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〈騎士と剣は一心同体〉
どこかで聞いたような、そして一度も聞いたことのない、男でも女でも、老人でも若者でも子供でもあり、その全てでない「声」が脳裏に響いた。
意識が無限に拡大し、恐ろしく高い位置から自分自身を見下ろすような感覚。
次の瞬間、少年の意識はブレーカーが落ちたように暗転し、唐突に復旧した。
「わ?」
と思わず声が出た……はずだが、実際には声帯は震えていない。
(ありゃ?)
思った瞬間、身体が内側から無数の手でなで回されている感触。
(わわわわ、何?
何?
気持ち悪いってばっ!)
そう叫ぶ少年に構わず、身体を皮膚の内側からなで回していた手は、勝手に少年の身体を「作り替え」始めた。
一切の説明はどこからも聞こえてこない。
だが、薫には自分の身体に起こった変化が何のためか、どういうことなのかが逐一判明していた。
筋肉の量が増加、反射神経に流れる電気の量が増える。
数億通りの「動き」が脊髄反射レベルで脳の奥に「転写」されて「収得」される。
さらに……恐ろしいことに胸が膨らみ、それに伴って脚の付け根も変化していた。
(な、何?
ど、どうして、やめろ、やめてってば!)
精神は絶叫していても、実際には指一本自分では動かせないまま、少年は少女になった。
理由はひとつ。
少年はある目的のために「最適化」されたのだ。
(やだやだやだ、何勝手に人の身体いじってるんだーっ!)
叫べど怒鳴れど声は出ないし身体も動かない。
「最適化」の次には「起動実験」が待っている。
脊髄反射レベルで小脳と大脳の一部に移植された「技能」とそれを活用するための「肉体」の摺り合わせ……「実戦」。
そして、右腕に暖かくて柔らかくて、今までの人生で経験したことのない「素晴らしい感覚」がまとわりついた。
右腕は鎧、そしてその手の中には細身の剣がある。
(あ、今の銀髪の娘が変わったんだ)
瞬時に理解するこれも先ほど「転写」された情報の中に「知識」として入っていた。
あの柔らかな肉体が原子レベルで魔導金属に変換され、少年の腕の形に合わせて形を変え、装着され、その細胞と融合する。
〈「剣」と「騎士」は〉
自分がより「完璧」な存在になるのが「判る」。
逆に自分が今までいかに「不完全」だったのかが判る。
技術や人生ではなく、存在のレベルで。
軽く腕を振ってみる出来た。
いや、そうではない。
今の薫はいつもの彼が出来ることは何一つ禁じられているが、唯一「戦う」ことならば何でも出来るのだ。
少年は自分が最強無敵の存在になったことを理解した。
「負けるわけがない」という、今までの不確定な人生が一変する確信が少年の身体を貫き、そして「戦う」ためにその身体に充填された全てが勝手に動き始めた。
あのボンデージの美女が、ベランダに再び飛び上がってきた。
それが不思議に思えない、驚異とも思わない今の薫にも「出来る」ことで、「普通」だった。
同時に、頭の中にいくつもの情報が入り込んでくる。
まず最初に、三つの「基本」の情報が提示された。
〈国交決闘規約・基本〉
〈肉体変化、性別の転換を起こす神聖魔法は大地母神管理であり、これを国交決闘の場において一時的処置として行うことは統一歴二百五年に決定された事項である〉
〈一、国交決闘は戦神ヴァルチルードの管理の下、騎士と騎士一対一で三回行われ、二回先取した方の勝ちとする〉
ほぼ同時にこの三つの情報からさらなる情報の「枝」が分かれる。
〈性転換魔法は通常は一回のみであるが戦いの場において、使用回数を制限されない。
ただし、被術者の同性他者による認識が十人を超えた場合、この特例は失われ、性別は転換された状態で固定される〉
さらに「同性他者」から別の情報の「枝」が分かれる。
複数の情報を能動的、受動的に結びつけていくハイパーテキスト、ハイパーリンクと呼ばれる技術が「現象」として少年の頭の中で展開しているのだ。
〈同性他者である理由は『異性は異性によって認識されることによってその性を確定される』からである〉
薫の頭の中を舞台にして別の「枝」も分かれ続ける。
映像でも音でもなく、文章でもなく、そしてその全てでもある「情報」の、それは壮大な展開図であった。
〈大地母神リティヴィとは戦神の姉であり、豊穣と繁殖、愛を司る女神である。
通常はローブを着けた顔のない女性として描かれる>
〈戦神は『戦い』に関わる全てを司る男神である。
四十七人の娘をもち、彼女たちはまた配下に戦乙女を持つ〉
〈本来の娘の数は四十八であるがそのひとり、長女のスウォールネは『栄光の減亡』国の王女と恋に落ちて神界から人界へと下り、大地母神の手助けを受けて人となり、王女と子を儲けた>
〈性転換の申請魔法は大地母神特有のものである、通常は一度きりであるが、国交決闘においては特例として何度も使い、かつ無効化することが認められているが、同時に特例にはそれに相応しい危険対価が存在する〉
(うわわわ、な、何?
