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かくて異国の代理戦争の「騎士」となったわけでありまして。
戦い続く日は暮れる、短いスカートひらひらと、剣を振ります励みます。
性の壁、羞恥心すら打ち捨てて、愛する人の為ただひとつ。
美貌の少年騎士よ、何処へ行く?
斎京楓著「MAY WERE?」第七十五回掲載分より抜粋。
学校の上には重たい雲が空を低くし、吹きつける湿った風が、西から東へと駆け抜けていく。
雨が近い。
それもまた、 この状況には相応しかった。
校庭には三人の男女がいた……傍目には、女性ばかり三人。
校門に向けて逆三角形を描くように立っている。
一番目立つのは真っ赤なミニのチャイナドレスを着けた少女だ。
長い脚は白いストッキングに包まれ、頭の上には左右ふたつにお団子結びにした髪を、ドアノブのような布でくるんでいるという典型的なチャイナガール、という風情。
小柄な身体に、ミニチュアダックスフントの子犬、という感じの顔が乗っかっているが、きりりと引き締まって緊張した面持ちで、それはそれでまた魅力的である。
城崎薫。
実を言えば男。
その隣には、同じく緊張した面持ちで、銀色の髪に前髪金メッシュ、薫よりも頭半分は高い、男性よりも女性にモテそうな、凜々しい美少女……薫の「剣」であるシャルロット。
一歩下がってふたりを見守る位置にいるのは、ふくよかな胸と、おっとりした美貌の……特殊な形の尖った耳を持つ鼻かけ眼鏡の少女。
ふたりの「主」でもあるニファーリアである。
「カオル様、大丈夫ですか?」
後ろから、そっとニファーリアが声をかけた。
「大丈夫。
今度の人の情報はちゃんと覚えてるから……東のマイタ-・スミナオの騎士、デルガーダは『焔』の使い手、武騎人はシャルロットと同じ細薄剣になって、戦い方は迂回しながらの魔法攻撃で相手の体力を削ってから、というのがスタンダード。
ただし、場合によっては変えてくるだけの賢さはある。
でもその時は必ず右足から踏み出す……だよね?」
一気に言って、薫は微笑んだ。
最初の戦いから一週間、完全に騎士として出来上がったわけではないが、少しの覚悟は胸にある。
だから、必死にこういうデータも覚えていた。
もっとも、覚悟の理由というのはちょっと微笑ましい。
「はい、その通りです」
と華やいだ笑顔を浮かべる鼻かけ眼鏡のエルフ少女。
それだけで少年の胸には満足と喜びが満ちる。
これだけで戦える、と信じられた。
そう、 城崎薫は、ニファーリアに恋をしている。
だから女装して戦う(実際にはそれだけではないが)などということも恥ずかしくない、いや、恥ずかしくないと、少なくとも他人に向けて言うことが出来る。
「騎士殿、姫様、まことにいいにくいのですが……」
横からそっとシャルロットが口を挟んだ。
「デルガーダの踏み出すのは左です、間違えては困ります」
「え……」
「あれ?
え??
そうだっけ??」
薫の横でニファーリアが小さな紙を束ねたアンチョコをめくる。
「あら、本当ですわ」
ふたりは顔を見合わせた。
一瞬おいて、羞恥に真っ赤になる少年に、思わずニファーリアがくすっと笑い、ワンテンポ遅れてつい薫も笑ってしまう。
シャルロットはそんな主達を見て薄く微笑んだ。
張り詰めすぎもせず、緩みすぎてもいない、適度な緊張感を、三人が維持している証拠だった。
さて。
校庭にはその三人だけだが、周囲は違った。
周辺にはほぼ全校生徒が帰らずに、古代ローマの剣闘場に集まった市民よろしく、肩寄せ合って密集し、固唾をのんで見守っている。
今日ばかりは部活も休みだ。
一週間前の興奮が、再び校内に渦を巻いていた……前回の「出来事」を皆まだ鮮明に記憶している。
戦いが、あった。
まるでハリウッドの大作映画を見ているかのようなド派手な雷撃と閃光、そして疾風が渦巻き、美女の肌が露わになる戦いが。
その光景の凄まじさと派手さ、「筋書きのない」戦いの高揚。
そして何よりも……
「はーい、相手が来るまでは開始はしませんから、しーっかりパドックを見ててねー。
今日は薫君も絶好調!」
ちょっと右の川崎競馬場で、安い革ジャン着けて怪しげな予想を売る人たちのような声をあげているのは眼鏡をかけた、いかにも理系っぽい外見の少女だ。
もっとも理系とか文系という分類よりも「腐女子」という表示がその魂の上には深く、巨大に打刻されている。
斎京楓……この「場」を実質的に取り仕切っている少女であり、ネット小説家でもあるが、ここでは賭けの胴元である。
「現在の暫定オッズは4対4対2!
薫君か相手、どちらかの勝ちか、それとも引き分けかの三択よー!
さー、そろそろ相手が来るからよーっく見ててねー!
さあ、現在の暫定オッズは4・4・2!
4対4対2!
