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チビバルが目を回していたので無事に発動するかは賭だったが、どうやら大丈夫だったらしい。
薫は大剣に両腕の籠手と化した(チビバルの時には延長パーツがつくのでこの姿になる)シャルロットと共に、女性化し、戦神騎士の能力を発動させた。
弾丸が飛んでくる方向を空気の切り裂く感覚から判断しつつ自分の足下の大気を圧縮、解放して瞬間加速しつつ、さらに左肩に担ぐようにし構えた剣に風を螺旋状に収束させながら狙撃手たちにたたき込んだ。
が、チビバルが気絶しているのがまずかったのか、相手は地面に倒れるのではなく足下をすくい上げられるようにして高々と空中へ放り出されていた。
なお、ここは例の公園を見下ろす位置にある高級マンションで二十階の屋上。
落ちれば即死は免れない高さだ。
(まずい!)
殺すつもりは薫にあるはずがない。
(カオル殿!
下から風を散らすようにして減速させてあそこへ!)
シャルロットの意識がビルの近くにある街路樹の上へ減速させつつ彼らを落とすという案を提示する。
言語すら交わす必要のないこの状態のありがたさで、瞬時にカオルは回転しつつ、風を再び剣にまとわせて解放した。
下から吹き上がるように、大きな花が開くようにイメージして出力を調整する。
ついでに数回剣を振ることで微調整した。
屋上にいた十人以上の狙撃手たちはそれぞれに街路樹の上に、本来の速度の十分の一以下の速度で落下し、体重で枝をへし折りながら路上へたたきつけられた。
「わ!」
慌てて屋上のふちから下を見下ろす薫だったが、少年の心配をよそに、全員がよろよろと立ち上がり、呆然とこちらを見上げた。
道路沿いをたまたま歩いていた近所の住人が目を丸くする。
そのまま再び銃を向けてくるか、とも思ったが、そんなことはなく、彼らは見物人の何人かがスマホで警察を呼び始めたと気づいて、よたよたと互いに支え合うようにして逃走を始めた。
(大丈夫かな?)
(カオル様が落ちる早さを落として差し上げましたから大丈夫でしょう)
シャルロットが請け合う。
(せいぜい、あの木の上から落ちたのと大差はありません。
彼らも鍛えているようですから、打ち身程度ではないかと……我々もここから去りましょう)
(でも……)
さっきの着地の瞬間、薫の足はコンクリの屋上全体が凹むほどの放射状に広がるほか亀裂を走らせていた。
(……ん、ななんじゃ?
い、いつの問に我は変化しておるのじゃ?
カオル、シャルロット、何があったのじゃ?)
どうやらようやくチビバルは目を覚ましたらしい。
(あ、チビバル。
悪いんだけど、ここらへん、壊したものを元に戻せない?)
(馬鹿者、それぐらいニファーリアにさせよ。
だいたい、戦神が修復の方法など知るわけがなかろう)
なるほどもっともな話である。
(仕方がない、ファリイに来てもらおうか)
(ならば急げ、ケーサツとやらが来るのであろう?)
「なんじゃ、殺しておらんかったのか」
偉そうな声が頭上から聞こえた。
「?」
薫が見上げると、そこにはあの大剣を鞘に収めた少女が、腕組みをして仁王立ちになっていた。
空中である。
そこにとどまれる理由らしいものはひとつだけだった。
少女の背中から、真っ黒い、コウモリのような翼が左右に広がっていたのだ。
ただし、羽ばたきもせず、片方が差し渡し二メートルもない。
「理由らしい」としかいいようがない程度の代物だ。
が、それに驚くよりも先に、薫は顔を赤らめてうつむいた。
「お前、随分と優しいな、戦場では死ぬぞ。
奴らはだいたい……」
なおもご高説をたれようとする少女へ、薫は目を籠手をはめた右手で覆いながら声をあげた。
「どうでもいいから、下に降りて!」
「なんじゃ?
おぬし人が高いところにいるのを見るのも苦手な高所恐怖症かえ?」
「違うったら!」
婉曲に表現するには色々切羽詰まっていたので、少年はストレートに叫んだ
「スカートの中、見えてるってば!」
一秒足らずの間。
「!」
薫と同じぐらい顔を真っ赤にした少女はスカートの前を押さえ、翼を折りたたむとひょこっとビルの屋上へ舞い降りた。
「み、見たな!」
「見てない、見てないってば!」
「嘘じゃ!