何が起こってるんだ?)
少年は一瞬恐慌状態に陥りかけたが、すぐに落ち着いた。
何が起こっているのか?
という問いに対する「答え」がすぐに与えられるのである。
「声」や「文字」「映像」による、そしてそのどれでもない、純枠な「情報」として。
たとえて言えば、以前、パソコンの授業で操作を誤って一斉にいくつものウィンドウが開いてそれが停まらなかったときのような状況が、薫の頭の中で起こっている。
違うのは、そこに提示されている情報が多すぎて理解できないのではなく、全てくっきりと頭の中に刻まれていくということ、誤認や誤読、勘違いなどは一切ないと確信できることだ。
脳の領域が広がるのが判る。
さらにそれに伴う形で肉体の限界が解除されて「超人」になると薫は「知った」。
肉体と精神に対する並列複数思考処理が自分の中で起こっているのだと。
今まで自分が知らなかったこと、出来なかったことが一切出来ると判るが、あまりにもその領域が巨大すぎて質問さえ思いつかないありさまだ。
とにかく、自分がいいように女装メイド喫茶の立て看板に仕立てられてしまうような喜劇的な存在ではなく、もっと「凄いもの」になれる……それだけは「確定」していた。
与えられた物が大きすぎて、具体的に「どう凄いのか」が思いつかないが、思いつけば恐らく実行できるだろうという確信はあった。
一方、現実の世界ではボンデージな「女王様」が鞭を片手に突っ込んでくるのが目に映っている。
相手が一歩踏み出すまでの時間が無限に感じられるほど、しかしやはり一瞬だと判るほどクリアな理性が働く。
千分の一秒であり、無限の一日……これを刹那という。
薫の頭と肉体の中での「教育」と「変化」、そして「修正」はその「刹那」の単位で続いていた。
〈二、行う日時、場所の指定は宣戦布告をされた国の代表の指定とする〉
〈鞭を斬るためには右手の角度を変えつつこの軌道をなぞるように右腕を動かせばよい〉
突っ込んでくるボンデージ女に重なるようにして、幾つかの剣の軌道が描かれ、少年の本能が最適かつもっとも効率的な起動を選択する。
ほんの数秒前なら震え上がって逃げ出したくなるほどの迫力だが、今の少年にとってはやり込んだアクションゲームの一場面のような「安心感」と確信があった。
(大丈夫、勝てる)
それは半分、少年を勝手に変えた「何か」の意図であると同時に少年の意志でもあり……つまり、両者の意識が一体化したのである。
〈三、各国代表は以下の通りの者とする〉
鞭が空気を裂いて、ちょっと前までの薫ならあっさり打たれて骨折をしていただろう一撃を立て続けに送ってくるのを全て紙一重でかわし、右腕を振った。
〈戦神騎士一名、武騎人一名、国家代表者一名〉
〈戦神騎士とは、この国交決闘にのみ従事する騎士のことである。
彼らはあまりにも強大な力を神から与えられるため、武騎人と同様に通常の戦場には出ない。
故に小国はその折々に異世界から『召喚』することもあるが、大国は戦神騎士の家系を幾つか抱えることも珍しくない〉
〈有名な戦神騎士としては……〉
流れ込んでくる情報を全て理解しながらも、薫は戦いを続行する。
まず先端から五センチ、次に六センチ、七センチ、最後は十センチの長さで鞭を切断。
右手が動いた。
思ったように、寸分違わぬ軌道を描いていた。
風を切り裂く刃の動きも。
正確に動くことが出来るということが、こんなにも気分が良かったとは。
〈戦神騎士は焔、雷、水、風、土、五つの系列からひとつを己の使用する魔法として選択し、使用することが出来る、発動における意識、精神の条件は……〉
想像力と気力があるのならば、音速を超えた動きも、光を「斬る」どころか「曲げる」ことさえもできるのだという、それは証明でもあった。
大した意識の集中も気力も、今は使っていない。
〈選択は必ずしも今回行う必要はなく、いつ決めても構わないが、魔法の技術は使用時間に比例する〉
薫はぼんやりと自分の肉体の内側で見学をしているようなものだ。
この状態は最初の一度だけ。
