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「……遅かったな」
「ご、ごめん。
色々、その、あったもんで」
急いで引っ張り出してきた、デブだったころのコートはダブダブで、ありがたいことに公園まで来る間、薫の服装を隠してくれた。
「まあいい、ここはいい場所だ。
静かでひと気もない」
「まあ、最近もっと大きくて綺麗な公園が出来たんで、ほとんどの人はそっちに行ってるよ」
そういえばエストと戦ってこっぴどく負けたのもここだった、と思い出して薫は苦笑する。
「薫君」
武器に変化したままのシャルロットを、毛布でくるんでえっちらおっちら持ってきてくれていた真衣が、それを少年に手渡す。
「あ、あの、ありがとう滝沢さん」
ずっしりと重いそれを受け取りながら、薫は礼を言った。
衣装に関しては頑として譲らないくせに、真衣は「少しでも重い物は持たない方がいい」とここへ来るまでシャルロットを預かっていてくれたのだ。
「だ、大丈夫大丈夫、これぐらいどうってことないって!」
真衣は笑ってガツッポーズをした。
その腕が、重さから解放されてわずかに震えているのを薫はありがたく思う。
本当なら一度、剣状態を解除してもいいのかもしれないが、それからまた再びキスをして、というのは気が引けた。
第一、女性化するための指輪は国交決闘ではないこの「私闘」では使えない。
(……そう考えると、この衣装そのものだって無駄だけどね)
だが、少しはシャルロットのためには「足し」になるだろう。
「まあ、いい」
サーシャはすらりと腰から剣を抜いた。
薫は、しぶしぶコートを脱ぐ。
楽しそうに真衣がコートを受け取りながら最後の「仕上げ」を薫の頭に施す。
それは、前回同様のチャイナドレスだった。
ドアノブカバーのような頭の飾りまで同じである。
「行動性重視」とやらで、前回よりも「改良」されて腰への切れ込みが深く、下着が見えないのはなぜかという突っ込みをする人間は、幸いにもここにはいなかった。
顔を真っ赤にしながら剣を構える薫へ、
「ほう、動きやすい衣装に着替えたな」
とサーシャが感心したように言った。
「化粧をするのは、君の世界における戦いの礼儀か?」
と言われて、薫は相手が「目」によって世界を把握しているわけではないことを思い出し、少し安堵した。
「ま、まあ、そんな所」
「なるほど、死化粧という訳か」
少し、かちん、と来た。
「見送るものだって化粧ぐらいする」
そう言って、薫は無言になった。
女装した少年と男装した少女はそれっきり無言で見つめ合う。
互いに獲物は携えたまま、静かに空気が張り詰めていく。
物音はない。
「カオル様!」
ようやく家の補修が間に合ったのか、ニファーリアが息せき切って追いついた。
後ろにはどうしていいかわからず、とにかくついてきてしまったシムトと、アドネに肩を貸してもらいながらエストがいる。
「ファリイ、下がっていて」
「は、はいっ」
国交決闘ではないこの場では、調停王女はただの介添えにもならぬ見届け役でしかない。
だが、薫にとっては意味がある。
「さて、見物もそろったそろそろ始めようか」
「うん」
こっくりと薫は頷き
「ちょ、ちょっとまったあああっ!」
そこへ派手なブレーキ音を響かせながら、ジーンズにセーター姿の斎京楓が自転車に乗り、後輪を滑らせつつ公園の中に滑り込んできた。
「あ、間に合った……薫君!」
「おお、あの仮面の騎士には見覚えがあるぞよ!
おのれこの馬鹿者、また何か悪さをしておるなーっ!」
何かかごの中でジタバタあがくものがあるチビバルだが、薫たちには判らない。
「斎京さん、それ、何?」
思わず、戦闘開始寸前ということも忘れて薫が訊く。
「んーとうちの居候キャラ!」
一言で説明を済ませると楓は、
「で、どうすんの?」
とかごの中身に訊いた。
「あやつは多分おそらく世界の破滅をもくろむ悪者の手先じゃ、わたしはとりあえずあれをやっつけるのじゃ!
おいそこの騎士、わたしが力をかしてやるぞよ!」
「???なんだ、何を言っている、その小さい子供は?」
視覚による状況把握の出来ないサーシャが戸惑うのも構わず、
「オーケイ、じゃあ薫君のトコにいけばいいのね!?」
むんず、と楓は自転車の前かごに入ったチビバルの首根っこを引っ掴むと、大きく振りかぶった。
「行くわよ、チビバル!」
「その呼び方はやめーい!