相手の強さを見極めよー!」
黄色いメガホンを口にあてて、少女は観客にしっこいほどに説明を繰り返す。
これから行われるのは「決闘」である。
といっても賭けられているのは学校の命運であるとか、関東一円の謎の番長連合がどーたらという話ではない。
ここではない異世界のある小さな王国と、その周辺の国々の運命である。
エルフ耳の少女ニファーリアと、シャルロットの祖国、ソグディアナという小さな国と、そこに敵対する十数ヵ国の国々。
全面戦争による民草の命と多額の費用を軽減するため、異世界の神々が規定したルールある「小さな代理戦争」なのだ。
それをあっさり賭け事にして見せ物として金を儲けてしまう少女のセンスこそ恐るべし。
ついでにいえば学校側は黙認、生徒会側に対しては彼女自身がクラス委員を務めていることプラス、儲けの四十%を「寄付」することで話がついている。
ちなみに六十%はそのまま楓の懐に入るのではなく、薫の衣装代他この戦いの「維持費」に回されることになっていた。
自分の儲け分がないのは「取材だから」だそうな。
楓の腰でスマホのアラームが鳴った。
「さて……そろそろ時間ね」
メガホンから口を離して楓は窓口代わりの机の上に立ち、ぬかりなく所持していたオペラグラスをスカートのポケットから取り出す。
「楓ちゃん、どー?」
のんびりした声で訊いたのはこの賭けの事務仕事を手伝っている滝沢真衣だ。
「ん……まだ来な……あ、来た!」
「え?
どれどれ?」
「バイク……」
「え?」
「バイクに乗ってるわ」
唖然と楓は呟いた。
「今度の人はバイクが合体ヘンケイして武器になる騎士なの?」
「いや、違うみたい」
楓が首を傾げた。
「バイク便、って車体に書いてある」
「じゃあ、こちらに受け取りのハンコかサインを」
そう言って、バイク便の配達員は大きな厚紙で作られた書類送付用封筒と受取伝票を差し出した。
「あ、はい……?」
ニファーリアは戸惑いながらも、言われるままにクリップボードに挟まれた伝票とボールペンを受け取った。
「あの、これ……インク壺は……」
「大丈夫、それ鉛筆と一緒だから」
薫が言うのへ、
「鉛筆?」
「んーと、まあ、そのままサインすればいいよ」
「はぁ……わかりました」
そう言ってサラサラと伝票にサインする。
「まあ、便利ですのね!」
「そうです。
あ、はいはい、それでOKです」
そう言ってバイク便は伝票を受け取ると、バイクのエンジン音を響かせながら学校から去ていった。
首を傾げながら、ニファーリアは受け取った封筒に右手をかざした。
ぽうっと微かな光の塊が現れ、左手に持った封筒にゆっくり染み渡っていく。
「姫様……?」
シャルロットは不審そうにニファーリアを見やる。
薫は訳が分からない。
「どうしたの?」
「何か仕掛けがしてあるわけではないようですね」
手をかざして「罠感知」の魔法をかけていたニファーリアはそう呟いて、封簡を開けようとした。
「あ、その出っ張りを引っ張ると綺麗に蓋が開くよ」
真っ赤なチャイナドレスから伸びる素足もまぶしい薫の言葉に頷いて、エルフの血を半分引く少女は言われたとおりにする。
中から、また小さな白い封筒が出てきた。
金の箔押しがされたうえ、蝋で封印されている。
「?」
それを開けると、薫が見たこともない文字が書かれた手紙が出てきた。
「……」
しばらくそれに目を通し、ニファーリアの頭がますます傾く。
「?」
それを横から覗き込んだシャルロットの顔が強ばった。
「何という!」
「まあ、シャルロット、横から手紙を覗き込むのははしたないですわよ」
「あ、は、はい!
す、すみません」
慌ててシャルロットは真っ赤になった。
「どうしたの?」
ひとり事態を理解できていない薫が尋ねる。
「えーと……」
何と切り出せばいいのやら、という顔でニファーリアは溜息をついた。
「逃げた」
代わりにシャルロットが簡潔に告げた。
「我々の今日の対戦相手は、しばらくの延期を申し込んできたのだ」
「……つまり、不戦勝?」
「いや、延期だ、あくまで……しかも無期延期を申し込んできおった」
憤懣やるかたない、というむすっとした表情でシャルロットは腕を組んだ。
「何が無期延期だ、単なる敵前逃亡ではないか!」
「え?」
きょとん、として、しばらく薫は何が起こったのか理解できなかった。
「つまりですね、カオル様」
ちょっとホッとしたような、気抜けしたような微妙な表情でニファーリアは言った。
「私たちは今日、戦わなくてもいい、ということですわ」
バイクのエンジン音が、去っていくバイク便と入れ替わるように聞こえてくる。
三人が振り向くと、校門を別のバイク便がやってくるのが見えた。
そして、そこへまた、別のバイク便がやってきた。
立て続けに五台……いや、先ほどのも合わせると全部で十台。
「……?」
三人の頭が、ゆっくりと傾く。




