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ニファーリアの転移魔法で最初に出たのは秋葉原駅の片隅、次に出たのが私鉄の駅、次に薫の通う学校の近くの駅、そして再び秋葉原に出て、ようやく最後に薫の家の近くにある公園だった。
「さ……っすがに五回連続の転移魔法は、きつい……ですわね」
ふら、とよろめくニファーリアを、薫よりもシャルロットが支える。
「……あ、だ、大丈夫?」
薫は後ろめたさを覚えながら少女にしか見えないハーフエルフの美女の体調を気遣う。
「大丈夫です……でも、これで相手の追跡はしばらくごまかせると思いますから」
直接薫の家の玄関に転移魔法を使うと、相手が魔法を追跡する術を心得ていた場合、そのまま拠点である薫の家へと案内することになる。
だから数回の転移のあと、薫の家の近くへと出たのだということにようやく薫は気づく。
「ともあれ、早くカオル様の家へ戻りましょう」
「あ。
う、うん」
こっくり頷く少年の袖を、そっとエストが引っ張った。
「カオル様……あの少女、どう思う?」
口調が、先ほどの余韻なのか、少しざっくばらんな物になっていた。
「分からないけど、魔法を使ったってことはどっかの国の戦神騎士なのかな?」
「それもそうだが……あのガキの影だよ。
あたしが言ってるのは」
「影?」
そういえばそこまでは観ていなかった。
「ああ……あいつ、何もない後ろに向かって掛け合い漫才してたが……床に落ちていた影、あれは間違いなく龍の影だった」
「龍?」
薫はさすがにたじろいだ。
そういえばエストたち、ニファーリアたちの来た世界は神が現実に存在してあれこれ人間世界に干渉したりもする中世ファンタジーの世界なのだから、龍が居たって不思議ではない。
「ああ、一度だけ、子供の頃に観たことがある……だが、建物の中に入れるサイズのドラゴンなんて観たことがない」
「そんなに大きいの?」
「一番小さなモンでも、言葉が話せるぐらいのやつなら家一軒ぐらいはあるよ……あの子供、ただの剣使いじゃない……頭にもティアラなんて乗っけてるし」
「王族だとしたら調停王女?」
「だろうね」
「……」
龍を従えている王女、彼女の元にいる戦神騎士とはどんな存在なのか。
「……そういえばいくつか特例が認められているんだっけ」
戦神騎士になった途端、戦神によって植え付けられた知識により、異世界人である薫は、調停王女と騎士の中には「特例」があることを知っている。
「テオラッド、シュパンドゥール……」
あの少女が背後にいる龍の影……正確にはその見えざる実態に向けて放った単語を思い出す。
「聞き覚えありませんか、エストさん」
薫にとっての異世界の知識は魔法の体系や使い方、および国交決闘におけるもので、世界の地理などは入っていない。
「それが……どこかで聞いたような気はするのですが」
エストは首をかしげる。
「シムト様、聞き覚えはありませんか?」
背後の主に尋ねると、
「テオラッドは確か北方の山の名前だ。
あのあたりは小国が多くて、たしか七つぐらいの国の国境の真ん中にあったと思う」
さすが王族だけあって知識があるようだった。
「そうですね、確かレオニク、タムリルス、マイターとスミナオにアレクタイ、ヌフェイル……そいえばレオニクは内乱で国名が最近変わったのでは?」
アドネがフォローを入れるが、こちらもどうも心許ない。
「国交決闘をする余裕のある国はそんなになかったと思います。
あの辺は未だに政情不穏ですから……しかし、さっき壁を斬った太刀筋は見覚えがあるのですが……すみません、今は思い出せませぬ」
「……」
つまり、どこの誰だか分からないということになる。
「ふふふふふふふふふふ」
不敵な笑い声は、一行の背後から聞こえてきた。
「汝らが知らぬとは、己の無知を恥じるがよい」
声の主はあの少女だった。
「その前に」
振り向きざまに大剣が振られ、その瞬間爆発のような風が扇状に広がるのを、薫は「見た」。
悲鳴をあげて数名の男たちが、それまで隠れていた公園の茂みの中から後ろへ吹っ飛ぶ。
「邪魔ものを先に何とかせねばな……ぬん!」
少女は大剣を片手で構え、その陰に隠れるようにした。
間髪入れずに面を向けた剣の表面、甲高い音と共に火花が散る。
爆竹が破裂するような音が遠くに聞こえたのは僅かに遅れて、のことだ。
「な?」
一瞬、何が起こったのか薫には理解できなかった。
「銃だ!」
シャルロットが少年に飛びついて、ニファーリアごと地面に押し倒す。
ブランコの支柱に火花が散った。
シーソーの板の端がえぐれ、ジャングルジムにも火花がいくつも散る。
(弾丸?)
