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「……なんだろ?
妙にトラブルの予感がするなあ」
いつもより三十分は早く駅に降り立った薫は、そう言って首を傾げた。
「よ、薫、今朝は早いな」
ぽん、と肩を叩いたのは、薫のクラスメイトの三神裕太だ。
バスケ部のエースで、身長も高く、顔も美形……正直、元デブでモテナイ系だった薫としては相手に何の恨みはないにせよ、ちょっと苦手だったりする。
「あ……お、おはよう」
「何だよ、おびえることないだろ?」
苦笑いしながら三神は横に並んだ。
百九十に近い三神と、元々小柄な薫が並ぶと、傍目には大人と子供である。
「で、どうよ?
あの美人ふたりとひとつ屋根の下なんだろ?」
「どう、って言われてもね……」
シャルロットは「男」状態の薫とは徹底的に線を引くし、ニファーリアには別の意味で線を引かれている上、祖父母がいるのだ。
そうそう甘い生活になるわけはない。
「あげく斎京と滝沢とか、ウチのクラスの女子もちょいちょい行ってるそうじゃないか、みんな羨ましがってるぜ?」
「冗談言わないでよ」
溜息混じりに薫は言った。
「あれはそのファリイたちが珍しいから、っていうか、彼女たちに会いに来てるだけでその……」
実際には少し違う。
クラスの女子は一応薫にも用があるのだ。
といってもそれは国交決闘用の「衣装合わせ」と薫の性転換魔法を隐すための「対策会議」というやつである。
まあ、どっちにせよ目的は五分ほどで終わって後はお茶会になってしまうのは毎度のことなのだが。
「第一、クラスの女子にとって僕は単なるヌイグルミみたいなものでさ」
「いいじゃないか、縫いぐるみ。
可愛くって」
「いやあのね」
「うらやましい限りだよ……俺とかさ、ちょっと女子に近づいただけでアレコレ言われるんだぜ?
おまえ、あれだけウチの女子が群がっても何も言われないってのはちょっと凄いんだぞ?」
「男としてみられてない、ってことだよ」
「いいじゃないか。
女の子とキャッハッハウッフッフして何も言われないし恨みも買わない、ってのは凄えことだぜ」
冗談かと思っていたら本気の目で見られて薫は驚いた。
「俺はさ、女の子と話したり、遊んだりするのは好きだけど、全部恋愛に誤解されるんだぜ?
インターハイ出てからは、うっかり落ちた消しゴムを拾ってやるだけで騒ぎだ」
「そのほうがいいんじゃないの?」
「馬鹿言え、地雷原を走ってるようなモンだ。
本当に行きたい場所は別にあるのに、その途中で勝手にカップルにされてみろ」
歩きながら裕太はそういって口をへの字に曲げた。
「偉い迷惑だ」
モテナイ歴十七年としては(今のところ彼女は確定していないから記録上はこうなる)なんかムカつかない訳ではなかったが、相手の目を見ているとどうも「同情」のほうが強く感じてしまう。
「第一だな、斎京とか滝沢とか、かなりいいラインなんだぞ?」
「?」
男子誰もが認めるクラス一の美少女である真衣はともかく、楓の名前が真っ先に挙がったことに薫は意外を感じる。
「そうなのかな?」
「おまえ、何見てるんだよ?
両方ともかなり美形だぞ?
特に斎京とか、隠れ美人だしな」
微妙なニュアンスの変化を感じて、薫は裕太を見上げた。
「そうだっけ?」
潜水艦で言えば索敵音波を打つ気分で薫は言葉を舌の上にのせた。
「ありゃ眼鏡かけても美人だが、外してそこそこにメイクしたらかなり化けるぞ?
断言したっていい。
ウちのクラスでも判ってる男子らは結構狙ってるんだぜ?」
判ってる男子、というのはそれなりに女性とつきあったことのある連中……つまり体育会系のモテる連中のことだろうか。
そんな話は初めて聞いた。
「で、どうなんだよ?
斎京とはすすんでんのか?」
「冗談言わないでよ」
溜息混じりに薫は言った。
あくまでもあのふたりにとって自分は「素材」でしかない。
(あのふたりが夢中になっているのは僕を触媒にして発生する「あっちの世界」なんだよなあ)
とはいえ、その辺を説明する気力は朝っぱら存在しない。
「文化祭の余韻が残ってるだけだよ、あと例の決闘」
「おう、そういえば次はいつなんだよ?
