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女装してたら異世界の王女に戦神騎士にされました!?  作者: 神泉 朱之介


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「死ねえええええっ!」


 エストが絶叫しながら飛び込んできた。


 先ほどの「白金の螺旋」の名前が付いた大がかりな攻撃魔法の発動で、しばらく魔法は使えないから、そのままの大剣の刃が上下左右から襲いかかる。


 少年は後ろに飛びつつ、右手に持ち替えた剣でそれを受け流した。


 稲妻のように火花が散って、剣の起こす風が薄く頬を幾筋かに切る。


 いやらしい、キリキリしたカミソリの痛み。


 これは、今の現実だ。


 魔法による肉体変化の御利益は大したもので、少年は風のように軽くなった身体と剣で戦い続けることが出来た。


 続けることが出来た。


 だが、まだ完全に使いこなせていない。


 例の脳内に次々と開いていく情報の「枝」とそれへの選択は今のところ大きなミスはないが、逆転のための決定打にも欠けている。


 いくつかその打開策も提示されてはいるのだが、選ぶにしてはまだ時期が早いような「気がした」ので選んでいない。


 となれば何も考えないでただひたすら怒濤のごとく剣を振って……と思ったが、相手の背中に打ち込むはずだった剣は、意外なものに阻まれて速度を落としたり、あるいは身体の動きを変化させられたりして上手く相手に攻撃を与えさせてくれない。


 問題のひとつは胸だった。


 女性化した肉体における最大の変化は胸と腰。


 髪の毛もニファーリアが言ったとおり伸びはしたが、それは前回ウィッグを着けていたときと同じ程度だし、問題はなかった。


 胸は倍、ざっと見ても小さめのスイカぐらいはある。


 魔法発動の前からサラシを巻いてあるので無理矢理小さくしてはあるものの、それでも体積が消えるわけではなく、サラシによる窮屈さが慣れない上、上半身へのウェイトとなって動きを微妙に変えていた。


 それがどうしても情報の「選択」において今ひとつな成果となって現れる。


 だが、それよりも大きな問題は肉体ではなくて精神にあった。


(集中しろ、集中)


 相手の攻撃を受けたり避けたりは出来ても、どうしても一歩踏み込んで相手の身体に剣を叩き込むことが出来なかった。


 そのためには相手に勝ち、その肉体を切り裂く感覚をリアルに想像する必要がある。


 どうしてもそれが少年には出来なかった。


 心の弱さが恨めしかったが、平和な日本で生まれ育った平凡な少年に、人をリアルに傷つける覚悟がいきなり生まれるわけはない。


 まして、使うのは拳ではなくて剣なのだ。


 前回のあの痛みが身体に蘇る。


 それを相手に叩き込まねばならないのだ。


 記憶が鮮明であるが故に余計に躊躇してしまう。


 痛みは今、この瞬間なだけで、戦いが終われば傷も何もかも元に戻ると判っていても、どうしても自分が他人を傷つけるという行為を受け入れられない。


 絶好のチャンスだと理性では判っていても、あの時もやはりエストの背中を貫くことは出来なかった。


 簡単なはずだった。


 空中で剣を右手に持ち替えれば良かっただけだ。


 でも、やはり薫には出来なかった。


「基本的に国交決闘で戦神騎士は死なないが、例外がある」とニファーリアは言った。


 そう。


 基本的にこの国交決闘で死ぬことはない。


 だが「死ぬほど」の目にあった場合、精神が耐えきれなくなって発狂したり、ショックで自殺する例は数こそ少ないがある。


 もしもこの一撃が、と思うと出来ない。


 そのためらいが、右腕を使った「盾」で、完全に雷撃を防ぎきれない上に、相手にとどめを刺せなかったという結果となって少年に返ってきていた。


 エストの激しい打ち込みは続く。


 剣の風は頬だけではなく、露出した太腿や、衣装の破れた肩まで切り裂き始めた。


(どうしてこの人はこんなことができるんだ?)


 エストの気力と気迫が、少年には信じられなかった。


 とりあえず、腕の動きは全て「受け」を選択するが、相手の斬檄は時折こちらの予想を上回るほどの力を出して、それが剣風となって少年の皮膚を薄く切り裂いていく。


 彼女はまるっきり誰かを傷つけることに対して躊躇がない。


 いっそそれは清々しいぐらいに直線的だった。


(違う、覚悟ってやつだ)


