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かくしてかつての敵国、タイハンの王子、シムトは彼の庇護に。
その騎士たちも彼、カオルの元へと集うのでありましたが、彼の心に残るのは己と同じ顔をした宿命の敵、
「何故だろう、どうして彼は僕と同じ顔をしているんだろうか」
夜空に向かって呟くカオルに、答える声はなく、神なき身に未来と過去の遠因など分かるはずもなく。
答えるものとてない夜の中、カオルは胸のときめきを
「MAY WERE?」第九十一回掲載(まだ掲載時期未定)
草稿その七十九の一より。
「ふむ、随分と汚れた空気の場所じゃな」
自分たちとは違う「世界」に足を踏み入れた少女はそう言って腕組みをした。
金色のロングヘアを腰まで三つ編みにして伸ばし、骨格入りのフレアスカート、白いタイツに包まれた細くて長い足の先にはまばゆく磨き上げられた赤い靴。
とどめとばかりに頭の上には盾と斧を組み合わせた簡略式王冠が輝いている。
あと三年もするとさすがにその格好は似合わなくなるであろうが、今はまるで絵から抜け出てきたようだ。
顔立ちは高貴さを漂わせてはいたが、きつい目つきがそれを超えてよく言えば意志の強い、悪く言えば我が儘な人格を強くのぞかせている。
「じゃが、この夜景は確かに見物じゃ」
十代のはじめとおぼしいその少女はまるでこの世界における王のごとく、腰に手を当てて周囲を睥睨した。
天空には月が輝き、足下にはそれに対抗するかのごとく、まるで宝石箱をひっくり返したような輝きを放つ夜景が広がっている。
少女とそのお付きの者たちは「ビル」と呼称される高層建造物の上に立っていた。
「仕方がございません殿下。
ここはマイター・スミナオで言えばアルハカナンのような商業と工業で成り立っている場所でございます」
少女の言葉に応えたのは、深みのある青年の声だ。
まるで空中に曲線を描くように、滑らかで美しい。
「だが、この美しさは我が国のアルハカナンにはないな」
「電気、と呼ばれる動力が発展しているようでございます」
「電気か、いずれ持ち帰ることにしよう」
まるで土産物のようにさらりと言って、少女は背後の「お付きの者」に振り返った。
「では、参ろうか」
「はい、姫様」
「で、どこへ参るのじゃ?
シュパンダウ」
「姫様、何度も申し上げておりますが、私の名前はシュパンドゥール、あるいは『栄光ある緑の竜』シュパンドゥールでございます。
ご自身がお名付けになられたではございませぬか」
「うるさいシュパンダウ。
シューちゃんとか呼ばれない分マシと思うがよい」
「……」
ため息をついた「お付きの者」は、この抗議を聞いてもらうことを諦め、
「この建物の隣に宿をお取りしております、しばらくはそこが我らの拠点となりましょう」
「大丈夫であろうな?」
「はい、大変安価な宿でございますし、大浴場が地下にございますから楽しゅうございますよ」
「大浴場か!」
少女は目を輝かせた。
「どれくらいの大浴場じゃ?」
「お城の二倍はございます」
くすくす笑いながら付け加えたのは、二十五、六の女性の声だ。
一歩前に出てくると、前髪で顔の半分を隠した控えめな雰囲気の美女だと分かる。
「ちゃんと確かめてございますよ」
「でかしたぞ、パメラ、さすが我が侍女じや」
「おほめに預かり、恐悦至極でございます」
頭を下げるパメラにかまわず、少女は何度も頷いて前に向き直る。
「そうかそうか、うむうむ、広い風呂はよい!」
「きっと姫様のお気に召すと思います、それになんと朝食はサービスでついてくるそうにございますよ」
「それはすごいな!」
「バイキング形式と申しまして、朝のひとときは食べ放題だそうです」
「うむうむ、ますます気に入ったぞ!」
どうにもこの主従、王族の割には会話の内容がいささかみみっちい。
「では一刻も早く宿へ向かおう!
パメラ、どこから降りる?」
「はい、こちらから…あ…あら?」
美しい侍女が屋上から中へ通じる扉に手をかけると、がちゃがちゃ、と音がした。
「まあ、どうしましょう、鍵がかかっているようです」
東京の都心、高層ビルともなれば屋上へのドアに昼の間はともかく、夜間鍵をかけるのは当然である。
「なんじゃ、話を通しておらぬのか?」
「はい……この世界は色々やかましいところがございまして、ただ出入り口にするぐらいでしたら問題がないと……」
「仕方ないのう……どくがよい」
言いながら、少女はそれまでフレアスカートの後ろに回していたものを、それを保持するために細い腰に巻き付けていたベルトごとぐいっと前に回した。
それは、彼女の背丈の半分以上もありそうな大剣である。
鞘にはご丁寧にも、彼女が引きずって歩くことを予想しているらしく、先端に小さな魔法道具が着いていて、それを軽く宙に浮かす構造になっているらしい。
「ふんっ!」
実は裏でスライド式の金具が装着されている鞘を後ろへ突き出しつつ、腰のひねりも合わせ、少女はひと息にその両手大剣を引っこ抜き、肩に担いだと思った次の瞬間、電光の速さでこれをふるった。
銀色の閃光が、ドアの表面で交差し、一拍おいてドアはXの字型に綺麗に切断されて、内側へと崩れた。
「うむうむ、マイター・スミナオ御留流、ヴァルチルード絶対切断剣今日も冴えるわい」
ぬふふふ、と少女は不敵な笑い顔を浮かべたが、
「また姫様、破壊行為をなさって……解錠の魔法を唱えればよろしいだけではないですか」
呆れたような青年の声。
だが、不思議なことに、その姿は何処にも見えず、ただ声のみが姫様と呼ばれる少女の背後から聞こえるばかりだ。
「やかましいぞシュパンドウール、ぐずぐず言うならそちが自分の魔法で直すがよかろう」
「……仕方がございません」
ため息まじりに、の声が応えた。
「ですが姫様、どうか出会い頭にこの世界の者を叩き斬ったりはなさいませんよう」
「分かっておる、わらわもさすがに生き物の命を奪うほど短慮ではないぞ……まあ、一度やってみたくはあるが」
「それがいけないのです」
「うるさい、言ってみただけじゃ!」
少女の大声に、それ以上青年の声は反論しなかった……諦めているのか、それともこの主従にとってはいつものことなのかはわからない。
「ではいくぞパメラ、風呂じゃ風呂じゃ!
しかる後にこの世界の食事をしようぞ!」
そう言って少女は走るようにしてビルの中に入り、苦笑しながら侍女がそれを追う。
やがて、誰もいなくなった屋上のドアは、見えない手で持ち上げられるようにして部品が浮かび上がると元の位置に戻り、一瞬の後には切断なぞされていなかったように、かつての姿を取り戻した。