おまえ、今度はまた衣装変えるのか?」
「まあ、ね……」
学校の中において「国交決闘」はいつの間にか公認行事の一環ということになっている。
この辺、やはり滝沢真衣と斎京楓という少女はかなりやり手で、どういう手管を使ったのか、ニファーリアたちを「ヨーロッパ某国の王女と侍従」として認めさせ、さらに「その伝統行事の一環への協力」としたのである。
いつの間にか話は県の教育委員会にまで通っていて、学校側も「放課後なら」と許可を出した。
この前(つまり大量のお断りの手紙が届いたほう)の決闘はそんなわけで学校公認。
しかも「学校の公認」=「公式行事」=「賭け事も合法」という謎の三段ステップ理論に基づき、楓は賭け事の胴元まで引き受けているというわけだ。
「この前のチャイナ、やっぱさ素足じゃなくてストッキングにしろよ。
黒いヤツ、その方がセクシーでいいと思うぞ」
「三神君、そういう趣味?」
薫がツッコミ返すと、裕太は慌てて手を振り、
「ち、違うって、その方がウケがいい、ってこったよ」
「ウケ、ねえ……僕芸人じゃないんだけどなあ」
「もったいないこと言うなよ、世の中、なりたくてもなれないヤツがいるんだぜ?
行けるところまで行ってみたらどうよ?」
「簡単に言わないでよ、アレはアレで辛いんだよ……」
溜息が薫の口から漏れた。
「でもよ、それってお前、ファンタジーの主役みたいなもんじゃんか、人生に二度あるかどうかだぜ?
これから先、どうせ大学進学でドタバタして、リーマンになったら、たぶん人生固定で面白いことなんてテレビとか居酒屋で探すしかなくなるんだぞ?」
「ずいぶん深いこと言うんだね……」
「スポーツ選手ってのはさ、辛えんだよ、その辺」
少し、裕太は考え込む顔になった。
「中坊時代にあこがれてた選手がさ、今はどっかの企業で、自分よりも年下の上司にヘコヘコしてることなんてザラでさ……まあ、マスコミがどんなに騒いだって三十半ばまで活躍できれば奇跡みたいなもんだしな」
「え?
そんなにスポーツ選手って仕事出来る期間短いの?」
「あったり前だろ?
俺らが小学校のころのサッカー選手とか、野球選手とかって今有名どころが監督してるかどうかだぜ?」
「ごめん、スポーツあんまり興味ないから、知らなかった」
元々、オタ気質が強くて、世間一般の「モテ」方面からは自他共に縁遠くなるように生きてきた薫なのである。
だが、言われてみれば確かに、子供の頃テレビで入団を騒がれていた選手たちはそろそろ引退だの監督就任だのの話題に顔を出すことが多いような気がする。
「まあ、そういうモンなんだよ」
裕太は苦笑いした……今でこそ美少年の薫だが、半年前までは「おとなしいデブオタ」だったことを思い出したのだろう。
「でもさ、そうなってもいい顔して笑う人たちがいるんだよ、たぶん、それは輝けるときに思いっきりやったからだろうな、って思うんだ」
裕太は自分が恥ずかしいことを言っていると熟知しているらしく、視線を薫から外して早口で一言った。
「だから俺はバスケをやれるだけやるんだよ……薫、おまえも輝ける場所あンだからさ、やれるところまでやってみるのも悪くないんじゃね?」
「三神君、しっかりしてるんだね」
今のご時世では嘲笑されることの多い単語が含まれた言葉ながら、そこに込められた真摯な響きに、薫はまじめな顔で頷いた。
「年が明けたら俺たち三年生だからな、その辺は考えてるよ……体育会系はそろそろ進学の話をアレコレ考えなきゃならないからな」
「スポーツ進学?」
「まあ、俺は対象外だけどな」
「え?」
「だから今から受験勉強に切り替えさ……ちょいと早い引退だけど、センター準備にはちょいと遅いかもな」
考えてみれば、二年生のレギュラーのはずの裕太がこの時間、薫と一緒に登校、ということ自体が今までなかった。
「……」
目先のことでまだドタバタしている自分に比べて、もうこのクラスメイトは「卒業」というぼんやりした門の向こう側を見ている。
薫は、自分がひどく子供じみているような気がして恥ずかしくなった。
「でも、おまえがうらやましいよ……」
そう言って少年を見つめる裕太の目に浮かんでいるのが、「自分の理想」を見るまぶしさだとはまだ薫は気づいていない。
「俺とか、女装ダメなんだよなあ……」
その呟きは考え込んでいた薫の耳に入る前に風が運んで行ってしまった。




