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ふたりはそのまま店を出る。
エレベーターを使わずニファーリアの転移魔法で階下に降り、その後を追うシャルロットには心なしか、ふたりの距離が縮まったような気がした。
「なんか、いい雰囲気よね」
ぽつり、と真衣が言い、思わず頷いてしまう。
終電までのわずかな間、ふたりは靖国通りへ引っ返し、小さなコーヒーショップに入って話を続ける。
のべつ幕なし、ではない。
ぽつぽつ、とエストが話をして、薫がまたそれに答える。
しばらくして、薫がぽつぽつと話して、エストが頷いてぽつぽつと答える。
ニファーリアが魔法を使っているので会話の内容は聞こえてくるが、お互いの家族の話や、これまでの戦闘訓練など、他愛のない話だ。
(随分と絵巻物とは違うではないか)
シャルロットは首をかしげる。
普通、逢い引きというのは吟遊詩人や書物の語るところではバラの花咲く庭園、あるいは海岸沿いで、互いのことが好きだの愛してるだの瞳の中に虹だか星だかを見いだして互いを褒め合うものではないのか。
そして、男はあわよくば女の肉体を狙うために心にもないお為ごかしを並べ立て……
(いや、それはまあ、我が師匠の偏見というものだが)
シャルロットはついつい考えが女人国の戦士であった「育ての親」の知識に偏りがちな己を反省する
(それにしても)
シャルロットは内心首をかしげていた。
まあ、いきなり「ああいう場所」で男女の恋愛感情の吿白をするタイハンの騎士は「ああいうヤツ」だから仕方がないだろうと思うが、何故相手は薫なのか。
というか、あまりにも今までとは違いすぎる外見であり、態度だ。
(やはり、騎士殿に負けたからだろうか?)
よく吟遊詩人の語る色恋の物語のきっかけのひとつに、傲慢な姫君が自分を打ち負かした騎士 (あるいは賢者)に一目惚れしてしまう、というのがある。
今回もそのたぐいなのだろうか。
(よく分からん話だ)
シャルロット自身は男性が苦手だが、薫がそれを勘定に入れても立派……とまではいかないにせよ「なかなか頑張ってる」のは理解している。
(しかし、てっきりああいう女は自分の尻に敷いてしまうような、強引なやり方で男をたぶらかすのだと思っていたが……)
あのとき、あの瞬間のエストは、かつて足蹴にされ、さんざんに悪口雑言を向けられたシャルロットをして純情可憐な乙女そのものの、さわやかとも言える好感を覚えさせる存在になっていた。
てっきり演技だと思い、心配だったのだが、どうやらそうではあるまい。
むしろ、いままで自分たちが見ていた方が演技だったのかもしれない。
それはともかく。
(問題は、姫様だな)
どういうわけか、ニファーリアは今度のことでひどく動揺している。
まあ、いきなりかつての敵が自分の所の騎士と恋仲になるなど……いや、それ以前に純情可憐と言えばこちらのほうがよっぽど年季が入っているのだから、それゆえに、他人の恋愛沙汰が目の前で発生するのは衝撃だったのかもしれない。
(姫様はお優しくて繊細であらせられるからなあ)
ふたりのあとをこっそり追いつつ、シャルロットはため息をつく。
(まったく、姫様にとってあのようなことはきっと下品で耐えきれないものだったに違いない、なんとお労しい)
この少女はこの少女で、ニファーリアと薫の別のいきさつを知らない上、自分の主として心酔しきっているから、ついそういう方向に考えてしまう。
(まったく、騎士殿がそのへんもっとしっかりしていただかねば困る)
あげく、失神してしまったいささか情けない騎士殿に感情の矛先が向きそうになる。
(ともあれ、折を見てご意見せねばならないな)
うん、と頷く。
さて、頭の中の整理がある程度つくと、今度は自分が客観視できるようになる。
店の真ん中あたりに腰を下ろしたふたりを監視するように店の端っこで固まっている三人は、次第に奇妙な連帯感というか、雰囲気になっていることに気がついた。
「なんか……私たち、侘しいわねえ」
その意見を代表するように真衣が言い、思わずシャルロットもニファーリアも頷いてしまう。
「仕方がありませんね、それは。
恋愛はあくまでも当事者だけのものですから」
不意に聞き慣れた声が背後から聞こえ、思わず驚いてシャルロットはいつもならホルスターのある腰に手を当てながら反転する。
「静かにしなさい、シャルロット……ふたりに気づかれますよ」
恬然とした表情でコーヒーカップを傾けているのは……
「アドネ、貴様!」
「驚くほどのことはないでしょう」
シャルロットの姉である武騎人は平然とした顔である。
ちなみに、今は女子校のブレザー姿だ。
これはこれで「有能な生徒会長」っぽい。
「で、そっちは……って、あら、シムト殿下じゃない!」
真衣が目を丸くする。
「へえ、女装が似合うとは思ってたけど……」
「すまんが、私は一応……女だ」
非常につまらなさそうな顔で横を向いたのはシムトである。
こちらはショートヘアに女子のブレザーな制服がいかにも「体育会系の花形なおねーさま」という感じでなかなかに似合っている。
「あ、ごめんなさい」
しれっと真衣は謝った。
そして妙な違和感を感じて隣を見やる。
普通なら「まあ!」と目を輝かせていそうなニファーリアはどこかぼんやりした表情でテーブルの上に視線を放り投げていた。
「ファリイ?」
「あ、いえ……あら?
