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「というわけで、性転換の魔法をちょうだい」
朝、いきなり庭先に現れた斎京楓の発言に、ニファーリアは縁側で小首を傾げた。
ちなみに、薫は珍しく早起きしたのでさっさと学校に行っている。
「あの、カエデ様、事情がよくわからないのですが……私、ひょっとしてお言葉を聞き逃しておりましたでしょうか?」
「まあ、細かいことはいいから、性転換の魔法で私を男の子にして!」
「……あー、えーと……?」
「このままだと、薫君が異性愛に目覚めてしまうの、リアルがフィクションを浸食するのよ!」
「いやあの……?」
「えーとね」
横からひょい、と真衣が出てきて解説を入れた。
「この前、そっちに貸したような小説を、楓ちゃんは連載で持ってるんだけど、薫君がモデルなの」
「ああ、なるほど」
「んでね、現実の薫君の状態を誇張したり、妄想補完したりとかしてやってるわけなんだけど、最近、今ひとつインパクトがないというか、異性のお友達がどかっと増えたでしょ?
だからここいらで楓ちゃんが自ら薫君をこっちの世界へ引きずり込みたいから性転換魔法で男の子にしてほしい、ってわけ」
「あのー」
申し訳なさそうにニファーリアは目を伏せた。
「言いにくいのですが、それはおやめになられたほうが」
「?」
「私たちはこの世界においては異分子ですので、この世界の『ありのまま』を補完するための魔法は問題ないのですが、『この世界の何かを変える』魔法が正常に作動するかは……」
「具体的に言うと、正常に作動しないとどうなるの?」
「完全失敗なら何も起こりませんが、下手をすると……その……」
「どうなるの?」
「えーとですね……蝋細工の人形を暖炉のそばにしばらく置いた後、思いっきり壁か木に叩きつけ、さらに巨人の手でぐしゃっと握ったような感じに……」
「!」
さすがに人権蹂躙悪鬼外道、傍若無人神仏鏖殺が徒党を組んだがごとき少女たちでも、それはさすがに二の足を踏む。
「で、やっぱそうなったら正常な思考はできなくなるの?」
「まあ、そうでしょうね……ここ三百年ほど失敗例はないそうですから、はっきりとは言えませんが、魔法関係の書物の記録によれば『意味不明な叫び声を上げながら跳ね回りつつ闇の奥へ消えた』と」
「……それは困ったわね」
腕組みをして楓。
「別に姿形がどうなろうがそれはいいけど、小説書けなくなるのは困るわ」
「いやあの、楓ちゃん姿形は大事だと思うけど……」
「何言ってるの真衣、作家って生き物はね、最低限入力装置である目と耳と、出力装置である右手があれば、たとえジョニーが戦場に行っちゃったあとの状態になってもOKなのよ!」
ずいぶんと剛毅かつ剛胆なことを言いながら、楓はぐっと拳を握りしめた。
「あと必要な物は死んでも書く、書き続ける意志、首が飛んでもキーボードを叩く心の力!
あとは勇気!」
どっち方面の、とは誰も聞かなかった。
「物書きの方々って、凄いんですのね」
驚きを通り越して感心した口調でニファーリア。
「いや、たぶんそこまで行けるのは楓ちゃん含めてもそんなにいないとは思うけど……」
ちょっと苦笑しつつ真衣がフォローを入れる。
「それに、天職と見極めたなら、どんな職業でもそういうもんじゃないかなぁ」
「……そうでしょうか?」
ニファーリアは首を傾げる。
生まれたときから調停王女というひとつの仕事、立場を与えられ、そこから出ることなく二百年近い時を過ごしたエルフの美女にはよくわからない概念だ。
「人間のポリシーってそこに由来するって思う」
「はあ……」
「そう、その通り!
真衣はいいこと言ったわ!」
「いったい、何の騒ぎなのですか?」
ドタバタを聞きつけて、シャルロットがひょっこり顔を出した。
「あ、シャルロッっち!
おはよー」
「シャルロットさん、おはようごさいます」
「いや、うん、おはよう……で、何なのだ?
カオル殿ならもう登校なさったぞ?」
「いやねー、王女様に性転換魔法お願いしに来たんだけど、どーもグロいことになりそうなんで、思案投げ首考え中、ってことで」
「なんでまた?
