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まあ、女装なんてものが似合う人間はクラスの中にひとりかふたりいればいいほうで、基本、こういう学園祭の出し物では「笑い」を取るほうが優先となる。
(ああ、でもまだそのほうが羨ましいかも)
女子のチェックが終わってからしばらく放心状態だったので、開始後十分してようやく楓に腕を引っ張られ真衣に背中を押されるといった具合に「現場」に入ったものの、何とも情けない気分で薫は教室の中を見やる。
「ご主人タマ、いらっしゃいませー」
と魅惑の低音ボイスで、ボディビルダーのポーズなんぞを取りながらお出迎えは当たり前、むしろそういうのは「やり過ぎぐらいでちょうどいい」わけであるから、もう中はハイテンションな阿鼻叫喚である。
「ぬほほほのほー」
「きゃー」
またそういうのが女子には受けがよろしいから世の中は判らない。
自分よりも明らかに「女性という種族として外見的に劣っている」ことが確定している物を見るのは、心の安定にでもつながるのかもしれない。
「オーダーよろしくー」
「はーい、ご主人様ァン、ぬぅん!」
と力こぶを作る者もあれば、
「ハッホー、ホットケーキよろしくー、ふにふに」
わざと水風船を入れた胸をぶるん×2と左右に揺らしてみせる太った男子もいる。
「ウッフーン、お紅茶いかがー」
すね毛も逞しい脚を可愛らしく後ろに蹴り上げるようにしてしなを作るのが五人も並べばそりゃ笑う。
全員どうやらヤケになっているのもあるが「非日常」こそが学園祭の醍醐味でもあるわけで、だんだん調子が出てきたらしい。
で、こういう場合、薫のように「どう見ても美少女」は別の意味で大いに目立つ。
クラスの中をぼうっと見てられるのもほんの数秒、
ひょいと、明らかに薫の学校のものではないデザインの制服を着けた男子が、おずおずと少年に声をかける。
「いやあ、凄いねえ、凄いねえ。
写真いいかなあ?」
どうやら「ひとりだけ本物の美少女がいる」と勘違いしているのは目を見れば判った。
「あ、い、いやあの」
さてどうやって説明したものかと思っていたら、それが口火になったのか、様子見だったほかの客までもが携帯を取り出し始めた。
息せき切って次に口を開いたのは「PRESS」の腕章をつけた薫の学校の生徒だ。
「報道部です!
女装喫茶の美少女、というタイトルでお写真一枚!」
そう言った次の瞬間には手にした一眼レフデジカメのフラッシュが焚かれていた。
「か、勘弁してくださいー!」
と少年はこちらの言葉を無視してデジカメの撮影を続ける報道部の連中や、どさくさ紛れにスマホを取り出す他の客や生徒たちから逃げ回り、オーダーどころではなくなった。
「た、助けてー!」
「ほら、厨房は女の仕事!」
と、ベランダに設営された厨房に逃げ込もうとすると、こちらはワイシャツに蝶ネクタイ、カマーベルトにエプロンという、ギャルソンの格好をした男装の女生徒達が少年を押し返す。
「薫君、頑張って!」
クラス一の美少女ということで密かに憧れている男子も大量にいる、滝沢真衣がそういって「ぐっ」と拳を握りしめた。
「その美貌でお客さんをゲットして、ついでに新しい恋を!
そして私に楓ちゃんの新作小説を是非!」
ちょっとタレ眼気味の顔立ち&茶道部の部長でもあるが故のセミロングにギャルソンスタイル、というアンバランスな格好。
それがまた逆に彼女の可愛らしさを引き立てているが、見とれてる余裕は少年にない。
「いや、あので、でもでも」
「すみません、逃げないで!」
「振り向きざまに一枚!
お願いします!」
「視線こっちにくださーい!」
そんな押し問答の最中も、「お客」たちは勝手なことを言いながら薫を被写体にシャッターボタンを押しまくっている。
「ふふふふ、女装少年に皆狂っておる、狂っておるわ……」
髪の毛をオールバック風にまとめ、意外に男装の似合う斎京楓がきらりと眼鏡を輝かせながら不気味に微笑みつつ、メモ用紙に何やら創作ノートを取り始めているのが見えた。
「ふふふ、さあ城崎薫君、女装の天使として舞いたまえ、そして男達を惑わすのだ、引き込むのだ、禁断の愛、否、男と男のあるべき世界へ!
