよ……アレやろ最近、話題になってたオーディションの件やろ?」
「流石、樽前さんです……実はオーディションの2次審査以降での候補生達を導き案内する、ある種のメンター育成役としてご協力頂けないかと」
樽前は鼻の辺りに右手の甲をつけた。
すると、鋭い目をギラつかす。
「……メンター?育成?」
「はい候補者達を時に優しく、厳しくコーチングそして、メンタルケアも――」
「ちょちょ、待て待て!え、藍、オーディションやるのにまだ、そういう人見つけてなかったん?ギリギリすぎるやろ?」
息を吐くように事務的に続ける立花にツッコミを入れる、彼女は不審に思うのか目を細める。
室内の温度が歪むような、そんな異質さを彼女は感じる。
「ええ、まあはい最初から樽前さんにお願いしようと考えていたんですがね……」
「なら、なんで今になって……急すぎるやろ……まあ別にアンタの頼みなら引き受けん訳じゃないけどなぁ、せやけど、私じゃインパクトに欠けん?」
立花がここで顔を伏せて、笑った。
焦るその樽前の表情が何処かに刺さったのだろうか。
「ありがとううございます樽前さんなら了承を得れると思ってましたよ……すみません本当に突然で、詳しくは言えないのですが番組チーフと色々と食い違ってしまいまして……」
笑いながら放つ彼女を、樽前は全盛期の彼女の様相を自然と思い浮かべては笑みを溢していた。
「そうか、藍も大変やな」
「いえいえ、これが私の野望の為に必要なことなので……あっ、樽前さんこれだけは言っておきます――」
立花は、ゆっくりと立ち上がって手を差し出した。
「インパクトより“スキル&アプローチ”つまり建設的で的確な判断が出来る貴女が最適なんです」
その差し出された手と彼女の真摯な表情を交互に見るなら樽前はスッと立ち上がり、その手と手を合わせた。
「しゃあない、藍の頼みや……昔みたいに厳しく見てやるから、そこは安心せえや」
「はい、手心は加えてくださいよ……今は何かと厳しいですから、それこそ番組責任者に私が色々と言われてしまいますから」
2人は握手を交わすと、立花は深くお辞儀を。
――――6月30日 同時刻 サキ達の高校
「え、赤点は夏休み補習三昧!?」
ガタッと机と椅子を揺らして、声をひっくり返す。
クラス中がザワザワし、思わず担任も呆れた声を漏らす
「それだけ君達、高校二年生という時期は大切で重要だということだ、嫌なら期末テストの赤点回避したまえ」
担任の首筋からは雫が流れ、その頭頂が光を反射する。
「うわぁ、まじかよ全然無理だ」「終わった!」
クラス中が、またどよめく。
サキもまたその響きを放っては唸って机に垂れる。
「ヤバいヤバい‥‥」
この日から、美鴨サキにとっての地獄の一週間が始まった
期末テスト本番は7月7日金曜日。
彼女の学力で赤点回避となれば、1秒1分は惜しい。
追加でホームルームにて明かされた衝撃事実に
見れば分かる通り、一同は驚きを隠せずにいる。
『だから、言ったんです本腰を入れるべきだと』
サキの脳内には、そのイマの声が流れ込んでくる。
実際にはこの場にはいないのだが、あたかも耳元で叱咤が彼女には聞こえるのだ。
『そうして、怠っているから後になって焦りを感じて挙句の果てには自滅するんですよ?』
続け様に聞こえる。思わず頭を抱えるサキ。
「おい、美鴨‥‥特にお前はヤバいからな」
担任に名指しされ、またもや机に突っ伏して身体を捻る。
クラスメイトが彼女を見ると嘲笑が聞こえる。
「先生、ダメっすよ美鴨は筋金入りっすよ?」
「今から頑張っても、サキちゃんはオーディションで大変ですよ?少し救済してあげてください!」
「ただよ美鴨だけ赤点取って補習回避って不公平だぜ?」
クラス中が議論に満ちる。
サキに対しての諦観とオーディション云々の事情を把握している生徒達の半分の応援も含まれているのも事実。
サキは、頭を激しく抱えると縮こむ。
――――7月1日 新岡イマ 実家
「あぁ〜!もう嫌ダァァ!!」