アドネに……シムト殿下?
どうしてそんな格好でここへ?」
「あなたにとってカオル・シロサキが大事な戦神騎士ならば、私にとっても大事な騎士、どうしても気にかかりまして」
同じ野次馬根性を表すにしてもやはりタイハンの方が洗練されているようである。
「ところで、気づいているかしら、シャルロット?」
鋭い目でアドネが問うた。
(何を……)
言うのだ、と口にする寸前、シャルロットは自分たちを監視している別の視線に気がついた。
ひとつやふたつではない。
複数ある。
(どこからだ?)
慎重に、顔を動かさずに眼球だけで周囲を見渡す。
気配の方向は分かるが、相手は相当隠形の技に長けているらしく、姿が分からない。
まして、店の外からの気配となると無数の雑踏にまみれて正確な方角や距離も、だ。
「これは厄介なことになるかもしれんな」
「厄介事が無かったことなど、これまでにあって?」
にこやかに、アドネが尋ねた……それは、百戦錬磨の強者だけが浮かべることを許される恐ろしくも頼りがいのある笑みだ。
「姫様、マイ殿、私が合図をしたら伏せてください」
「まさか……ほかの国の方たちはまだ本国から戻られておられぬのでしょう?」
国交決闘の勝負は必ず騎士同士の戦いで済ませられるとは限らない。
戦いを司る神、ヴァルチルードは正々堂々たる戦いを褒め称え「至高の物」とするが、けっして裏工作による勝利を否定する存在ではない。
そして明文化されていない事に対して調停の神、リティヴィは怒らない。
以前、薫を個別にアドネたち(正確には彼女たちに命じたバルートという補佐官)が襲ったりもしている。
今回、タイハンとソグディアナ双方の騎士を倒すという意味では絶好のチャンスでもある。
シャルロットは薄手のジャケットの懐へ手を入れた……いつもと違い、今回拳銃はそちらに放り込んである。
「銃は駄目」
そっと声だけでアドネが制した。
「ぎりぎりまで相手の出方を待ちましょう……我々はこの世界ではよそ者です……それに、この国の衛士たちはかなり頑固で強敵ですよ」
そのことは、昼間、薫の祖母と一緒に観る「テレビ」でよく知っていた。
サングラスに背広姿の警官に率いられた「私服刑事」とやらは百発百中の拳銃で「悪党」と断じた者たちを片っ端から射殺していた。
「とりあえず、私が魔法を張って皆さんを防護します。
転移魔法を組み立てるまでにおふたりと合流して」
さすがに緊張の面持ちでニファーリア。
「マイ殿は私が護ろう……それぐらいはこの無能にもできる」
そう言ってこの中で唯一、戦闘力も攻撃用の強力な魔法も持たぬシムトが自分の役割を見つけた。
「まあ……」
ある意味、シャルロットとは違った「大人の魅力のお姉様」な人物の申し出に、真衣がぽっと顔を赤らめる中、不意に気配が消えた。
「?」
まるっきり別の気配が、これまでとは真逆……話し込んでいる薫とエストの方角から飛んできた。
「なに!」
思わず全員が腰を浮かす中、薫とエストの背後の壁に、アーチ状の細いラインが走った。
それが切断面に変わったのは次の瞬間である。