だが、「騎士」として戦い、勝利していくことでこの高みに再びくることが出来る。
驚き、喜ぶ少年の中に、なおも「情報」は流れ込み続ける。
〈注意事項
※国家代表者には特例として一名だけ、補佐官をつけることが出来る〉
〈四、三回の戦闘は、最初の一回が行われてから一年以内に終了させ、それを越えた場合は最初の一回の勝敗で決する〉
〈五、決闘の場への介入〉
〈決闘が開始された場合、その中に立ち入ることは騎士と武騎人以外は出来ない。
これを行った場合、ヴァルチルードの神罰により、その人物、機械、生物は消滅させられる〉
〈また、介入を行った人物の所属する側が、いかなる状況にもかかわらず敗北と決定される。
これは、ヴァルチルードご自身(あるいは同格の神々の誰か)の許可がない限り、いかなる場合も例外は認められない〉
〈六、勝敗、戦闘の放棄〉
〈各国代表と騎士は、戦闘を放棄する決定が可能である〉
〈その際「引き分け」となることが同意された場合、勝負は「引き分け」となる。
優先されるのは各国代表の方であり、騎士はその次である。
補佐官はこれを代行出来ない〉
相手が驚く顔になる。
なぜか判っていた。
彼女は薫が、まだ無害で弱い存在だと思っていたのだ。
瞳孔が収縮し、視点が自分の右腕と、そこに握られた剣に向いている。
(ああ、焦ってる。
僕が今『無敵』になってることが判るんだ)
なぜなら、彼女もこの万能感を味わったことがあるからだ。
彼女も自分と同じ「騎士」なのだ。
そして今激しく不安になっている。
薫には彼女の肌に浮いた冷や汗と、脈拍の上昇、アドレナリンの分泌される音さえも聞けた。
エストには今、対になる武騎人がいない。
騎士としての能力は発動していない。
相手の中に起こったであろう情報を外部から判断すると同時に、別の情報の「窓」が頭の中に開く。
〈武騎人とは、騎士と一対になって戦う武器に変化する一族のことである。
通常は刀剣類と、それを操る利き腕の装甲となる。
女性しか生まれず、他の種族の男と結ばれても能力は女性にしか受け継がれない。
能力は戦い勝利することによって上昇する〉
自動的に神々が戦いを代行してくれるのは一回だけだから、この素晴らしい感覚を味わえないけれども、それとは別に「己の力で行う」という実感があるに違いない。
今、少年が立っているこのレベルまで己の力で、意志の力と集中力があれば来られるという可能性。
こんな凄いものになれる可能性がある!
それが薫の魂を震わせた。
〈これは彼女らが戦神の娘がある王女と恋に落ち、人界に下ったことによって生まれた子孫であるからである……故に戦神に最も愛され、もっとも呪われた一族とも呼ばれる〉
そのこともマルチタスクに流れ込んでくる知識が教えてくれた。
〈武騎人は武器と防具と化す。
その間の意識は完全に騎士と融合し、その分割意識の手助けをするが、自我は存在しない。
ただしその間の記憶はある。
故に過去にはあまりに汚れた戦いをする騎士に愛想を尽かす武騎人も存在した〉
またそこから色々な情報の枝葉が分かれていく。
だが、次に浮かんだ知識は信じられないことを少年に告げた。
〈契約前の騎士を襲うことは謀略であり、戦神の許すところである。
だがそれを成すものは失敗したときに、周囲に知れ渡るように、むごたらしく死を与えられるべきである〉
(え?)
その情報に薫は驚いた。
(殺すの?)
〈当然である。
謀略を用いるものには相応の代価を支払う覚悟が必要であり、それを与える権利を仕掛けられる側は保有する〉
「戦神」の情報は冷徹に言い切った。
薫の身体は、バラバラに切断された鞭が空中に浮かんでいるのを横目にさらに進んでわざとボンデージ美女の顔の横をギリギリに避けられる速度で右手の剣を突き出す。
〈さらに多くの衆人環視のところへ迫いやり、恐怖を味わわせ、惨たらしくとどめを剌す〉
四回目までは認識出来なかったらしいエストは、三白眼手前の狂眼を見開いて、慌てて後ろへと飛び退いた。




