第7話 大雨の日、誓った事 前編
――――あれから約1週間 4月21日
澄み渡る青い空の下。
屋上には1番に太陽の光が降り注ぐ。
「今日も来ないね、カコちゃん」
そこにはいつもの3人……
いいや、美鴨サキと新岡イマの2人だけが
ベンチに座る。
「そうですね」
イマは相変わらず昼食にはコッペパン。
口をモグモグと動かしながら
何を見る訳でもなく、ただ正面を見ていた。
「既読はついてるのに……」
サキは、呟くと持っていたスマホの画面を見る。
《カコ〜今日も待ってるよー》既読
《ほらほら、おいしいおいしいカコの好きなグミとかも待ってるぜ!》既読
コレらは10分前、5分前にサキがカコに送ったメッセージであり――見事な既読スルーである。
「エミィさんと公園で話し合った切りですね……
3人で集まることがなくなってしまったの」
「……1週間かあ
練習トレーニングにも来なくなっちゃったし」
風の温度が、コッペパンの匂いが
煩わしく感じるサキ。
「カコはA組ですから、廊下などですれ違う事はあっても落ち合う事は悉くスルーされ
“避けられてる“のが現状……ですね」
サキは口を膨らませる
目線を自身の足へと映す。
「カコ……」
そして、切望する様に彼女の名前を呼んだ
「彼女にも時間が必要という事ですよ……」
イマはコッペパンの最後の一口を
放り込んで、無邪気に咀嚼する。
その後は立ち上がり、出入り口の方へ
身体を捻らす。
「え、もう戻るの?」
「はい……アタシはステップ2達成しましたし
カコさんも居ないという事なので」
サキはイマが教室に戻ろうとしていた事に
猫背気味だった彼女の背筋が伸びる。
「でも、来るかもしれないよ?」
「昨日も一昨日も、来なかったじゃないですか……彼女は今、悩んでる時です……
下手に介入は避けるべきですよ」
淡々と論理を述べるイマと
「そういう時こそ
私達が隣にいないとダメじゃない?」
チグハグと感情で述べるサキ。
どちらも親友を思う気持ちは変わらない。
「ヒビの入った足場に錘を乗せれば、それだけ破損するリスクは高まります……
即今、アタシ達は不必要です」
「“ヒビの入った足場”って……
イマは何でも、深く考えすぎだよ……」
ヒートアップしたのか
サキはいつの間にか立ち上がり
イマの袖を掴んでいた。
「いいえ、深く考えるべきです……
彼女は一度、エミィさんに自分が理想とする未来を否定された様なものですから……」
イマは、サキのその手を
自身の片方の手で重ねると
彼女の瞳をしっかりと見る。
「その前にも一度、彼女はサキと同じ様に本気で全力で夢を追い求めて断念したんです……」
サキはイマの瞳逸らさず。
静かに話を聞いた。
「サキのお陰で……またその夢を追い求めようとした、その矢先に今回の事があったんです……」
2人を照らす太陽が、雲に隠れると
「今、彼女は2度目の挫折と
真剣に向き合っているんですよ……」
屋上の、学校の大きな日陰が作られた。
すぐ近くのグラウンドには男子生徒らが産み落とす喧騒が雑踏が2人の耳に僅かに入る。
「親友ならば、信じるべきです……」
その瞬間、サキの唇が震え出す。
「そして、“アタシ達”を求められたら
……一目散に駆け付けましょう」
その後、午後の授業も終わり放課後。
美鴨サキの両隣には、いつもいた2人の姿形も無い
今日は1人で帰路を越える。
1週間ほど、カコとは既に帰れていなかったけれど、イマとは今日初めて叶わなかった。
何となしに、今日は2人に一緒に帰ろうと。
その一言がメール越しにも、背中を越しにも
サキは言えなかったのだ。
通りのコンビニに寄っても、信号で立ち止まってもバスに揺られていても、傍には誰もいない。
終始、サキの表情は靄掛かっていた。
こんなにも、2人がいない帰り道が
つまらなくなる事にサキは静かに唇を噛み締める。
自宅に辿り着いても、へばり付く
遣る瀬無い気持ちと、何かが足らない気分で
足を重く運ばす。
「ただいま〜」
「お帰りなさい、サキー……
ちょうどよかった――あっ、サキ〜?」
母親の声も耳が通らなかったのか
操られ人形の様にトントンと2階の自室へ。
「どは〜」
自室に入ると、脱力しつつカバンを場に落とし
力なくベッドに飛び込む。
制服はそのままに……シワになるなんて気にせず。
片手にスマホを持っているが
起動する気力も、何かを考える事も
今の彼女には重く感じた。
朧気になってるのを認識しつつ
仰向けになって、天井をジッと眺める。
次第に瞼が視界を遮る回数が少なくなった。
「イマの…………バカ…………」
全部をシャットアウトする前に吐き捨てた。
「私って…………ホントに……
1人じゃ何もできない…………や…………」
――――4月23日 今日は土砂降り。
日曜日のこの日も、いつもなら
あの公園で練習トレーニングをする事になっている
《ねね今日、大雨だけど練習するの?》既読2
《今日は、各自、自主練にしましょうか。》既読2
3人のグループチャットは
ここ最近、サキとイマの会話しかなかった。
《カコ〜あのスタンプ見たい!なんかウサギみたいなのが魚咥えてるの!》既読2
サキなりにさり気無く、会話をしようと
カコに投げかけるも、既読スルー。
「ハァー……」
自主練の事を考えながらベッドの上で寝転がるも
やっぱりカコの事が気になって仕方がない。
雨音の一定のテンポ。
自室の時計の分刻み。
下で母親が家事をする物音。
そのどれもが、彼女の心を急かすみたいに
絶え間なく続いていた。
「よし……動く……か」
何分、経ったのか分からないが
いくらなんでもサボりはよくない。
そう思った瞬間に
スマホがピコンと鳴った。
「ん?」
覗くと、カコからの返信だ。
なんのキャラクターなのか分からないが
“ピンク色のウサギが魚を口に咥えてる”
例のスタンプが送られていた。
「カ……コ!?」
《おおっ!返信来た!そう、そのスタンプ!