カオル殿は立派に魔法を使いこなしておられるぞ?」
「いやちがうのよ、アタシが使うの。
そして薫君をめくるめく世界へ誘うのよ!」
ばっ、と片手を高々と差し上げるポーズで、関西に拠点を置く、戦前戦後を通して現在まで熱狂的な人気を持つ某歌劇団のようなポーズで楓は説明する。
シャルロットの首が大きく横に曲がった。
「……何でまた、男などと言う汚らわしい物になりたがるのだ?」
「えー?
ムサい男じゃないのよー、自分で言うのも何だけど、女の子ベースだからそこそこ美少年よ、薫君とカテゴライズ的には同じ!」
自分で言うあたりがこの少女が斎京楓たる所以か。
「いや、しかし……」
「薫君、きれいでしょ?」
「まあ、男にしては、だが……男だぞ?」
「そこに価値があるんじゃない!」
ぐっと拳を握りしめ、目を輝かせながら楓は勢い込んでたたみかける。
「女の子がかわいくてきれいなのは義務、でも男の子で可愛いとか綺麗とか言える、ってのは宝石、貴金属、地球よりも場合によっては重いものなのよ!
しかも賞味期限は大抵二十五歳まで、長くても三十までは行かないわ!」
「そういうものなのか?」
「そう!
さらにそういう男の子同士が恋愛をするというのは、そりゃあもう、白金の塊どころじゃないわ、天然プルトニウム、天然アダマンチウムの塊が五〇トン偶然に算出されたようなもの!」
「楓ちゃん、それ希少物質以前の問題の奴が混じってる」
「まあ、それぐらい危険な香りもするってことで」
「……判らんな、私には」
「じゃあさ、女の子状態の薫君はシャルロットにとってどーなのよ?」
「え?」
不意を突かれたようにシャルロットがきょとんとした顔になる。
「ほら、女の子ならOKなんでしょ?
女の子化した薫君にドキドキしたりとかしないの?
キスとかするわけだし?」
「あ、いや、あの……そ、それは……」
おかしなことになった。
シャルロットは顔を赤らめ、もじもじと視線を宙にさまよわせ始めたのだ。
「そ、それは確かにカオル殿は女性化すれば美しく、気高く、ほんのりいい香りもなされるし、柔らかくって細くって、その……」
「食べちゃいたいぐらい可愛い?」
何となく楓が古い言い回しを口にするとうっかりシャルロットは頷きかけ、はっと我に返った。
「な、なんと破廉恥なことをいうのだ、カエデ!」
「いや、なんかそんな単語が脳裏に浮かんだのよ、何となく」
「わ、わたしは武騎人だ、かような破廉恥きわまることなど、頭文字すら浮かばぬ!」
「……じゃあ何で否定できるの?」
真衣の容赦ないツッコミが飛ぶ。
「うっ……」
「まあ、女の子状態の薫君には結構ラブラブなわけでしょ?」
「ら、らぶらぶとは何だ!?
そ、そんな恋愛感情とか、そういうのではないのだ、戦神騎士と我ら武騎人というのはもっと純粋で聖なる……」
「恋愛感情がよこしま、ってのはちょっと違うんじゃない?
じゃあお父さんとお母さんたちってみんなよこしまな考えで私たちを作ったの?
違うでしょ?」
文系の屁理屈をこねさせれば並の人間ではかなわない超越能力の持ち主である斎京楓が相手ではいかにシャルロットといえどもかなわない。
「好みの相手がいて、あれこれ近づく機会があれば、恋愛感情を持つのは自然じゃないの?
でしょ?」
「!」
「!」
その瞬間、楓との会話の相手であったシャルロットはもちろん、その隣でなぜかニファーリアまでぎくっとした顔になった。
「あ、いや、そ、それは……だ、だが、そういう話ではなくだなあ!」
あっさりと「ないな」と言えば済む話なのに、なぜかシャルロットはあたふたといいわけを続けた楓のペースに完全に乗せられている。
「でもま、そのことは否定出来ないっしょ?」
「いや、あの、そ、それはそちらの世界の話であって」
「完全否定出来ないってことは理解は出来るわよね?」
「ま、まあそれはそうだが……」
「だからね、シャルロットっちが女の子化した薫君にドキドキしたりするとき、彼は同じ重さの黄金よりも価値がある訳よ!」
「いや、だ、だから私はドキドキなどしていないというのに!」
「またまたー顔が赤いわよー?」
「……」
ニファーリアは、その横でしばらく呆然と小首を傾げていた。
「自然……なのですか?」
ぽつん、と呟いた声はあまりに小さくて、ドタバタと会話の攻防戦を続ける他の少女たちの耳には届かなかった。