(撃たれてる?)(狙われてる?)(殺される?)(ここ日本だぞ?)
一瞬、様々な言葉が薫の脳裏に展開される。
「おのれ、遠くから狙い撃ちか卑怯者!」
大剣の少女はそう叫びながらも器用に銃弾を受け続ける。
「わきゃ!」
遙か頭上で妙な声がして、へろへろと何かが薫の前に降ってきた。
ペにゃん、と地面に張り付いたのは……
「チビバル!」
「っはほにゃあー」
妙な声を上げながら二頭身の自称戦乙女、チビバルが仰向けにひっくり返った。
額にあたる部分の鎧が軽く凹んでいるところを見ると、どうやら上空で流れ弾にでも当たったらしい。
血も出てないから単に当たって気絶しているだけであろう。
偶然と言えば偶然だが、天の上にいる誰かさんに感謝している暇はなかった。
「チビバル!」
伏せたままの状態で手を伸ばし、少年は目を回している二頭身を頭の上にのせた。
「シャルロット!」
薫の声に、シャルロットは彼が何を望んでいるかを察し、「うむ!」と頷いてその手を強く握る。
薫は空いた片手にはめた指輪を前歯を使って回転させた。
かちり、と音がして大地母神の祝福を受けた性転換魔法が発動した。
動く標的を狙うのは難しい。
まして町中で、安定した政治状況にある法治国家であるともなれば。
それでも彼らは「プロ」だった。
必要な報酬と情報を与えられた以上、しくじるわけにはいかない。
が、射撃開始直前から吹き始めた横風と、銃弾を苦もなく巨大な剣の刀身で受ける少女が現れるとは誰も思っていなかった。
おかげで初弾を外し、今は何とか標的をその場に釘付けにしつつ仕留めるという方向に攻撃を修正せねばならなくなった。
いつもなら、初弹を外した時点で迫撃砲などの大規模攻撃に切り替え、さらに狙撃を、という手が使えるが、依頼人の注文はあくまでも「目立たぬように」のため、ライフルでちまちまと釘付けにし、なるべく早く標的を仕留めるという手段のみだ。
「くそ、やはり五十口径にしておけば!」
大型のライフル銃を構えた「彼ら」のひとりが呟いた。
「無駄口を叩くな、撃て、手足の先を狙え」
頭をそり上げた、カミソリで白木を削って作ったような風貌の狙撃チーム……いや、この傭兵集団の長、クラウス・シュタイクが言い、照準を修正していく。
彼らの使っているボルトアクションライフルは、銃規制の厳しい日本国内でかろうじて入手できたレミントンのもので、口径も大きくない。
日程に余裕があれば、分解した大口径の対物ライフルを持ち込めたのだが、今回は僅かな差で不可能となっていた。
あの大剣がいくら丈夫とはいえ、厚さ五センチの特殊鋼板を五百メートル先からぶち抜く武器なら問題なかったはずだ。
幼い子供たちを含めた少年少女たちを殺す、という事に躊躇はなかった。
彼らはよく訓練された兵士であり、疑問を抱かないことがその第一条件だからだ。
何故、に彼らの興味はない。
必要なのは「いつ、どこで、誰を」そして「幾ら」だ。
とにかく、問題なのは標的が奇妙な特殊能力を所持しているという事実だ。
未だに信じられないが、確かに依頼者の情報どおりに、一瞬にしてあのひと気のない公園に現れたのだから事実だろう。
だとしたらあとは事実に基づいて、予定通りにやるだけだ。
撃ちまくり、相手の身動きを封じる専門の役割のもの、そしてその間に一撃必中を狙うもの……だが、横風が計画を無駄にしていた。
さらに言えば時間の問題がある。
