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「え?
タイハンで終わりじゃない?」
教室で制服に着替えた薫は「で、次の一戦(運が良ければそこでタイハンとの決着がつく) はいつ?」という話が出るものだと思っていたのできょとんとした。
「はい、今度の国際決闘は十ヵ国が相手なのです」
廊下で待っていたニファーリアは「すみません」と頭を下げた。
何とか勝利したおかげか、一応まっすぐに見てはくれるようにはなったが、口調は努めて事務調である。
目が冷たく突き放しているわけではなく、戸惑いながらも好意的な気がするのは薫の気のせいだろうか。
とりあえず、声に棘がないのがありがたい。
「この戦いで負けてしまえば、お話ししても意味がないだろうと思っていたので……」
「十ヵ国」
そういえば、原水爆級の魔法を使おうとしたのが今度のきっかけだという話を思い出す。
つまり、二ヵ国だけの戦争ではなく、いろんな国を巻き込んだ大戦争だったのだろう。
「挙げ句に反応弾規模の魔法ってことになれば……なんとまあ、迷惑な話というか、そりゃあ神様も怒るよ」
他にどう言えばいいのやら。
「お恥ずかしい限りですけども、その辺のことはどうか後で」
ニファーリアは、分厚い羊皮紙数枚に及ぶメモをマントの内側から取り出した。
「えーと、これから一週間おきにひとりずつの騎士と戦っていただきます」
「……いや、あの、ほら、あのセーラー服も破れちゃったし、もう少し、その……」
「大丈夫!」
またどっからともなく楓が現れた。
「コスプレ用の服ならこの通り!」
そう言って背後を指さすと、そこにはニコニコと微笑む女生徒達と、その手に持たれているデザインの違うセーラー服やらバニーガールのスーツやら、某ビール会社のキャンペーンガールのものをパクったらしいコスチュームだか。
どう見ても、数百着はあった。
「ど、どういうこと?」
「そりゃもちろん、アタシのポケットマネーに決まってるじゃん!」
と楓は胸を張った。
「いやーアキバだけじゃ足りなくて、中野まで足を伸ばして確保したわッ、これからも日替わりりで色々コスプレできるからねッ!」
「ちなみに代金の殆どは薫君の小説コンテンツの料金から出ておりまーす!」
と滝沢真衣が明るく補足した。
「あ……頭が……」
ほとほと困った顔の薫の横で、シャルロットがうんうんと頷いた。
「だが主殿はやはり女のほうが似合うし、素晴らしいぞ」
その目は楓たちとは別の意味できらきらと光っている。
恐らく女性化した薫にどれだけ似合うのかを想像しているのは間違いない。
「……」
喜んでいいのか、悲しんでいいのか判らず、薫は溜息をついた。
「で、さっそく次の対戦が申し込まれておりまして」
いいながら、ちらちらとこちらを見るニファーリアの目が、どこか泳いでいるようだ。
(今夜にでもどうにか謝らないと……)
少年はほろ苦い思いを噛みしめた。
負けたエストは、例の縫いぐるみだらけの隠し部屋に突っ伏していた。
シムトは何も言わず「身体をいとえ」とだけ言い残して部屋に去った。
再戦の日時については後で互いに話し合って決めるのだそうだ。
眠れぬほどの悔しさがあるはずなのに、ボンデージな美女は何も感じずにいた。
ただ、シャワーから上がると、ガウン姿のまま、叱られて落ち込んだ子供のように、この隠し部屋で横たわって縫いぐるみたちと一緒に天井を見ている。
アドネの傷が治っているのは確認している。
だからひとりでいたかった。
エストの方の身体の傷も戦神騎士の特権ですっかり回復していた。
ぼんやり見開いた目は、何も現実を見ていない。
過去の記憶を見ていた。
昼間、負けてしまった自分、それを追い詰めたあの恐ろしい女装少年の姿が、あの目が、焼きついて離れない。
「ねえ、マストーヤ二世」
ぽつん、とエストは最近購入したお気に入りの縫いぐるみに話しかけた。
「アタシ……どうにかなってるのかしらねえ?」
そしてあの目を思い出すたびに、胸が妙にざわめくのだ。
ぎゅっと美女は、まだ幼い頃、眠れない夜にそうしていたように縫いぐるみを抱きしめてきつく目を閉じた。
アドネはそんな主に声をかけるという愚を犯さず、そっと隠し扉を閉めた。
エストがプライドの高い騎士の血を持っている女性で、この場合縫いぐるみ達でしか今回の敗北の傷が埋められないことも、その姿を誰よりもアドネに見られたくないと願っていることも理解していた。
「エスト様」
そっと唇を噛みしめ、主が見ていないのは承知の上で、アドネはサングラスを外して胸ポケットに収めると、深々と、隠し扉の向こうに頭を下げた。
それが武騎人として、彼女なりの力の至らなさに対する謝罪であり、主への次の戦いへの決意表明でもあった……すなわち、勝利への。