そう、そこの男子とか良さげよね、女性だと思ったところから始まる恋がやがて愛に変わり……」
ケケケケ、と奇怪な声を上げつつシャープペンシルを走らせるその姿は「腐女子」といえば他の人たちが迷惑そうな顔をすること請け合いの「そっち方面」の世界の住人に近い。
「斎京さん!
人を勝手に妄想世界で玩具にしないでよ!」
どうやらクラス内に退路はないらしい、と思って少年は方向転換した。
「おおっ!
今見えた?
見えた?」
「違うって、そうじゃないってば!」
「あ、目線もう一度こっちに!」
カメラのレンズを避けるように手にしたトレイで顔を隠しながら教室内を再び横断して廊下への出入り口へ。
「じゃ、あ、 あの僕トイレ……」
そう言って教室を抜け出そうとした薫の襟首を、クラスメイトのひとりがひょいと人さし指で引っかけた。
「どこ行くの、薫ちゃーん?」
ウェイトリフティング部のエース、南条五郎が日に焼けたにこやかな、とてもとてもにこやかな笑顔を浮かべ、メイド服の胸元がはち切れんばかりに膨らんだ大胸筋を左右でピクピクさせながら尋ねる。
ちなみに、薫も含め、男子はみなニーソックスにミニスカ&カチューシャ装備のメイド服で、当然クルーカットにした五郎の頭にも可愛らしいフリルの付いたカチューシャがくっついている。
「あ、だ、だからそのトイレ……」
「んー?
さっきいったばっかりじゃあなぁい?」
深みのあるバリトンが、妙にしなをつくった女言葉を紡ぐのは違和感バリバリである。
「い、いやあの、き、緊張してるのかな?
あははは」
「今アナタ、逃げようとしたでしょ?」
「いや、そ、そんなことは……」
「だーめーよ。
アンタは今日のウチのお店のホープ、秘密兵器、金看板のエースなンだ・か・ら」
パッチン、とモップのようなつけまつげをつけた片目が閉じられ、それがウィンクだと二秒後に気づく。
「そうよー」
こちらは薫が痩せて今の姿になる前まではクラスで一、二を争うデブで柔道部の「城やん」こと城川大地。
デブ特有の胸にさらに水風船を入れ、わざとらしくブルンブルン揺らして同意する。
「人生短いんだしイ、女装してもドン引きされないなんてことはめったにないんだから楽しまないとぉ」
こちらは薫と違ってアッパー系の性格、クラスでも人気がある男で、こういうことは大ノリでやるタイブだ。
「第一ィ」
南条五郎が「ちっちっ」と人差し指を振りながら、周囲の連中と声を合わせて、
「薫チャンは今回の催し物の目玉ナ・ン・ダ・カ・ラ!」
「そうそう」
他の手空きの連中もわらわらとやって来る。
「逃げられちゃ困るから、アタシたちも一緒にいくわー」
ちなみに全員の顔に「一蓮托生」とか「毒くわば皿まで」とか「お前だけ逃してたまるか」と書いてあった。
最もデカデカと書かれているのは「こっちの世界もまあ、楽しいからやってみろ」であるが。
「さあ、一緒におトイレ行きましょうカー」
「あ、い、いや、いいです……」
どうやらこの調子だと「一緒に逃げよう」と言い出しても多分無駄だと悟った薫は諦めてうなだれた。
「あ……モーイイデス」
「そうそう、諦めなさいって。
青春は一度っきりなんだから!」
五郎がウィンクした。
「じゃ、はァい……スマイルスマイルー」
そういってぱちぱちぱち、とかわいらしく手を打ちながら、大地が少年の背中をポン、と押した。
いつの間にか、テーブル代わりの机は移動させられていて、真ん中にビールのケースに布を被せた「お立ち台」が出来ている。
「さあ、これから十分間、我がクラスのマドンナ、薫ちゃんの撮影タイムでーす!