見たであろうわらわの一張羅を!」
「見てないってば!」
薫は声を張り上げて後ろを向いた。
「見てない、見てない、何にも見てない!」
そう言いながらブルブル頭を振って、フレアスカートの奥に見えた、白い、フリルで飾られた可愛い布の情報を脳内から消去しようと必死になった。
ただでさえ女装させられたり告白されてワタワタなのに、さらに幼女のスカートのを見たということにでもなれば、世間的にはどんなレッテルを貼られても文句は言えない。
(平然として居れば問題は無いですぞ、騎士殿)
シャルロットの意識が少年の片隅でため息をついた。
屋上の騒動に警察が来る気配を感じ、新宿にいた巨漢……セルゲイ・リコンスキー元大佐は手にしたライフルをケースにしまい込んだ。
H&Kの狙撃銃はここ数年でもっとも手になじんだ武器だ……そうでなければ、空中に放り投げられた男の構えたレミントンの機関部と銃身の接合部を狙って撃つことは出来ない。
恐るべき離れ業だが、男にとっては「当然」のことだった。
あのままだったら銃弾はあの少年……城崎薫を撃ち抜いていたかもしれない。
確率は低いが、それをゼロに近づけるのが自分の仕事である以上、「成すべき事」だったに過ぎない。
仕事はまだ続く。
そのためにはこのライフルはまだまだ役だってもらわねばならない。
少女は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「おのれたとえ戦神騎士、不慮の事故とはいえ、嫁入り前の娘の、その、あの、えーいとにかくこんな大事を引き起こしよって、そこへ直れ、成敗じゃーっ!」
「姫様、相手が見ていないと仰っているのです、その辺で許してやりなさいませ」
また、どこからともなく青年の声。
今回は珍しく取りなすような色がついていた。
「しかしだな、シュパンドウール!」
「こういうときだけきちんと呼ばないでくださいませ。
戦場においては常に臨機応変、それは姫様の口癖ではございませんか」
「ぬ……」
「姫様なにとぞこのシュパンドウールに免じてここは御寛大かつ英明たる処置を」
どうやら姿無き声の主は王女と呼ばれた少女の激情がこれ以上あらぬ方向へ暴走しないようにしてくれたらしい。
少女は大剣の柄に当てていた手を離し、コホンと咳払いした。
「ま、まあシュパンドウールがそこまで言うのであれば致し方ない」
「姫様、とりあえずここは後片付けをいたしましょう。
盟約によってこの世界の物質破壊は最小限度に押さえねばなりませんし、これからニファーリア姫を連れ帰るには時間がかかりすぎます」
「ぬ……し、仕方があるまい」
言うと、少女は高々と右手をかざした。
その人差し指にはニファーリアの指にはまっているのとよく似た形の指輪がある。
「大地母神の名において命ず、指輪よ、この場所にもたらされた破壊を修復せよ、昨日と同じ状況に差し戻せ!」
言葉が終わると同時に、フィルムの逆回転のような現象が起こった。
すり鉢状に落ちくぼんだ屋上は持ち上がり、亀裂は徐々に縮み、最後に砕かれたコンクリートの欠片と煙状になっていたコンクリートの粒子が吸い込まれていく。
二秒もたたないうちに、すべては元に戻っていた。
「……すごい」
素直に薫は呟いた。
いつもニファーリアが「状況を修復」するときはどたばたしていて見ている暇はなかったし、もっと短い、ほぼ一瞬だから細かいプロセスを見る余裕はなかった。
「どうじゃ、すごいじゃろう。
大地母神の神官でもないのにこれだけのことが出来るのはわらわの才能故じゃ」
「姫様、嘘はよろしくありません」
青年の声が再び温度を失った。
「単純にその指輪の契約者が我がマイター・スミナオの第三王子、王女のみ固定されているだけのことでございますし、姫様の集中力が散漫ゆえにこれだけの時間がかかるのでございますよ?
達人ならば一瞬ですべてを終えております」
「シュパンダウ!
少しは黙れ、この駄龍めが!」
またも少女と姿無き声の掛け合い漫才が始まりそうだと思い、薫は割ってはいることにした。
そろそろ遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきている。
「えーと、ご、ご協力ありがとうございます、でもそろそろ急がないと……あ、僕はそのソグディアナの戦神騎士で……」
「知っておる、カオル・シロサキ……かの伝説の戦神騎士の子孫じゃろ?」
「は、はあ」
「わらわの名は」
そう言って、少女は両の拳を腰に当て、真っ平らな胸を張った。
「エルミリア・ド・アレクラアーム・スミナオ・マイター!
マイター・スミナオ共同王国の調停王女にして戦神騎士じゃ!」
そして、不敵な笑みを浮かべてぐいっと薫を指さす。
「わが、マイター・スミナオ共同王国は、汝らソグディアナに対し、国交決闘を申し込む!」