「このぉおっ!」


 エストの爪先が少年の薄い腹に打ち込まれた。


 僅かに肉体の反応が遅れた……攻撃を受け続けることで蓄積された疲労によるものだ。


 そのまま、少年は後ろへと吹っ飛んだ。


 背中から地面に叩きつけられて転がる。


 その衝撃よりも、女性化したことで大きく育った胸が左右に激しく揺れて大胸筋が痛い。


 胸に巻いたサラシがほどけていたらしい。


 地面に突っ伏したまま、少年は数瞬、ぼんやりと風景を見た。


 ようやく土煙は収まって、周囲の風景が見える。


 いつもの見慣れた校舎が、驚くほど懐かしく思える。


 エストは、なぜか攻撃を仕掛けてこなかった。


 声が遠くに聞こえる。


「さあ、立ち上がっておいでよ、女装ボーヤ」


 とうやらエストはこちらを「倒す」ための宣伝をしているらしい。


 それが彼女のいる世界にある「絵物語の騎士」の行為であることを薫は並列思考でチェックした。


 もう、薫の敗北は確定しているとエストは考えているのだ。


 当然と言えた……エストはこちらを殺す覚悟があり、こちらにはない。


 現に今、少年の気力は萎えそうだった。


(いやだなあ、どうしてこんなこと、やってんだろ)


 いくつもに切り離された思考のひとつがぼんやりと呟く。


 心配そうに声をあげるニファーリアの顔が遠くに見えた。


(ファリイ)


 エルフの血が流れる王女の貌を見て、少年は思い出す。


 母親を知っている少女、人より長い時間を生きている少女。


 己を知る者を多く看取ったであろう王女。


 大事そうにポラロイドの写真を取り出した指先。


 寂しそうな横顔。


 柔らかい身体、体温。


(そうだ……約束、したもんな)


 何を忘れていたんだろう、と思わず少年の唇に笑みが浮かんだ。


 うめき声をあげようとしたが、胃の中身が逆流しそうになったので堪えつつ、少年は立ち上がる。


 風が、吹いた。


 薫の中にある並列思考のひとつが起こした、小さな魔法。


 風がうっすらと埃を舞い上げ、エストの視界を遮る。


 ほんの一刹那にも満たない、「騎士」にしか判らない時間。


 それが過ぎ去る前に少年は決断した。


(今だ!)


 地面を蹴って、一瞬でエストの懐に飛び込み、その豊満な胸に剣の先を叩き込む。


 嫌悪も、罪の意識も、「覚悟」という回路を通して並列思考の中に「喰わせ」ている。


 躊躇のない、まっすぐな一擊。


 細剣の先が相手の胸に触れる瞬間、エストが実は「誘って」いるのだと気づいた。


 真っ白い水蜜桃の丘の一点、薫の切っ先が触れる部分に小さな、小さな青白い点。


 まだ大規模な魔法を発動できるまでの時間はなく、稲妻として放ったとしても百メートルも離れれば空中で四散する程度の力しかまだないはずだだが、それが一ミリ四方以下にまで圧縮されている場合、どうなるか。


 青白い点は稲妻の塊……球電でもあった。


 高圧縮された稲妻の塊は通電しやすい方向へと数千分の一秒で迸る。


 一気に放電されることで雷は爆発のような衝撃波を放ち、剣から伝わった電流にスカートは右半分が千切れ跳び、化繊だったリボンを中心に腹の部分が消し炭になった。


 恐らく、シャルロットがきちんと武騎人としての能力を発動していなければ、今頃は少年の身体も前回同様のこんがりロースト状態であろう。


「くっ……」


 しかも雷撃は、さらに刃のように衣装を引き裂いていて、通電しやすい化繊で出来ていた両脇の縫い目が完全になくなり、少年は自分の胸元を押さえつけねばならなかった。


 ここへまた攻撃が来たら、それこそ自分が女性になってしまったことがバレてしまう。


 女装は理由の説明がつく。


 だが、女性化してしまっていると判ったら


(国交決闘の場に置いて三回以上の魔法の発動後、三分の一の確率で……もしくは男性十名以上の女性化した肉体の目撃は、その場で性別を完全に固定してしまいます)


 ニファーリアの言葉が思い出される。


(女性なら何人知られようと問題はないのですが、男性に見られることで女性は女性たり得る、というのが大地母神の教えの一環である以上、大勢の男性に『女性である』と認識されてしまったら途端、魔法はその状態で『かりそめであること』の効力を失いカオル様は本当に女性になってしまうのです)


 それが、この女性化魔法のペナルティである。


(絶対に……絶対になってたまるか!)


 少年は必死だった。


 視界の隅に、指輪が「そろそろ時間が終わる」ことを示す輝きを示した。


 相手は、かなり遠くに離れて仕掛けてこない。


(ひょっとして気づいているのか?)


 ぞっとした。


 が、相手は小馬鹿にしたような笑みをこちらに向け、


「ところでさ、ボーヤ」


 と話しかけてきた。


「あんた男なんだろ?」


 と。


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