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頭の中でひとつの言葉だけが明滅する。
「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」
言われたとおり、一番古い木造の体育倉庫の中に入り、壁に空いた穴を使って薫たちは外に出、しばらく走って駅へと飛び込んだ。
「まあ。
ここはどこですの?」
金髪碧眼眼鏡のエルフ耳少女が目を丸くし、
「駅……とあるようですが、随分と小さいですね」
銀髪の少女が首を傾げる。
「ああ、そう言えば思い出しましたわ、確か『駅』という場所には汽車という乗り物が来るのですよね?」
ぱちん、と手を叩いてエルフ耳の少女が嬉しそうな顔になった。
それを見て銀髪の少女は微笑み、
「ああ、そうです、よく覚えておられました姫様。
確か蒸気で動く乗り物のはずです。
タイハンにはかなりの規模の物があると聞いていますが……ここもそういう場所なのですか、騎士殿?」
と薫に尋ねる。
「ええとまあ、そういうコトです、ハイ」
そのやりとりを聞いて、どうやらどちらも「駅」はともかく「電車」の意味が分からないらしいと薫は考えた。
(どんなトコから来たんだろう?)
とは思ったがそれどころではない。
電車にこのふたりを連れて乗らなければならなかった。
「えーと……」
とりあえず、行く先は家しか思いつかないので、自分はいいとしてもふたりのキップは必要だ。
切符代は少年が出すことにした。
今の様子では買い方はおろか、お金も持っているかどうかは怪しいし、聞いてもまともな答えが返ってくるかどうかはもっと怪しい。
幸い、小遣い日は昨日だったので薫の懐は暖かかった。
「……時間かけずに金かける、か」
一緒に暮らしている祖父が以前言った冗談を思い出して、薫は溜息をついた。
懐が暖かいとはいえ、それは「いつもに比べて」でしかない。
まあ、実際には清涼飲料水を何本か諦める程度のレベルだから問題はないが、これから先、どれだけの出費が……いや、それ以前に財布を使える場所にいられるかどうか。
(刑務所の中って、そういえばコンビニも本屋もないんだよなあ)
縁起でもないコトを考えながら改札をくぐる。
ふと、駅中の職員の視線が自分に突き刺さるのを薫は感じた。
「?」
最初は後ろにいるふたりに注目が行っているのだろうと思ったが、明らかに駅員は薫の顔と格好を見て首を傾げている。
しばらくして気がついた。
そういえば、慌てていたのでメイド服姿のままだ。
着替えをしようにも、さてどこですればいいのか……いや、それ以前にそんなヒマはない。
泣きたいぐらい情けない気分で、薫は先を急ぐことにした。
顔から火が出そう、という言葉の意味を痛いぐらい噛みしめながら駅の階段を上る。
「あら、ちょっとお待ち下さいな」
「姫様、お足元にご用心を」
後ろのふたりを怒鳴りつけてしまいそうになるのを、ぐっと堪え、そんな自分が偉いと本気で思った。
「まあ、下と違って上はかなり広いのですね?
ここに汽車が来るのですか?」
「……とりあえず、この白線の内側……じゃなくて、僕の後ろに並んでください」
「はいはいっ」
楽しそうにエルフ耳の少女は薫の後ろに並んだ。
やがて轟音を立てて電車がホームに滑り込んでくる。
「きゃっ!」
驚いてニファーリアは耳を押さえ、シャルロットは腰の後ろのホルスターに手をかけ、銃がないと思い出したのか、その隣のナイフの鞘に手を伸ばす。
「さ、乗りますよ!」
少年は構わずに手を引っ張って乗せた。
金髪眼鏡の少女を引っ張れば、自動的に銀髪の少女も付いてくるので、誘導は楽といえば楽だ。
だが、背中にべっとりと「お巡りさんが追っかけてくる」という恐怖が重く張り付きすぎていてそんなことを考える余裕はなかった。
日曜の、しかもまだ夕方前なので中はガラガラに空いていて、ふたりを目立つことなく座席に座らせられた。
「話には伺っていましたが、凄い音がするのに、扉が閉まると驚くほど静かなのですね」
ほっとした表情でニファーリアが言い、少し緊張を解いたシャルロットが、
「同感です、姫」
と頷いた。
やがて、電車が加速を始める。
「あ、シャルロット、すごい速さですよ、この乗り物!」
「おお、まるで川の流れのように風景が!」
電車が動き始めると、少女たちは思わず声をあげて窓ガラスに張り付くようにして膝立ちになり、流れていく風景を真剣に見つめていたが、薫はそれを注意するどころではなかった。
マナー違反は承知でスマホを取り出し、ニュース番組をチェックする。
速報サイトにも事件はまだ上がっていないらしかった。
とりあえずは安堵する。
駅に着くと、もうふたりは完全に薫に主導権を渡すことにしたのか、それとも驚くのも飽きたのか、「こっち!」と言うだけでついてきてくれた。
着替えるヒマさえ惜しく、いつもとは違い、駅前通りの裏を通って少年は数年前から暮らしている祖父母の家に帰った。
ただ一介の高校生に他に隠れ家などあるわけはないし、混乱状態の頭では家に戻るのが精一杯だった。
銀行員をやりながら、先祖伝来の剣術道場を守っていた祖父の家は、都心から離れた場所にある古い建物、ということを差し引いてもかなり大きい。
その佇まいが目に入って、ようやく少年は安堵の溜息をついた。
「ただいま!」
と引き戸に手をかけてから、今日は祖父母共に親戚の法事で留守だと思い出す。
バッグの中に手を突っ込んで鍵を取り出そうと思ったら、同時に見たこともない番号から電話がかかってきた。
「!」
警察がもうこちらの携帯を割り出したのか、と一瞬緊張し、どうしようかと迷ったが、とりあえず取ってみる。
『あ、薫君』
耳慣れた腐女子、斎京楓の声だった。
「なんだ、斎京さんか」
安堵で溜息が出る。
クラスでも親しい男子しか知らないはずの薫の電話番号をどうして知っているのか不思議に思ったが、楓はあっけらからんと、
『聞いたのよ、男子から……あ、それと例の騒動、何とか誤魔化しておいたから、安心して。
多分警察はもう調べないと思うわ』
思わず少年は安堵のあまり膝から崩れそうになった。
「ありがとう、感謝するよ、本当にありがとう」
何も知らない薫は心の底からの感謝の言葉を電話の向こう側のタクティカルな腐女子に捧げる。
実際には楓のおかげではないのだが。
『ま、今回のこたぁ貸しってことでね』
「判った」
『んじゃ、またね……あ、後夜祭はさすがに今日中止で、撤収とかも含めて明日やるってさ』
「了解」
スマホを切って、少年は長い溜息をついた。
となると、このふたりをどうするか、だ。
「あのぅ……カオリさま?」
「それは、何でしょうか?」
「あ、スマホ。
見たことない?」
「はい」
(……いったい、どういう外国から来たんだろ?)
だが、以前見たドキュメンタリーだと未だにスマホどころか、電気のない場所もこの世界にはまだ多くあるというから、不思議ではない……かもしれない。
「まあ、とにかく当座の危機的状況はなしになったから、この辺はそのうち教えて……って、あれ?」
あることに気がついて、少年は首を傾げる。
いつの間にか金髪の少女は流暢な日本話を喋っていたのだ。
「まあ、とりあえず上がってください……事情を聞くにも、ここじゃなんだし」
「はい」
にこにこと、嬉しそうに金髪のエルフ耳少女は頷き、
「は」
銀髪の少女はかしこまって頭を下げた。