この国の警察は優秀で真面目だ。
アメリカほど血気にはやり、犯人射殺に対して抵抗がない、というわけではないが、それでも撃つときは撃つようになって久しい。
まして、彼らはモンゴロイドではなく金髪碧眼、もしくは肌の色が浅黒くとも青い目で彫りの深いコーカソイドに分類される外見であり、この国の中では目立ちすぎる「ガイジン」なのだ。
予定ではあと二分以内。
何か、流れ弾を食らったらしい鳥が相手の側に落ちるのがスコープ越しに見えた。
標的のひとりが、哀れに思ったのかそれともとち狂ったのか、引き寄せて頭にかぶるようにする。
もうひとり、銀髪の少女こちらは拳銃で武装しているという資料があった……の手を取り、何かを話しかける。
空いた手を口元に持っていく。
(今だ)
その美しい顔のど真ん中に狙いをつけ、男はゆっくり、静かに……そして確実に引き金を絞る。
そっと、粉雪が白樺の枝に落ちるような……そんなイメージ。
発射の反動が肩を蹴り飛ばした瞬間、上に向いたスコープ越しに、標的が消えたように思えた。
(?)
スコープは銃に取り付けられている。
銃口に対して真後ろに作用する発射の反動は肩でベクトルを変えられ、上を向くのだからスコープの視界は上へずれる。
が、それよりも先に、標的の少年が消えたような気が、したのだ。
だが精神の疑問が具体的な言語の形を取る前に、訓練された肉体は再び銃口を戻し、 次の一弾をたたき込むべく動いて……。
周辺が暗くなっていた。
優秀な狙撃手はいかなる時もスコープから目を離さない。
銃と一体化した存在こそが優秀なスナイパーだからだ。
が、このときは本能が彼の目を二十倍のタスコ社製スコープから離した。
上。
そこに、人の影が浮かんでいた。
影ではない輪郭だ。
どんな?
網膜に映った情報が脳に到達するよりも速く、爆風に似た何かが彼と、その部下たちを一人残らず屋上から吹き飛ばした。
空中でそれでも彼は装填棹を操作し、銃口を向けた。
が、恐ろしい、別の衝撃がライフルの機関部の先、銃身と薬室の接合部分に炸裂し、空中で男はライフルの衝撃部分を中心に半回転した。
天地逆になった男の見開いた両目……左目は相手の姿を、右目はスコープ越しに相手の顔のアップを映した。
シャツにジーンズ、その上から両腕と両足に装甲を付けた標的が、そこにいた。
巨大な、中世の騎士どころか、今時はファンタジー映画でさえ「リアルではない」と一笑に付されそうな長い柄と長い刃を持つ長剣を振りかった、前のめりの姿。
踏み出した右足の下、コンクリートが砕けて舞い上がっていくのが、スローモーションのように彼の目に流れていく。
美しい横顔……少年の視線だけが動いて、こちらを見た。
左から右に振り抜いていたとおぼしい剣を、再び左肩の上に、両腕を交差するようにして構えながらゆっくりとこちらを向く。
(殺される)
とっさにそう思った。
相手とこちらの距離はすでに十メートルを超え、こちらは放物線を描いて落下しつつあるのに、何故かそう確信した。
(あの剣が振り下ろされた瞬間、オレたちは真っ二つになって消える)
それは、この前の仕事で使った安ホテルのケーブルテレビで見た、中国製のファンタジー映画そのままの場面だったが、それぐらいしか、銃弾と刃と暴力というリアルな世界にのみ生きてきた彼の人生において、想像するためのよすがは無かった。
剣が動き始め、男は生まれて初めて神に祈った。