撮影料金はお一人様五百円となっておリマース!」
斎京楓が、どこから調達してきたのかゆうパックの「小」サイズの側面に「ご観覧料」と書いた物を手にして周囲を回り始めた。
「よし、俺も」
「ここに入れればいいのね?」
その箱にまたチャリンチャリンと派手に小銭が放り込まれるのが恐ろしい。
こういう場合止めに入る担任教師がいないのをイイコトにやりたい放題である。
いつの間にか入ってきた他のクラス、あるいは他校の女子までもが携帯片手に薫の周囲を取り囲む。
「か、勘弁してェ……」
少年は真っ赤になってうつむいた。
「おお!
恥じらいの表情が本物だ!」
「こっち向いてぇー!」
「可愛いー!」
しかもその照れた表情がまた可愛らしいものだから……という悪循環。
これだから人生の悲劇と喜劇はどこに落ちているか判らない。
「お願いします!
あと五千円払いますから俺を踏んづけて『この嫌らしい豚め!』って罵ってください!」
「あ、俺も!」
「私、フリでいいからいじめたーい!」
何か恐ろしい言葉まで飛び交うありさま。
「……とほほのほ」
大いなるどよめきとウケも、少年の心を重くするばかり。
「大丈夫だよ、薫君、似合ってるよ!
斎京さんの目はスゴイよ!
女の子だったら私も惚れる!」
滝沢真衣が、ぐっ、と励ますように厨房のあるべランダと店内を仕切っているカーテンの陰から拳を握ってみせる。
可愛らしい容貌の学園でも話題の美少女であるが天然ボケ……どころか、どうやら楓同様の腐女子であるらしい。
人の業とはまさしく……であろうか。
「いや、あの、お、女の子ならいいの?」
失恋以来、女性に対しての苦手意識ばかりが増大している薫でさえもちょっと「いいなあ」と思えるほどの美少女ながら、発言内容は全然少年の心によろしくない。
「大丈夫!
普段から女の子みたいだけど、こうしてちゃんと女の子の格好をしても似合う男の子って滅多にいないから!」
「……」
何か色々疲れてしまいそうなので、薫は「ありがと」と弱々しい笑みを浮かべて仕事に没頭することにした
「えーい、こうなりゃヤケで!」
と精一杯アニメや漫画で見た俗に言う「媚び媚び」なポーズとやらを取ろうと決心する。
「えーと、確か手をこう伸ばして、お尻はこう突き出し……」
ああ、ついに少年は異形の世界に脚を踏み入れようと……
何か、派手な破壊音が遠くに聞こえたのはその時である。
「ん?」
と思って音の方向、つまりベランダ側を見るが、そこから外が見えるはずの窓にはカーテンが掛かっている。
「何か事故でもあったのかな?」
とか思っていたら、外が一気に騒がしくなった。
風紀委員が、朝の登校時とか、生徒を注意するときに吹く呼び子の笛が、けたたましく鳴る。
「?」
騒がしいのが心持ち、こちらへ近づいてくるような気がした。
教室内も騒ぎに気づいてざわつき始めた……瞬間。
ガラスの破砕音が響いて、カーテンがぶわっと膨らみ、十文字に切り裂かれた。
切り裂かれたカーテンから銀髪の、ファンタジー物の映画に出てくるような格好をした少女が飛び出してきた。
「い!」
あまりに唐突な出来事に教室内の全員が凍り付いた。
そして薫は見た。
「!」
氷のように輝く銀色の髪。
反対に涼しげな目元、すらりとした長身、ニーソックスに包まれた長い足。
ファンタジーか中世を舞台にした騎士物語に出てくるような格好をした銀髪の少女が、小脇に白いマントのような衣装を羽織った鼻かけ眼鏡の少女を抱えたまま、教室の中央に降り立つ。
切られて翻るカーテンから注ぐ光が、少女に対するスポットライトのようだ。
足下を覆うふくらはぎまでのブーツが、粉砕されたガラスと一緒に硬い音を立てる。
「すまぬが、少々騒がせるぞ」
周囲をざっと見回し、颯爽とした女戦士の声が朗々と周囲に響いた。