学園祭がようやく終わった、という空気が学校の中に満ちていた。
女装した城崎薫と、ボンデージ美女の決闘という見せ物は生徒達の頭ではなく感情的に「お祭りのラスト」として受け入れられたらしい。
三々五々散っていく生徒達の中に、薫たちもいた。
時折生徒達から「格好良かったよー」とか「またやってくれよなー」の声がかけられる。
「……みんな暢気でいいなあ」
少年はそう言って溜息をついた。
隣では、歩きながら斎京楓がメモ帳片手に何やら電卓を弾いていた。
「よし、こりゃ凄い額になったわ」
メモ帳の中を、見る人間が見ればあきれかえるに違いない。
それは掛け率と、賭博の儲けを記した簡易帳簿になっていた。
「えーと、コスチューム費用は引いて、七割が薫君のファイトマネーね」
「どういうこと?」
「今回のイベント、結構儲かったのよー!」
にんまりと楓は笑う。
「え……?」
「観戦料がひとり五百円、あと一口二百円で賭けもしてて、五割がそっちの負け、三割は引き分けに賭けてたから、胴元としては丸儲け……ま、基本的に博打は胴元が儲かるようになってんだけどね」
「あのねえ、僕ら学生なんだよ?」
「いいじゃないのー、今のウチから小金を貯めて、これからの不況を乗り切らなくちゃ」
「……」
あきれかえって少年は溜息をついた。
なるほど、これだけの経済観念があれば、あれだけのコスチュームを一挙にそろえる金が作れるはずである。
「キミのタフさが羨ましい」
「無法天に通ず、ってやつよ」
「至誠天に通ず、の間違いじゃなかったっけ?」
「どっちも同じようなもんよ。
面白ければいーのよ、面白けりゃ。
SFは少し不思議の略でいいってのと一緒!」
とビン底眼鏡を煌めかせて、斎京楓は呵々大笑した。
「姫様、騎士殿にもっとお褒めの声を掛けなくてよいのですか?」
そんなふたりを後ろから見やりながら、異世界の主従は会話している。
「いえ、あの……その……」
真っ赤になってニファーリアは視線を彷徨わせる。
「姫様?」
シャルロットはしばらく訝しげな表情を浮かべていたが、
「ま、まさか……ここのところ、どうもおふたりのご様子がおかしいと思っておりましたが」
さあーっと銀髪の少女の精悍な美貌から血の気が引いた。
「い、いやあの、えーと、ち、違うのシャルロット、まだ、そのあの、か、カオル様はそのただ、えーとあの私をだき……」
「なー!」
あまりのことにシャルロットが大きく口を開けたまま呆然とする。
「な、なんという、なんという破廉恥な!」
「いやあの、抱きしめただけでそれ以上は……」
というニファーリアの言葉は耳に届いていないらしく、
じゃき。
先日、楓から返してもらったばかりのリボルバーをシャルロットは引き抜いた。
もう撃鉄は起きているあたりが撃つ気満々である、
「騎士殿!
いやカオル!
おのれ主である姫様に何という真似を!」
「え?」
振り向いたカオルが、シャルロットの顔を見て青ざめる。
そこには、銀色の髪を逆立てた鬼が、リボルバー片手に走ってくる姿があった。
「許さぬ!
そこへなおれ!
貴様のその薄汚れた『杖』をこの銃で撃ち抜いてくれる!」
「ま、まってよシャルロット!」
「安心せよ!
そうなれば姫様の魔法で永遠に女、全て八方丸く収まって万事良し、だ!
さあ、動くなよ、弾が外れるからな!」
「シャルロット!
待ちなさい!」
「そーだよ、銃は駄目だよ、弾がどこに飛んでいくか判らないからー」
とそれまでニコニコと黙っていた真衣が止めたと思ったら、
「それよりは短剣でグサーと抉っちゃえば?」
などと恐ろしいことを言い出す。
「よし判った」
とシャルロットは銃を戻して短剣を引き抜いた。
完全に「本気」の目である。
「こりゃあ……」
さすがにこれはもうどうしようもないので、薫は慌てて走り出した。
走っていく薫、追いかけるシャルロット。
それを見ながら、楓と真衣の話し合いは続く。
「駄目よ真衣、それじゃあ私の小説が!」
「あら、いいじゃない?
ほら、カストラートで……」
「いや、そういうのも嫌いじゃないけど……じゃあ、せめて根っこのお楽しみ袋部分だけってことで」
「いや、やっぱり全部のほうがほら、色々と燃えるでしょ?」
「そーかなー?
乗らないナー」
「勝手なこと言ってないで誰か止めてよーっ!
ファリイっ、何とかしてええっ!」
「わ、判っております!
……シャルロット、よくお開きなさい、カオル様は私を抱きしめただけで……」
「問答無用、お前は主でも騎士殿でもない、そこへなおれ無礼者、男なら恥を知れえっ!」
「男嫌いのくせにこういう時だけ男を持ち出すなーっ!」
夕暮れの道に、追っかけっこを始めた少年と少女達の声が響く。
じんわりと広がり始めた夜空は、何も知らない、という顔でその頭上に広がっていた。