というか、おぬしまさかわたしを投げるつもりでは……」
抗議の声も聞く暇もあればこそ、思いっきり楓は二頭身のヴァルキリーを薫めがけて放り投げた。
「のうわあーっっ!」
いきおいよく放物線を描いて飛んだチビバルは、薫の顔面に思いっきり頭突きを食らわした。
「ぎゃっ!」
「ぎゃわっ!」
だが、そのまま恐ろしく柔らかいゴムで出来たボールのようにふわりと跳ね上がると、
「とりゃっ!」
と、薫の真上あたりで背中の翼を大きく羽ばたいて急停止。
かろうじて片足を後ろに出すことでひっくり返ることを防いだ薫の頭の上に着地する。
「まったく、無茶をしおる」
そして持っていた槍を右の小脇に構えて大きく胸を張った……といっても背伸びをしているだけのように見えてしまうのは外見上しかたのないことである。
「では……」
そして、右手に持った槍を高々と掲げた。
神々しい「国交決闘」の戦場の中で感じるのと同じ気配が周囲を満たす。
どうやら、視覚によらないで活動しているサーシャはその瞬間になって、ようやく相手が何者かを悟ったらしい。
「おのれ……何が悪党の手先だ
貴様こそ……」
「すみませんが」
いささか語気に強いものを込めて薫がサーシャの罵声を遮った。
思いっきり力を振るって、剣を握った片手を突き出す。
「君の相手は、この僕です、この子に手を出したかったらまず僕を倒してください」
これで後ろ手に、あるいは懐にチビバルを抱えていれば少しは絵になるのだが、頭の上にふんぞり返られてはあまりにもシュールな光景である。
だが、
「いいわ、薫君、それよそれ!
なんかヒーローっぽくなってきてるじゃない!」
ぐっと楓は拳を握りしめてたりするこの辺「見たいものを見たいように見る」腐女子の脳回路も関係しているのかもしれない。
そして、視覚によらないサーシャもまた、言葉をそのまま受け入れた。
「くっ」
「よしよし、その意気やよし。
それでこそ加勢のしがいがあるというもの」
チビバルは生意気にも薫の頭を「なでなで」すると背筋を伸ばし、舌っ足らずながら厳かな声で告げた。
「この戦い、戦神が娘、えーとえーと……まあ、このヴァルキリーが加勢する」
「ぬ……」
サーシャが仮面の下、顔をゆがめるのが薫には判った。
「我が父にして戦神の名において、ソグディアナの戦神騎士、カオル・シロサキよ、異世界の者が異世界の者への礼儀として、汝に身を守り、戦う力を与える」
ぱたぱた、と羽ばたいたチビバルは薫の頭の上に降り立つと、そのままうつぶせになった。
その瞬間、チビバルの体重がすっと軽くなるのを薫は感じた。
「これでよし。
薫よ、いつものように指輪を使うがよい」
「え……いや、あの?」
「わたしのことは気にするな、この状態なら落っこちたり吹っ飛んだりはせぬ」
首を傾げた薫だが、とりあえず言われたとおりに、指輪の台座を国交決闘の時と同じようにひねってみる。
「!」
背中を「あのときの感覚」が駆け抜ける。
肉体が変化を始めていた。
そして、久しぶりに味わうあの万能感。
意識の拡大だが、すこしぼんやりと焦点が合っていない気がするのはなぜだろうか。
頭の中に無限の知識と考察とが並列思考となって起動しているようにも思えない。
確かに色々頭の中はクリアになっているのだが。
(さてカオルよ、戦神騎士としての力はこれで使える)
チビバルの声は手を伝わって頭の中から聞こえてきた。
「な!?」
手元を見る。
いつものシャルロットが変化した剣だが、微妙に違う。
金色のパーツが左右から刀身を包み、柄の部分も含めて延長している。
「え?」
思わず自分の右腕を見る。
いや、左腕も。
どちらも、銀色を基本に金のラインが入った縁取りのある籠手になっていた。
頭の上に手をやると、チビバルの姿はない。
(わかったか、お前の鎧となってわたしが力をあたえておるのじゃ……まあ色々あって今は国交決闘の時の六割程度の力しか与えられぬが、許せ)
「あーっ!
もう」
背後で楓が大声を上げた。
「追加パーツ系は売れ行きが悪くなるんだってばー!
こら、チビバル!
今からでもいいからビキニアーマーにしなさい!」
とか言ってるところを見ると、どうやら本当にこの鎧と付属パーツはチビバルが変化した物らしい。
「カエデ様、危ないですよ、こちらへ!」
「ほら、楓ちゃんってば!」
そう言ってニファーリアと真衣がカエデの襟首を引っ掴み、自分とシムトのいる大地母神の防御結界内に引きずり込んだ。




