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「どうしてそういうカッコしてるわけ?」
エストは自分の予測と選択に満足していた。
やはり、肉体的なダメージがある一定を越え、かろうじて意識を保っていた少年は、自暴自棄に近い覚悟を決めて最後の反擊をしてきた。
念のために、と回復した魔法を一点に集中したのは保険のようなものだったが、どうやらそれは間違いのない決定だったらしい。
(さて、じゃあ、せいぜい派手に倒させて貰いましょうか)
バルートはまだ残って彼女の上司となる以上、その意向である「汚い勝利」っぽいことをせねばならないし、あと一回戦う場合、ここで徹底的に屈辱と敗北、そして痛みを味わわせておけば、この少年は次も倒しやすくなるだろう。
人を支配するのは結局、力と苦痛、それが呼び起こす恐怖なのだから。
「この前は学校のお祭りだったそうだけど、今日は普通の日なんでしょ?」
へラへラと笑いながらボンデージ美女は粘つく声で言う。
相手にとことんまで屈辱を味わわせ、その後にたっぷりと「痛い目」にあわせれば、この平和ボケの世界の少年は次から逆らおうという気すら起こさないだろう。
「そうか……最初に会ったときもそうだったけど、あんたやっぱり変態なの?」
クスクス笑いながら、エストは少年を見た。
「そういう格好が似合うけど、やっぱあんたもアレ?
本当は女装が好きな〇××野郎で、本当は王女様とそっちの武騎人に××されながら×○□△××するのが好きなんだ?」
周囲の観客が騒然とし、女子が「きゃああ!」と黄色い声をあげるような下品な台詞がエストから放たれた。
少年はそれでも立ち上がる。
(へえ、頑張るんだねえ)
意外なタフさに驚きながらも、その心臓を貫いて、足蹴にしてしまえばもうその心も「折れる」だろうとボンデージな美女は確信していた。
「うふふふふ、降参なさいな。
そしたらあなたをペットにしてあげる。
大丈夫、変態でも私の鞭にかかればアイの奴隷よ……」
「大丈夫、変態でも私の鞭にかかればアイの奴隷よ……」
まるっきり的外れだが微妙に腹の立つことをボンデージの美女は言い続けていた。
腕はまだ動く。
足も、背中もまだ立てると判った。
片手に剣を握ったままで、左手の指輪をもう一度回す。
再びあの万能感と「情報」の巨大な大木が少年の脳の中に戻ってくる。
なんだ、結局二回しか使わないですみそうじゃないか。
唇にうっすらと笑みが浮かぶ。
ニファーリアの、自分にこの指輪を渡すときの恥ずかしいとも戸惑いともとれる表情が浮かび、ある少女の顔が重なった。
……胸が今でもかすかに痛む。
(あの時と同じことになるかもね)
頭の中、いくつも分断された薫の意識のひとつが自嘲するように呟いた。
一ヶ月前の記憶が脳の一部で再上映される。
駅のホーム。
済まなさそうに目を伏せた少女。
自分はあの時、「こんなに頑張ったのに」と少女を無言でなじっていたのかもしれない。
『そこまで頑張ることが出来るあなたなら、きっと私なんかよりも綺麗でいい人が見つかると思うわ……だから、ごめんなさい』
その声を聞きながら、少年は完全に決意を固めることが出来た。
(だからどうした)
ふと浮かんだ言葉だが、その響きが面白いと思った。
(だからどうした?)
そうだ、結局「だからどうした」でしかない。
彼女のために、と「自分」が決めたことだ。
約束されたから、ではない。
あの時は「約束されている」と思い込んでいた。
今は違う。
それでもいい。
自分が「あの人」に何が出来るか、が問題なのだ。
ニファーリアの……ファリイのために。
肉体のダメージと、これからやろうとすることとの落差がどれくらいあるかを計算する。
(集中だ、集中して感情を忘れるんだ)
その選択をした瞬間「覚悟」が生まれる。
勝てるという確信、そして喜び。
同時に選択肢の正しさを「確認」した。
さっきと同じように逆手に取られるかもしれないが、その時はその時だ。
(さあ、やろうか)
意識を再び幾つかに分散し、並列処理させながら集中と拡散をコントロール。
薫は右手に剣を、左手に意志を握りしめる。
全てを想像する。
どう一歩を踏み出し、どう指に力を加えるかを。
身体中が悲鳴をあげた。
まだ意志が肉体をねじ伏せていない。
「ま……だ……い……け……る……まだ……や……れ……る」
呪文のようにカラカラに渇いた喉から声を絞り出しながら、少年は自らの肉体に命じた。
セピア色の写夏、色褪せていない写真。
二枚の写真が頭の片隅に浮かんだ。
それを撫でる指先。
寂しそうな横顔。
無理をしすぎて、それが当たり前になった笑顔。
同時に、銀色の髪と、泣きじゃくる少女の背中も浮かんだ。
「やれ……る……」
意志が肉体の傷をねじ伏せる。
立ち上がれ、そして、勝て、と。
顔を上げると、勝ち誇りつつあるエストと目が合った。
「だって、そんな格好してるんでしょ?」
彼女はまだ、薫に対する勝者だと自分を思い込んでいた。
あとはチャンスがあるかどうかだけだったが、それは何とかなる、とエストの声を聞きながら「確信」した。
「読み合い」に少年は勝った。
「あなた同性愛者だって告白してるようなモノよ、変態ボーヤ」
魔法を発動させつつ、少年は地面を見つめ、全身にゆっくりと力を入れて立ち上がった。
今度の攻撃のヒントは、エスト自身から貰っていた。
それに重ねるように、祖父から今朝貰った和紙の言葉を思い出す。
「柔は突、硬は斬、面は打、打は活殺」
次の瞬間何をなすべきか、それがくっきりと頭の中で映像になる。
同時に先ほどのエストの攻撃から思いついたことも「可能かどうか」をマルチタスクで調ベてみる。
すぐに可能「だろう」という結論が出た。
不思議なことに、今まで誰もこの方式は試していないらしい。
無理もなかった。
それはエストのいた世界には存在しない、そしてこの世界には存在するものを作る過程によって予測、発見され、広く知られることになったことだからだ。
少年にはこれを今まで自分が思いつかなかったことも、逆に思いついたことも不思議に思えた……もっとも、今はどうでもいい。
後は役者のようにそのままに動くだけだ。
それが可能だと、薫は確信していた。




