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「がんばれよー」
と廊下で手を振った後、ギャルソン姿の斎京楓は「うーん」と細い顎に手を当てて考え込んだ。
「さて、これで薫クンは脱出させたけれど、女装による同性の視線への覚醒は、これじゃダメねえ」
ぽつりと呟く。
女性は現実状況への対応が男と比べると驚くほどに柔軟で素早いという。
普通なら、破壊された教室に対するほうに意識が向くべきなのだが、女性であるということを差し引いても、どうやらこの少女もただ者ではないらしい。
「女装喫茶で同性の視線を集めることで、ちょっとずつ同性愛への『回路』を開かせようと思ってたんだけれど……」
薫が聞いたら怒りだすこと請け合いの、身勝手な妄想に基づく計画の頓挫を残念そうに口に出したものの、少女はすぐに気を取り直し、
「ま、あの格好のまましばらくあちこちうろついて、校外の誰かに見初められる可能性もあるからいいか」
とまた物騒きわまりないことを口にした。
「それよりも今はこの状況をどう説明するか……あれ?」
振り向いた少女はぽかんと口を開けた。
先ほどまで窓ガラスをぶち抜かれ、天井を落とされ、壁と言わず床と言わず、切断された巨大な石の破片や断片が突き刺さっていた教室は、何事もなかったかのように全て数分前と同じ状態にあった。
唯一、状況が違うのは、これまた元通りの形になったまま、大石が三つ、まとめて教室のど真ん中に鎮座していることだけだ。
「あ、あれ旧校舎裏の庭石だったのか」
元に戻ったことで、ようやく楓はその大石がどこから持ってこられたのかに気がついた。
「しかしこっちのほうがよっぽど説明しづらいんだけどなぁ」
溜息が出る。
携帯が鳴った。
『楓ちゃん?』
隣の教室に避難させた滝沢真衣からだった。
『あのね、あのね、今教室に戻ったら、壊れた窓とか、床とか、全部元通りになってるの!』
「……そっちもかぁ……」
パトカーが停車して、ドアが開く音を通くに聞きながら、楓はその頭脳をフル回転させた。
「いい?
何があっても知らぬ存ぜぬで通すの。
真面目に警察に言っても頭を疑われるだけだからね……そうね、いきなり爆竹を投げ込んだバカがいて、パニックになった、って……いや違、っわ、バンバンバン、って音がして、爆弾だと思ってみんな逃げ出した、そう言って頂戴、判った?」
『オーケイ、バンバンバンでキャーッ!
ね?』
「そう、あとはアタシがそっちに行ってその線でもう一度事情説明するわ」
そう言って、楓は携帯を閉じた。
ふう、と溜息をついて、しかる後に眼鏡を輝かせながらその口元に三日月のような笑みが浮かぶ。
「でも、面白いわ」
くっくっくっくっくっ、とあまり女性が漏らすものではない類の笑い声に混じって、 少女は続けた。
そして、カマーベルトの後ろに差していた物を取り出す。
「あの金髪のお姫様のエルフな耳だけでも何かありそうなのに、こんな物まで出てくるんですもの、絶対に面白いわ」
最初に銀髪の少女が飛び込んできたときに腰のホルスターから引き抜き、ボンデージ美女にはじき飛ばされた物だ。
ゴテゴテした中折れ式の古いデザインのリボルバーだが、深い闇色に輝くぴかぴかの新品だった。
「どう見てもウェブリー&スコットのMKⅡだけど、3インチ銃身の上に打刻されてる文字はこの世界のどの文字でもないし、機構が一部変わってるし、スクウェアグリップのMKⅡなんて存在しないはずなのに」
マニアックな知識を誰にともなく呟くと、少女はその短銃身リボルバーをカマーベルトの前の部分に深く押し込む。
「薫君だけでも面白いのに、これは斎京楓十六年の人生の中で最大のお祭り騒ぎの予感がするわ、予感がねッ!」
びしいっ。
身体をねじりつつ、あらぬ方向を少女は指さして断言した。