それが見たかったよカコ〜!》既読2
サキが慌てて、この期を逃さまいと返信を返す。
――――――櫟木カコ自宅
喫茶店「ウッドッペ」
店内には数名の客にカウンターにカコ。
「……」
カコが、先程のサキの返信を見て
固い表情で見つめていた。
「送れたか、メッセージ……」
喫茶店のマスターである父親が
繊細な手作業を丁寧にこなしつつ
カコを目配りする。
「ううん……スタンプ……」
店内BGMが雨音に負けじと流れ続ける。
窓には大量の雨粒が入れ替わり激しく打ち付ける。
疎な客は、常連客であり穏やかにそれぞれ
過ごしていた。
「それでも送れたじゃないか……一歩ずつだ
次は言葉を使って伝えてみようか」
「もう……嫌われちゃってるよ……」
カコはスマホの画面を閉じて
机に突っ伏した。
「本当に嫌われているなら……美鴨さんも新岡さんも毎日、連絡しては来ないさ」
現在のカコの心情。
それは一筋では言えない多重構造である。
自信の失墜。夢への活力不足。
自分である必要性。
可能性の否定。許せなかった自分……
回り回って、一周しても答えは出ない。
プラスして、ここ数日の2人に繰り返した
無視に近い敬遠が罪悪感となり
結果的に雪だるま式に大きくなっていき
後に戻ろうとしても戻れない所まで来てしまった。
「……そっか」
もういっそ、自分を嫌って欲しい。
潔く縁を切ってくれても構わない
そんな事すら思ってしまう現状であった。
「カコの気持ちってのは正直
2人にも伝わっているさ……」
「うん……2人なら多分、ワタシがなんで
避けてるのかも、戻れなくなってるのかも全部
分かっていると思う……」
カコは若干の不貞腐れ気味に
父が出してくれたコーヒーをゆっくりと口へ。
「もうワタシは……2人に顔を出せないよ……」
コーヒーカップの底。
そこには少量の残ったコーヒー。
「だって夢を諦めようとしてるんだよ……
お父さんも、ガッカリだよね」
父親は静かに聞く。
雨音が彼女の語り口を軽快には魅せないが
相容れない2つの音が店内に篭る。
「こんなへタレなワタシが2人に混ざったって
迷惑をかけるだけだよ……あ、ほらワタシの代わりなら2人は直ぐに見つけれる……」
逆に雨音が彼女の語り口をヒートアップさせるのか
遂には聞く父親が彼女の自虐と卑下の数々に耳を背ける様に目を閉じた。
「最近、篠宮エミィちゃんとも仲良さそうだし……ワタシより可愛くて、芯もあるし……」
「カコ……カコ……辞めなさい」
父親が静かに語気を多少強めてカコに被せた。
「俺が言いたいのは――」
それまで、抱えていた物を吐き出していた
虚な彼女の瞳が、唇がハッとさせて止まった。
「2人は今も“待ってる”って事だよ」
父親の一言を聞いて、そして父の眼を見て
自身がどれほど自分の悪口を言ったのか
此処で初めて理解した。
ただ、その父の瞳は軽蔑の視線でもなく。
ただただ優しかった
彼女は今にもはち切れそうな心を
繋ぎ止める様に真っ黒のスマホに目を向けた。
「っ……!」
起動した、そのスマホを捉えると。
声にならない声を喉に抱えながら
カウンター席から離れる。
そして――喫茶店から
傘も持たずに外へと駆けて行った。
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